第43話 <2ガッオ
文字数 2,449文字
久しぶりに海斗の前に現れた如月ののかは、海斗に見向きもしないで真っ直ぐくるみの前に歩み寄り、膝まづいた。
それは、そうすることが当たり前かのように自然な仕草だった。
ののかを前にしたくるみは、脇に置かれてあった新しい木刀を取ってののかに渡すと、
「おかえり」
と言った。そして
「今日からウチの娘だから仲よくしてやって」
海斗とダイゴに向かってにこやかに伝えた。
「ガオ?」
面食らったのは海斗だけで、隣のダイゴはあくびをしながら頷いている。こういうことは吸血鬼の間では当たり前のことなのだった。
戦闘吸血鬼は戦闘時に吸収した吸血鬼を基本的に消化して養分とするが、一定期間体内に留め置いて吐き出すことで自らの係累とすることもできる。
以前にホリエモンドックでくるみが、グロ影絵状態でののかを海に吐き出したのはそれだった。
そうして吐き出された吸血鬼はそれ以前の係累関係から解除され、その戦闘吸血鬼の膝下に入る。
それだけではない、容姿や性格、戦闘力もまたその戦闘吸血鬼のものを多少なりとも引き継ぐことになる。
例えば如月ののかも、髪にピンクのメッシュが入っているとか、キラキラしたものが前より好きになっているとか、挙げればきりがないほどくるみ化している。
これが彼女らの母娘関係なのだった。
くるみが海斗に、
「ガオくん、ののかの木刀デコってやってな」
と言ったのを受けて、ののかが海斗のほうに向きなおり、
「お願い」
「ガオ!?」
その匂い立つようなエッチな表情に、海斗はあの「青春の日々」を思い出し身震いしてしまうのだった。
くるみはののかを手招きして自分の隣に立たせると、
「で、ののかに留守を頼もうと思う」
と、海斗とダイゴに言ったのだった。二人に異存などあるはずもないので
「「はーい」」
という気のない返事が帰って来る。ところが、
「ちょっとまって」
と言ったのは当のののかだった。
「何か? 今のののかなら大概の戦闘吸血鬼でも相手できるよ」
とくるみが言うと、
「確かに前より力が付いてるっポイのは分かるけど、でもあいつはちょっとどうにかしてほしんだけど」
「あいつ? 誰かいたか? 赤坂ともかか?」
赤坂ともか。以前、海斗にヒトデナシをけしかけた吸血鬼だ。
「あいつはもともとあたしとタメくらいだったから今は眼中ないけど、もうひとり厄介なのが……」
と言ってののかが言い淀んだのをダイゴが、
「猫実ヌコ。狂暴凶悪ネコちゃん」
と言った。
「マツの湯に帰って来てる」
とののかが渋い顔をしながら言ったマツの湯というのは、シンウラヤスのネコザネにある古い銭湯で、猫実ヌコの根城だった。
「あいつか。よその銭湯に行っては湯がぬるいって破壊しまわってる、銭湯好きのセントウ吸血鬼」
…ダジャレ?
