第40話 <30ガオー

文字数 2,539文字

 ガオくんこと佐々木海斗は、相変わらずふわふわと宙を漂っていた。

普通、幽体離脱といえば死にかけて動かない自分を客観視するものだ。

しかし今は、海斗本体が勝手に歩き出していて、シンデルカモ城の地下のらせん階段を降りていたのだった。

「へー、こんな所あったんだ」

シンデルカモ城の地下に、らせん階段がどこまでも続く空間があるなんて、まるで本物の古城の様だ。

この先に行けば骸骨が転がる地下迷宮があって、ネズ男爵に逆らった者達の末路を目の当たりするとかありそうだった。

「なんか、わくわくしてきた」

なんて言ってる場合ではないはずなのだが、幽体離脱しているので人ごとなのはしかたないのかもしれない。

 本体が歩く先にスーツ姿の女性がハイヒールの音を立てながら階段を降りて行くのが見える。

時々、遅れる本体を顧みては、

「大丈夫ですか? 足もと滑りますから気をつけてくださいね」

なんて声を掛けてくる。

その女性は、肌は透き通るようで目は充血して赤く、口元には銀色の牙がみえている。

またもや吸血鬼だ。

どこへ行っても吸血鬼にまとわりつかれている海斗なのだった。

 しばらくして、その吸血鬼が、

「海斗様が進まれる未来は輝かしいものとなるでしょう」

と言ってきた。

本体はぼうっとしていて何も聞いてなさそうなので、浮遊の身の海斗が頷いたが、吸血鬼にそれが伝わるはずもない。

「海斗様には、梯子になっていただきますので」

本体、無言。

「いや、そこは聞き返そうよ。梯子って何?」

しかし、当然吸血鬼には聞こえない。

続けて吸血鬼が

「無理にとは言いません。全ては海斗様の自由意志です」

本体、無言。

「だから梯子って?」

「……お話は下に着いてからにいたしましょうか?」

本体、無言。

「だから梯子って?」

「……少し黙りますね」

本体、無言。

「もう。梯子ってなんなの?」

 やがて周りの壁がなくなって、らせん階段だけがむき出しになった。

見回すと、あたりは巨大な空洞だった。

底の知れない深淵から重低音のホワイトノイズが響いていて来る。

その空洞の中に舞台のようなスペースがあって、らせん階段はそこで終わりになっていた。

そこにもう一人スーツの女性と少し離れて裸の青年が立っていた。

「連れてきました」

というとその青年が、

「海斗くん!」

と言ったのだった。

海斗にはその裸の青年に見覚えがなかった。

女性のほうが案内の吸血鬼に、

「佐々木海斗さんにはここに来る理由は説明してあるわね」

と言った。

しかし、海斗にはそれは伝わっていない。

梯子って何?

の状態のままだ。

しかし彼女たちには、海斗が理解しているかどうかはどうでもいいようで、話は次の展開に進んでしまった。

吸血鬼が女性になにか耳打ちすると、

「そう。ならもう一つの手で行きましょう」

と女性が言って操作盤にタッチし、

「海斗さん用の人質をお願いします」

と言ったのだった。

上空の巨大なドーム型モニターに毛むくじゃらのものが映し出された。

「痛いわね。乱暴にしなくてもちゃんと歩くから」

と言ったのは、

「マレーバクのおばさん!」

だった。

「なんだってああよく人質にされちゃうんだろう、あのひと」

とは思いつつ、これは向こうの要求をのまなければならない状態だと悟る。

「で、何すればいいの?」

と聞きたかったが本体のほうは相変わらず……。

「グオーーー!」

雄叫びを上げていた。

海斗本体だと思っていたそれは、サカイ川の水門とリンカイ水族館で自分を捩じり上げた怪物だったのだ。

「そうだった。おれって素魂食いに喰われたんだった」

いまさら思い出した海斗だった。



 素魂食いの高梨ダイゴの目には裸の美しい青年が、天が自分に与えた花束に映った。

祝福されている。

そう思ったダイゴは思わず雄叫びを上げていたのだった。

この青年に会わせるためにこのスーツの女はこんな所までわざわざ連れてきてくれたのだ。

感謝しかなかった。

すぐさま青年をこの身に取り込みたい。

ダイゴの欲望が際限なく膨らみ始めたとき、

「ダイゴくん。その人はあたしのお友達だから食べないで」

醍醐エバの声が聞こえてきた。

 ダイゴがエバと離れ離れになってからずいぶん経つ。

それでもエバはいつもダイゴの心の中にいて、大事なときに必ず言葉をささやきかけてくれるのだった。

「知らない人でも、それがダイゴくんのお友達のお友達だったら食べちゃだめ」

それがエバがダイゴに教えてくれた最初の大事なことだった。

それでも素魂食いの本性をむき出しにした今のダイゴには、爆発しつつある欲望をを押しとどめることは難しすぎた。

先に捕食した海斗の素魂をすでに吐き出してもいる。

それはダイゴの体が次の捕食行動に変転してしまっていることを意味していた。

だから、エバの言葉=ダイゴの理性は目の前の裸の青年を抱きしめる時間を少しばかり遅延しただけで、それは今まさに遂行されんとしていた。

ダイゴは両手を大きく広げ、(おのの)きの表情を固まらせたあまりに美しいその青年をかいなの中に抱きしめようとしたとき、ダイゴの全身に爆発のような衝撃が起こった。

それは物理的な反応を伴ってダイゴを舞台の後方へと弾き飛ばした。

その時ダイゴは何が起こったか分からなかった。

体勢を整えて今し方裸の青年が立っていた場所を見た。

そこには土煙とともにらせん階段が横たわっていた。

ダイゴと裸の青年の間にらせん階段が倒れかかってきたのだ。

その勢いでダイゴは吹き飛ばされのだったが、それは裸の青年も同じだった。

ただ、裸の青年はまさに深淵にダイブせんとしていたため、舞台の端に立っていた。

そこにらせん階段が崩れてきたものだから、気づいたときには裸の青年の体は深淵の真上、空中にあった。

こうして裸の青年、ゆたかは深淵へのダイブを否が応でも決行せざるをえなくなったのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

第二ワンガン計画道路の戦いの最中、地下の大空洞では
ダイゴと裸の青年ゆたかの抱擁が。
しかし、そこに割って入ったのはらせん階段でした。

今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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