第16話 <6ガオー

文字数 2,868文字

 ガオくんこと佐々木海斗は、シンデルカモ城のくるみの部屋で一人、自分の将来と来し方とについて考えていた。

市役所の内定は奇跡ともいえるビッグチャンスだが、それにも増して、あのかわいいアイルとの新婚生活は魅力的に見えた。

姑のオヤジとも気があう。

きっと楽しい「家族」になれるのじゃないか。

といいつつ海斗の「家族」のイメージはおぼろげだ。

なぜなら海斗は家族と過ごした思い出が非常に少ないからだった。

その代わり一人で生きてきた短くない時間がある。

その時の記憶が今の海斗を作っていると言っても過言ではなかった。

 

 ある日気付くと、海斗は独りぼっちで川辺の(あし)原の中にいた。

その時の海斗はまだ子供だった。

その場所は、鳥の巣のように下草が踏み固めてあって、背の高い葦に囲われていた。

その葦にほどよくイバラが混じっていて、このゆりかごを外敵から守ってくれているかのようだった。

あたりを探したが、あんなにやさしかった母親もかわいい弟たちもいない。

さんざん迷って葦原の外にやっと出ると、そこは全く知らない場所だった。

近くに最終処分場の大煙突があったが、それも見たことがなかった。

家に帰ろうにも、帰り方がわからない。

方々歩き回ったが、手掛かりになるようなロケーションもなかった。

仕方なく、海斗はその川辺で生きて行くことになった。

やってみると意外と何でもできた。

近くの最終処分場は稼働していなかったが、取り残された粗大ごみは海斗に有意義なツールを提供してくれた。

初めに鍋を調達した。

これで、温かいものが食べれるようになった。

次いでブルーシートを調達した。

冷たい雨風をしのげるようになった。

そのうち、最終処分場で同じような独りぼっちの子供を見かけるようになった。

 大災疫の後、大量の孤児が発生したが、そういう子供は皆、生きるため、食べ物を得るため誰かの所有物になった。

吸血鬼の下僕になる者、働き手として人間の養子になる者。

その待遇の悲惨さはどれも似たようなものだった。

最終処分場にくる子供たちはみな、そういった環境から逃亡して来た子たちだった。

葦原を拠点にしていて、ここの物資で生きていた。

 子供が一人で生きていれば、当然危険な目に遭う。

下等な吸血鬼が禁を犯して血をすすりに来る時がある。

食餌のためヒトデナシに襲われることがある。

下僕や養子に売るために子取りが(さら)いにくることがある。

そういうとき一人より大勢の方がいい。

抵抗できるからではない。

中の誰かが犠牲になれば、自分が助かるからだ。

 やがて葦原の中にそうした子供が集まってコロニーをつくるようになった。

エド川河口の葦原一帯がそういう場所になっていった。

コロニーと言っても共同するわけでもないゆるやかな集団生活を送っていた。

何の縛りもなく、自分で食料や物資の調達をするのならば、いたいだけいていいし、いつ出て行ってもよかった。

ただ一つ、「ちんこに毛が生えたら出て行かなければならない(女の子も)」というルールがあった。

 ある時、ヒトデナシが大挙して襲ってきた。

数日前から、頻繁に土手にヒトデナシが現れていたから警戒はしていたが、深夜にそれが起こった。

襲われた子供たちはいっせいにエド川に向かって奔る。

ヒトデナシが水を嫌うので、川に入って難を逃れるためだ。

ヒトデナシはそれを見越して両脇からも川辺沿いに挟み撃ちにしようとしたが、地の利があるうえ、身柄が小さい子供のすばしこさが一歩勝って、数人の犠牲だけでほとんどの子供が川中に逃げ延びた。

何よりもあらかじめ作っておいた、葦の中のバイパスが役に立った。

それがあったから一気に走って逃げられた子供も多かった。

 しかし戦いはそれで終わりではなかった。

ヒトデナシが蝟集する川べりの背後で火の手が上がったのだ。

その火は強い風に煽られ葦原を焼き、逃げ場を失ったヒトデナシを一網打尽にした。

子供たちの大勝利だった。

実は、その作戦を主導したのは海斗だったのだ。

ヒトデナシの襲撃を予測して、計画を練り皆にそれを申し渡した。

 その功績を認められ、海斗は「ちんこに毛が生えるまで」の間、コロニーの王となった。

ただ、コロニーの外では、ゴミ山の王「蠅の王」と揶揄されていたのだったが。



 「ちんこに毛が生えて」海斗はコロニーを出た。

海斗について行くと言う者も少なからずいたが全て断った。

持ち物は、最初に手に入れた、煤で真っ黒になった鍋とつぎはぎだらけのブルーシートのみにした。

あとの物は全て後輩たちに残して来た。

いわば人生をリセットしたようなものだった。

 海斗はコロニーの数キロ上流の取水場跡地に住処を構えた。

そこで川魚を採って生きていくことに決めた。

 光のどやかな春。ある晴れた日に背広姿の大人が海斗のブルーシートを訪ねて来た。

初め、ヒトデナシかと思って警戒したが、その物腰の柔らかさが明らかに裕福な人間のものだったので、話を聞くことにした。

その人物によると彼は市の教育局の人間だという。

「その人が何の用ですか?」

と聞くと、

「浮浪少年を就学させる任に就いていて、最近ここに浮浪少年がいると連絡があって会いに来た」

と言ったのだった。

そう言われても、すぐに「はい、そうですか」と言えないのは、こうして子取りに連れて行かれたコロニーの子を何度も見たからだった。

「ならばこれを持ってシンウラヤス市役所まで一人で来なさい」

そう言って渡されたのが、教育局主任の肩書が刷られた名刺だった。

 一週間放置した。

自分に「就学の意思」などないと思っていたからだった。

ただ、ちんこに毛が生えたばかりの海斗にはある懸念があった。

 夕方になると必ずエド川土手を通る女子高生がいた。

普通の地味なセーラー服を着ていたが、そこから出ている首筋、腕、太ももすべてが透き通るように美しく、艶やかだった。

 その女子高生を見るたび、何故だか海斗のちんこが大きくなった。

もちろん今までだって、おしっこをがまんしたり、ちょっといじったらおおきくなったりはした。

だがこんな経験は初めてだった。

風が吹いてスカートがまくれ、その白い下着が露わになろうものなら、ちんこが2倍も3倍も大きくなりドクドクと脈を打ち出して股間に疼痛が走るのだ。

顔も火照って来るし、なんだか頭もぼうっとして女子高生の事しか考えられなくなる。

それで海斗はずっと思っていた。

これは何かの感染症ではないか。

女子高生の艶なる色香を原因とする流行り病ではないか?

それが気がかりだった。

学校に行けば、教えてくれるかもしれない。

そう思った海斗は、シンウラヤス市役所の教育局を訪ねることにしたのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

海斗の来歴の一端をみていただきました。
ゴールディングの「蠅の王」みたいって? 気のせいでしょう。

今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル

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