とみんなが顔を見合わせているのに気づいたくるみが、
「バカ! ダジャレじゃねーよ」
「くるみダジャレ言った」
とダイゴに指差されて、
「うるせーぜ! さっさと猫実ヌコ殺りに行って来い!」
と顔を真っ赤にしながら叫んだのだった。
シンウラヤスの隣町、シンギョウトクのとある銭湯。
「名前変えよっかな」
ぐつぐつと煮えたぎる湯に浸かって、鋭くとがった自分の爪を見ながら猫実ヌコは思案していた。
「ヌコは飽きてきたし、ネッコって言い方のほうがなんかかわいいし」
もう片方の手で湯の中から温度計を取り出すと、
「何で100度以上にならんのかね! もっとこうあるじゃん、適正温度ってのが」
そもそもお湯は100度以上にならないことなどヌコの知ったことではなかった。
猫実ヌコは標的めがけてネコパンチを繰り出そうとしたが、番台の主人は入りしなに
「テメーは女子の裸をタダ見する気か!?」
と八つ裂きにしてしまったし、他の人間は湯を沸かすため火焚き場に閉じ込めたことに気付いて、またゆっくりと湯の中に手をもどしたのだった。
「何だってママはああ悪食なんかね」
今度は猫実ヌコにとって最大のイラつきの原因、大本吸血鬼のママに思考が移っていた。
こうやってころころと頭の中の考えを変えながら、イライラを最大化してゆくのが、猫実ヌコの入浴健康法なのだった。
結果、銭湯を破壊し、ついでにそこらじゅうを蹂躙して回る。
気付けば街を壊滅し尽くしていた、なんてことも一度や二度ではなかった。
「ママが悪食吸血鬼でなかったら、あたしはもっとかわいい猫ちゃんか、イケてる戦闘吸血鬼になれたのに」
戦闘吸血鬼である猫実ヌコは吸血鬼の大本の一人を親にもっているが、それはくるみや夜野まひるのママとは違う存在で、悪食で有名な吸血鬼だった。
本来大本の吸血鬼は吸血鬼のみを捕食して、その養分をもとに自分の係累を増やして行くものだが、猫実ヌコのママは血のあるものは何でも捕食した。
特に好みなのが、誰がこんなの喰うのっていうヒトデナシで、他に宿狼も捕食した。
つまり、猫実ヌコのママが直前に猫系の宿狼を捕食したせいで、猫実ヌコはネコの容姿をした戦闘吸血鬼になってしまったのだった。
毛づくろいよろしく右手で自分の三角耳を撫でながら、
「この猫耳はいいよ。茶トラでカワイイし」
と言った後、左の掌をじっとみつめて、
「でもさ、肉球がないのよ。あのぷにぷにで触るとほっこりする肉球が。それってさ、ヌコ様のマストアイテムだろが! あーイラつく!」
と叫びながらラダー(特殊技)で銭湯の建屋を木端微塵にすると裸のまま街の中に駆け出した。
猫実ヌコのイライラがマックス状態になったからには、この町は壊滅の憂き目に遭うことになるのだ。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
再開しました。
猫実ヌコの登場です。
どうやら混血の戦闘吸血鬼らしいのですが、いまのところ出自不明です。
この先、くるみの敵となるのか?
お楽しみに。
『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル
それは、そうすることが当たり前かのように自然な仕草だった。
ののかを前にしたくるみは、脇に置かれてあった新しい木刀を取ってののかに渡すと、
「おかえり」
と言った。そして
「今日からウチの娘だから仲よくしてやって」
海斗とダイゴに向かってにこやかに伝えた。
「ガオ?」
面食らったのは海斗だけで、隣のダイゴはあくびをしながら頷いている。こういうことは吸血鬼の間では当たり前のことなのだった。
戦闘吸血鬼は戦闘時に吸収した吸血鬼を基本的に消化して養分とするが、一定期間体内に留め置いて吐き出すことで自らの係累とすることもできる。
以前にホリエモンドックでくるみが、グロ影絵状態でののかを海に吐き出したのはそれだった。
そうして吐き出された吸血鬼はそれ以前の係累関係から解除され、その戦闘吸血鬼の膝下に入る。
それだけではない、容姿や性格、戦闘力もまたその戦闘吸血鬼のものを多少なりとも引き継ぐことになる。
例えば如月ののかも、髪にピンクのメッシュが入っているとか、キラキラしたものが前より好きになっているとか、挙げればきりがないほどくるみ化している。
これが彼女らの母娘関係なのだった。
くるみが海斗に、
「ガオくん、ののかの木刀デコってやってな」
と言ったのを受けて、ののかが海斗のほうに向きなおり、
「お願い」
「ガオ!?」
その匂い立つようなエッチな表情に、海斗はあの「青春の日々」を思い出し身震いしてしまうのだった。
くるみはののかを手招きして自分の隣に立たせると、
「で、ののかに留守を頼もうと思う」
と、海斗とダイゴに言ったのだった。二人に異存などあるはずもないので
「「はーい」」
という気のない返事が帰って来る。ところが、
「ちょっとまって」
と言ったのは当のののかだった。
「何か? 今のののかなら大概の戦闘吸血鬼でも相手できるよ」
とくるみが言うと、
「確かに前より力が付いてるっポイのは分かるけど、でもあいつはちょっとどうにかしてほしんだけど」
「あいつ? 誰かいたか? 赤坂ともかか?」
赤坂ともか。以前、海斗にヒトデナシをけしかけた吸血鬼だ。
「あいつはもともとあたしとタメくらいだったから今は眼中ないけど、もうひとり厄介なのが……」
と言ってののかが言い淀んだのをダイゴが、
「猫実ヌコ。狂暴凶悪ネコちゃん」
と言った。
「マツの湯に帰って来てる」
とののかが渋い顔をしながら言ったマツの湯というのは、シンウラヤスのネコザネにある古い銭湯で、猫実ヌコの根城だった。
「あいつか。よその銭湯に行っては湯がぬるいって破壊しまわってる、銭湯好きのセントウ吸血鬼」
…ダジャレ?
