第7話 <3ガ、ガオ

文字数 2,883文字

夜間の1限目終了のチャイムが鳴った。

ワンチャン、くるみはもう来ているかもしれないから、休み時間に行きそうな喫煙所を海斗は覗いてみることにした。

喫煙所は、2か所。

海斗のいる生徒用玄関から近いのは、教室棟の入り口脇だ。

そこを覗くと、くすんだおじさん一人と、さっき玄関で見かけた眼鏡っ子がいた。

眼鏡っ子は電子タバコを吹かしながらベンチに座り片胡坐を組んでいた。

ミニスカートなんだから気を付ければいいのに、海斗のいるところから白Pが丸見えだった。

そしてよっぽど大事なのだろう、来た時に斜に掛けていた竹刀袋を持って出て来ていた。

海斗は眼鏡っ子をもう少し見ていたかったが、くるみを探すため泣く泣く次の喫煙所へ移動した。

もう一か所は屋上だ。

誰ともすれ違わず階段を昇り、重い鉄扉をあけて外にでると、海斗の頬に海風が吹き付けて来た。強い潮の香りが鼻を衝く。

その中に昔なつかしい匂いが混ざっていた。

その昔ネズ男爵ランドが大賑わいだったころ、授業をしていると風に乗ってキャラメルポップコーンの匂いがしてきたと古参の先生が言っていたが、そんなメルヒェンな匂いじゃない。

「ノラちゃん?」

という声に振り向くと、そこにいたのは海斗の昔からの知り合いの、

「アリクイさん」

だった。

「ひさしぶり。元気?」

と近づいて来て、海斗の肩を両手でポンポンと2回たたく。

海斗のことをノラちゃんと親し気に呼んだその男、アリクイ。鼻筋が異様に長く、丸まった背中、短い足、地面に付くかというほど長い手をしていてアリクイそっくりな外見をしている。そしていつもマスクをしてあごの下にずらしている。

「はい。オオカミさんたちも元気ですか?」

オオカミさんとは、海斗が以前お世話になった、ジャンクヤードの主のことだ。

そのジャンクヤードはネオワンガン道を南に数キロ下ったところにあって、いつもゴミ山が自然発火してもうもうと煙を上げているためよく匂う。でなくて、よく目立つ。

だからオオカミさんの仲間はみな、いぶされた匂いですぐわかった。

実は海斗はオオカミさんには大恩義がある。

 海斗がエド川べりで野宿しながら鯉を釣って生活しているのをオオカミさんが見かねて、

「俺んとこ来ないか?」

とBGMでも流れてくんじゃないかってくらいの勢いで誘ってくれた。

当時、毎日鯉や草魚ばかりの食事に飽いていた海斗は、ありがたくその誘いに乗った。

ジャンクヤードは大所帯なのに食事の心配がいらないという噂を聞いていたからだ。

そのとき海斗が住んだ小屋で一緒に生活したのがこのアリクイさんだった。

高校に入るとき住所不定では入学許可が下りないので、ジャンクヤードの住所を使わせてもらったし、保護者としてオオカミさんにサインを書いてもらってもいる。

「ノラちゃんがいなくなって皆探そうとしたけど、オヤジが放っておけって言ったから」

高校に入ってすぐ海斗は何も言わずにジャンクヤードを飛び出している。

別段理由もなかった。ただ他に行きたくなっただけだ。

それなのにアリクイさんは申し訳なさそうにして、決して海斗を責めようとしない。

住まわせてもらっているころからそうだったが、ジャンクヤードの住人はみんな優しいのだ。

ある時、海斗がオオカミさんに、何故皆さん優しいのかと聞いたら、

「そりゃーよ、みんな直近の前世が動物だからよ」

と言った。

オオカミさんは前世を観ることが出来る。

一目観れば、相手が何回目の生まれ変わりか、そして前は何者だったかを言い当てることが出来るのだ。

「ここに居る奴はみんな落ちこぼれでよ。なんでかっていうと前まで動物だったから純粋すぎるのよ。この世知辛い世の中、純粋やってちゃ生きていけねーだろ」

それでジャンクヤードでオオカミさんに世話になっている者は動物のあだ名で呼ばれていた。

で、アリクイさんは直近の前世がアリクイなのだった。だからアリに目がない。

また、ジャンクヤードの住人は皆アリクイさんの様に異形の風体をしている。

背中に羽毛が生えていたり、中には体中ウロコが覆っているなんて者もいる。

それはオオカミさんたちが「宿狼」という、やはり大災疫後に現れた存在だからだ。

といっても、ヒトデナシのような危険な存在ではない。

ただごみを集めてきて巨大なゴミ山を作ってそこに住まう。

生業もゴミ関係になるから宿狼のいる場所は必ずジャンクヤードとなる。

宿狼が前世動物だった者がなるものなのか、たまたまオオカミさんのところにあつまる者が直近の前世が動物なだけなのかは、海斗は今も分からないでいる。

「アリクイさん、夜間高校に入ったんですか?」

「恥ずかしながら」

と、いつも持ち歩いている空き缶のアリをつまみながら言った。

海斗がジャンクヤードで生活しているころ、アリクイさんは海斗が中学を出たことをとてもうらやましがっていた。

「おれも人間みたく学校に行って勉強ってやつをしてみたいんだ」

よくそう言っていたのだった。

「おめでとうございます」

アリクイさんは長い爪で頭を掻いた。

しばらくそうして二人は昔話に花を咲かせていたが、改めてアリクイさんが確認するように言った。

「やっぱり帰って来る気はないのね」

「はい。オオカミさんによろしく言ってください。いつか挨拶に行きますって」

「分かった。伝えるね」

というと、屋上の端の方に歩いて行って、そこで薪を燃やし始めた。

狼煙をあげるのだ。

宿狼は何故か、未だに連絡に狼煙を使う。

とは言ってもかなり詳細な内容まで伝えることができて、携帯電話ほどではないが、不便はしないのだった。

アリクイさんの狼煙に応えて海浜方面の元アマゾネス配送センターの屋上から狼煙が上がった。

東の空には冬の天の川が明るく見えていて、二つの狼煙が沿うように立ち昇っていた。

予鈴が鳴った。

アリクイさんに挨拶して、海斗はまた生徒用玄関でくるみが来るのを待つことにする。

海斗は尚弥といい、アリクイさんといい、なんでまた一度に旧知の人が自分に寄せて来たのか。

モテキの到来かと思いなおしてみたが、どちらも疎遠になっていたのに今日になって一度に遭うというのは、いくら海斗でも訝しく思わざるを得なかった。

やはり、美少女吸血鬼京藤くるみとの出会いがこうした変化を生んでいるのかもしれない。

海斗はそう考えることにした。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

海斗の謎多き過去の一端が知れました。
高校入学前後にネオワンガン道沿いのジャンクヤードで生活していたことがあるようです。
では、その前は?ジャンクヤードを飛び出した後は?

「宿狼」は人外でありながら無害な存在です。
オオカミさんの能力に「前世を見極める」というのがありますが、
それが「宿狼」の特性なのかどうかは分かりません。

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今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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