第51話 <10ガッオ 

文字数 3,572文字

 くるみやオオカミに「ミャーの動画チャンネル」の話をした後、ネコが言った。

「で、他にも神の火柱が立ったって話聞きてーかい?」

八房フセのと同じ神の火柱が、ネオワンガンエリアに他に5本存在していた。

「他のやつぁー知らねーよ。だが猫実サキんとこ現れたのだけは、よーく知ってんよ」

ネコはオーディエンスの居並ぶ顔を見回して、得意そうに言ったのだった。

「話しておくれ」

オオカミの右腕クイーン・ヌーがそれに答える。

「オオカミの親方が頼むのなら、話してやってもいーな」

「お前、いい気になるな」

クイーン・ヌーは蹲踞の姿勢から床を蹴るファイティングポーズになった。

それをオオカミはすぐさま制すると、

「頼む」

とネコに向かって頭を下げたのだった。

 如月ののかはネコとオオカミのやりとりにずっと呆れ通しだった。

くるみはと言えば大あくびをしているのだった。



 弁天ナナミはいつものようにマツノ湯の脱衣所でミャーの動画を撮っていた。

その時ガラガラと音がして、風呂場から出てきたのはまっぱの猫実サキだ。

猫実サキは朝湯をするのを日課にしていた。

弁天ナナミがその猫実サキを見て、

「サキさん、なんか付いてます」

と進言する。

「あ? どこだ?」

自分の鍛え上げられた全身を見返しがら猫実サキが答える。

「体じゃないです。頭の上です」

猫実サキが頭上を見上げると、強烈な光が目を刺した。

まるで突然サンルーフが出来てそこから太陽光が差し込んできたかのようだった。

「天上に穴開けたのはお前か? ナナミ」

と言われて、弁天ナナミは、

「ちがいますって。それ神の火柱です」

猫実サキは手を光にかざしながら、

「あー、道理で眩しかったんだ」

と言って、何事も無いかのようにライダースーツを着始めたのだった。

「あの。どうしましょう?」

弁天ナナミが恐る恐る聞くと、

「どうもしない。ちとうるさいが直に慣れる」

と言うと、ミャーを懐に入れて脱衣所から出て行ってしまった。

 実はこの現象は、昨日池袋に用事で出掛けた帰りに寄った、雑司ヶ谷の鬼子母神堂からだった。

お参りを済ませおみくじを引いたら、吉でも凶でもない「妙」という変な結果が出た。

不審に思いつつも猫実サキがおみくじを結んで帰りかけると、天から光が降ってきたのだった。

 猫実サキがうるさいと言ったのは、同じように天の火柱を背負った八房フセの時のように、

「……か?」

という問いが、常時繰り返されているからだった。

だが、猫実サキにとってはどうでもいいことだったので、ガン無視していたのだ。

「親衛隊集合」

番台からその様子を見ていた富岡ツルの鶴の一声が、マツノ湯の館内放送に流れた。

 猫実サキは朝風呂が終わると、ネオ・チューオー環状線を一周する。

巡察とかいう目的はなく、これも単に日課だった。

全長約50km。

30分コースをただひたすら走る。

それに弁天ナナミ、富岡ツルら側近と親衛隊総勢50台の単車が付き従う。

猫実サキが気分のいいときは、その外側のネオ・カントー外環道を回ることもあった。

こちらは100km。1時間コースだ。

本日の天気は曇り。

猫実サキは、いつものネオ・チューオー環状線へと単車を向けたのだった。



「それでよ。ぶつかっちまったのよ」

ネコが大げさな手振りで、げんこつとげんこつをかち合わせようとした。

しかし、ネコの片方の手は伸びきっているものだから、もう片方のこぶしは自分の二の腕を叩くことになった。

ぺふ。

なさけない音がその効果を台無しにする。

「何と何がぶつかったっていうんだい?」

と言ったのは蹲踞姿勢で話を聞いていた、クイーン・ヌーだった。

「あー、誰かと思えばこれはクイーン・ヌーのオフクロさん」

また挨拶から始めようとするので、オオカミが

「続きを聞かせてくれ、頼む」

と全部端折って、先をうながした。

 その時くるみはといえば、聞いているのかいないのか、それとも寝てしまったのか。

目を瞑ったままだった。



 シンカサイJCTから北上したマツノ湯一派の朝のお散歩が、シンイタバシにさしかかった頃だった。

マツノ湯一派の進行方向に、単車の集団がこちらに向かって道を塞いでいた。

ネオ・チューオー環状線は、言っても高速道路である。

路駐は厳禁のはずだった。危ないじゃないか。

「サキさん。どうしましょう100台はいます」

最初にご注進におよんだのは、がたいはデカいが細心の注意を払って走行する弁天ナナミだった。

