第10話 <6ガ、ガオ

文字数 2,731文字

学校中探し回って海斗がようやく尚弥を見つけたのは、進学教室のロッカーの中だった。

ロッカーを開けると尚弥は中で窮屈そうに体を曲げていたが、すやすやと心地よさげに眠っていた。

尚弥の寝息が先ほどの海斗のとまどいを繋ぎとめてはいたが、

あれは怪物が自分を騙すための狂言だったと思い返して尚弥の肩を揺する。

「おい、尚弥起きろ」

すると尚弥は、

「カハッ」

と、思い出したかのように大きく息を吸い込み目を開けた。

まだ、状況が飲み込めていないのだろう。

この世のとっかかりを求めるかのように長いまつ毛の中の紺青の瞳が彷徨っている。

ようやくそれを海斗の深黒の瞳に探り当てると、

「海斗、俺はお前に…」

と、心もとなげに言ったのだった。

「ああ、告った、いや告ろうとした」

「やっぱり、あれは夢でなかったのか」

「半分は夢で、半分は…」

海斗はそこで言いよどんでしまった。

尚弥の心が明かされたわけではなかったからだった。



 素魂喰いに魂を喰われると、幽体離脱の時の様に自分のことを客観視するという。

それを尚弥は体験した。

進学教室の一番前の席で一人、次の講習が始まるのを待っていたら、

どこからともなく甘いあんずの匂いが漂ってきた。

昨日の夜、姉のさつきが買ってきたアプリコットのタルトのことを思い出して、

「腹減ったな」

と考えながら日課の英単暗記を続けていた。

そうするうち進学教室の前のドアが開いて誰かが入ってきた。

目をむけると、そこに立っていたのは海斗だった。

尚弥ははじめ、しばらく会わないようにしていたから印象が変わってしまったのかと思った。

しかし、そいつが笑顔で近づいて来て、

「おはよう」

と言ったのを見て尚弥はすぐさま、海斗に似てはいるが海斗とは種の違う、何か別の生き物だと気づく。

そいつがどうして海斗の恰好を真似ているか訝しく思っているうちに、座っている尚弥の後ろに立たれてしまう。

尚弥は体を固くして身構えたがもう遅かった。

できそこないの海斗は、

「前からお前のことが好きだったんだよ」

と、言いながら背後から覆いかぶさってきたのだった。

尚弥が気付いた時には、天井の隅の方に浮いて自分のことを眺めていた。

金縛りくらいは普通に体験しているが、幽体離脱は初めてだったので、

尚弥は自分が死んだのだと思った。

そうは思ったが、人生でやり残したこととか家族や友人のことではなく、

これから何処にいけばよいのだろうなんて、案外前向きなことを考えている。

どうもステータスが変わったという感覚しかない。

その間、尚弥の体は、

ぼうっとした様子で椅子に座っていたのが、おもむろに立ち上がり教室から出て行ってしまう。

尚弥はそれを放っておこうと思ったが、紐でも付いているかのように、体の移動に連れて引きずられて行く。

体のほうは廊下を歩き、階段を一階まで降りると、生徒用玄関のほうに進んで行く。

尚弥自身も、それとともに天井辺りをずりずりと移動する。

体はそのまま家に帰って、自分が死んだことを家族に伝えに行くのかと思ったが、そうではなかった。

海斗を見つけて、

を言いやがった。

その時ばかりは、自分の体ながら殺してやろうと思ったのだったが、

幽体離脱中の尚弥には手も足もでなかったのだった。

「海斗、俺の本当の気持ちは…」

尚弥は海斗の目が見られなかった。

「怪物の気持ちなんて記憶にない」

海斗はきっぱりと言った。

「そうか」

尚弥はその言葉に一方で安堵したが、もう一方の本意ない気持ちも否定できなかった。

海斗は尚弥の手を取って起こしてやりながら、

「でも、尚弥の気持ちは聞いてみたい。いつかちゃんと」

と言った。

「ああ、いつかきっと」

会わないうちにさらにいい感じになっている海斗に助けられて、尚弥は再び立ち上がることが出来たのだった。



 くるみは海斗と別れると、根城のシンデルカモ城に歩いて帰る。

そう、何度も言うがくるみは吸血鬼だが飛んだりしない。

途中、とぼとぼと歩くダイゴを見かけて声を掛けた。

「ダイゴ、寝床は決まったか?」

「まだだよ。くるみんとこ広いよな。泊めてくれないかな」

「いやだね。お前のその甘ったるい匂いで頭が痛くなる」

このあんずの匂いは素魂喰い特有の匂いだが、嗅ぎすぎると動悸が激しくなったり、頭痛がしたり、終いには嘔吐、吐血とかなりやばい匂いなのだった。

「どうしようもないじゃないか。体臭なんだから」

しょぼくれたダイゴがさらに身を縮こまらせて言った。

ダイゴは子供の頃、シンネコザネ小学校で、同じクラスの子供たちに体臭のことでからかわれ仲間外れにされたことを忘れていない。

その時のやるせない気持ちが、体臭のことを言われて思い出されたのだった。

くるみはダイゴのトラウマに触れたらしいのに気づいて、

「そうだな。済まなかった。別棟なら泊まらせてやるよ」

と言った。

くるみはもともとそのつもりだった。

だからわざわざダイゴがあるいていそうな道を選んできたのだ。

こちらから誘うのも気恥ずかしいので、わざと悪びて言ったのだったが、それがダイゴを傷つけてしまったかと思うとさらに申し訳なくなった。

「ダイゴ、素魂喰いのその匂いは、シアン化カリウムの匂いだ。人が嫌悪するのはあたりまえ。触れてだけで死ぬからな。お前のことを嫌ってるわけではないんだ」

仕組みはよくわかっていないが、素魂喰いは人の魂を抜き取るのに体内で生成されたシアン化カリウムを利用するという。

だから、最近サカイ川で魚が取れなくなったのも、高梨姉弟が住み着いたせいだったのかもしれない。

「俺にはよくわからないけど、俺が嫌われてたんじゃないなら良かった」

そう言って、ダイゴは再び歩き出した。

「で、別棟ってどこ?」

「そうだな。海賊屋敷なんてどうだ? 水も多いし」

素魂喰いはもともと海産物からの進化形態だ。

ちな、ダイゴはオサガメ流。

「いいね。塩水ならもっといい」

「真水だな」

「海賊なんだろ?」

「アトラクションだから塩分は禁物。錆びると乗物動かんから」

「なるほど」

納得したらしい。

ということで、廃墟となった巨大テーマパークに住人がまた一人増えることになったのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

高梨ダイゴくんが、海賊屋敷に住まうことになりました。
ガオくんに続き2人目の居候になります。

最初に抱き合った二人です。
きっと仲良くしてくれることでしょう。

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今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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