とみんなが顔を見合わせているのに気づいたくるみが、
「バカ! ダジャレじゃねーよ」
「くるみダジャレ言った」
とダイゴに指差されて、
「うるせーぜ! さっさと猫実ヌコ殺りに行って来い!」
と顔を真っ赤にしながら叫んだのだった。
シンウラヤスの隣町、シンギョウトクのとある銭湯。
「名前変えよっかな」
ぐつぐつと煮えたぎる湯に浸かって、鋭くとがった自分の爪を見ながら猫実ヌコは思案していた。
「ヌコは飽きてきたし、ネッコって言い方のほうがなんかかわいいし」
もう片方の手で湯の中から温度計を取り出すと、
「何で100度以上にならんのかね! もっとこうあるじゃん、適正温度ってのが」
そもそもお湯は100度以上にならないことなどヌコの知ったことではなかった。
猫実ヌコは標的めがけてネコパンチを繰り出そうとしたが、番台の主人は入りしなに
「テメーは女子の裸をタダ見する気か!?」
と八つ裂きにしてしまったし、他の人間は湯を沸かすため火焚き場に閉じ込めたことに気付いて、またゆっくりと湯の中に手をもどしたのだった。
「何だってママはああ悪食なんかね」
今度は猫実ヌコにとって最大のイラつきの原因、大本吸血鬼のママに思考が移っていた。
こうやってころころと頭の中の考えを変えながら、イライラを最大化してゆくのが、猫実ヌコの入浴健康法なのだった。
結果、銭湯を破壊し、ついでにそこらじゅうを蹂躙して回る。
気付けば街を壊滅し尽くしていた、なんてことも一度や二度ではなかった。
「ママが悪食吸血鬼でなかったら、あたしはもっとかわいい猫ちゃんか、イケてる戦闘吸血鬼になれたのに」
戦闘吸血鬼である猫実ヌコは吸血鬼の大本の一人を親にもっているが、それはくるみや夜野まひるのママとは違う存在で、悪食で有名な吸血鬼だった。
本来大本の吸血鬼は吸血鬼のみを捕食して、その養分をもとに自分の係累を増やして行くものだが、猫実ヌコのママは血のあるものは何でも捕食した。
特に好みなのが、誰がこんなの喰うのっていうヒトデナシで、他に宿狼も捕食した。
つまり、猫実ヌコのママが直前に猫系の宿狼を捕食したせいで、猫実ヌコはネコの容姿をした戦闘吸血鬼になってしまったのだった。
毛づくろいよろしく右手で自分の三角耳を撫でながら、
「この猫耳はいいよ。茶トラでカワイイし」
と言った後、左の掌をじっとみつめて、
「でもさ、肉球がないのよ。あのぷにぷにで触るとほっこりする肉球が。それってさ、ヌコ様のマストアイテムだろが! あーイラつく!」
と叫びながらラダー(特殊技)で銭湯の建屋を木端微塵にすると裸のまま街の中に駆け出した。
猫実ヌコのイライラがマックス状態になったからには、この町は壊滅の憂き目に遭うことになるのだ。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
再開しました。
猫実ヌコの登場です。
どうやら混血の戦闘吸血鬼らしいのですが、いまのところ出自不明です。
この先、くるみの敵となるのか?
お楽しみに。
『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。
真毒丸タケル