「直進」

猫実サキは即答する。

「前方不審物に対し、我がマツノ湯一派は、特攻を敢行する!」

富岡ツルの鶴の一声が、親衛隊50台に伝播していった。

特攻は普通、陣形を変え大将を最後尾に下がらるものだ。

しかし、マツノ湯一派の場合は常に猫実サキが先頭を切って突っ込んで行く。

この時もそうだった。

猫実サキはアクセルを全開にして、前方の単車の集団に突っ込んでいった。

そして、敵の一団は吹っ飛ばされて壊滅。

猫実サキは何食わぬ顔をして、走り去っていく。

そうなるはずだった。

だが、弁天ナナミが、富岡ツルが、親衛隊50台が目にしたのはそうではなかった。

見えない障壁に激突して散る猫実サキの姿だったのだ。

「サキさーん!」

弁天ナナミが叫ぶ。

路面に叩きつけられ血反吐を吐きながらも懐からミャーを出して気遣う猫実サキ。

ぐったりと動かなくなったミャーを路面に置き、そっと手を置いてその息が事切れたのを知って涙を流したのだった。

「ま、自分の力を過信してると、こういうことになるよね」

と言って、単車の壁の中から出てきたのは、ネオキャピタル連合総帥、松月院えのきだった。

松月院えのきは早くにネオキャピタルを手中に収め、勇んでバーチー制覇に乗り出したところを猫実サキに叩かれ配下に治まった、銭湯族の女だった。

「お前さ。せっかく神の火柱に認めて貰ったのに背負ったままなら意味ないよ」

と、倒れた猫実サキの体から立ち上る光の柱を見上げながら言った。

「ちゃんと受け入れると、ほら。こんなことも出来る」

と言って掌を路面にかざすと、そこから陽炎が立って、一瞬のうちに透明の壁が立ち上がったのだった。

「ラダーっていうらしいぜ。因みに、嘆きの壁って言うんだ、オレのは」

と言って、猫実サキに唾を吐きかけたのだった。

 光の柱が猫実サキに問う。

「望みは何か?」

「ミャーの命。このネコを生き返らせてくれ」

その時だ。

光の柱が凝縮してゆき一本の輝く線となると同時に、天から衝撃波が降って来て猫実サキの体に吸い込まれていった。

ミャーの上に置かれた猫実サキの手が動いた。

その中からミャーが出てきて気持ちよさそうに伸びをした。

ミャーが生き返ったのだ。

駈け寄る弁天ナナミと富岡ツル。そして親衛隊50人。

弁天ナナミはミャーを呼び寄せ抱きかかえると、さらに猫実サキに近づこうとした。

しかし、猫実サキの周囲は猛烈な上昇気流に包まれていてまったく前進できなかい。

「サキさん!」

叫べども猫実サキは動かない。

ミャーの命と引き換えに自らの命を天に捧げたのか。

マツノ湯一派すらそう思った瞬間、上昇気流が止んだ。

猫実サキがゆっくりと立ち上がる。

口の端から血を滴らせて、一歩一歩松月院えのきに向かって行く。

「なんか、余計なこと言っちゃったかも」

と気付いても時遅し。

猫実サキが腕を横に伸ばし手を開くと、路肩に落ちていたデコ木刀が掌に吸い寄せられる。

「ラダーかなんか知らねーが、てめーたちは許さねー」

猫実サキがデコ木刀を横にひと薙ぎすると、ネオキャピタル連合単車100台は、業火にあおられ単車ごと吹っ飛んでいった。

瞬間にラダーで壁を作った松月院えのきでさえ、その壁を消し飛ばされシンイタバシの空に消えていったのだった。

バイバイキ……。もとい、それにしても映画アンパンマンのクオリティーの高さよ。



「まあ、これが猫実ヌコの前々世、ミャーの話でさ」

とネコが話し終わると、目をつぶていたはずのくるみが、

「ミャーの話しろよ。それはウチのママの話だろ」※

と言ったのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

皆さんも薄々感づいておられたと思いますが、

猫実サキはくるみのママだったようです。

つまり京藤くるみの本名は猫実くるみなのです。

ママがあまりにも有名だったので、別の名前で出ていたのでした。

ということは、双子の夜野まひるは猫実まひる? かも知れません。

 で、命を助けられたミャー。

これからどうやって猫実ヌコになってゆくのか?

てか、猫実姓が渋滞です。


※2021/07/14 くるみの一人称を間違えていたので修正しました。


次週の公開も水曜19時です。

今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル
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