第20話 <10ガオー

文字数 2,759文字

大災疫があってしばらくしたころ。

 ある素魂喰いがサカイ川の土手道をランドセルを背負い橙色の帽子をかぶって小学校に通う子供たちを海の中から見つめるようになった。

いつになったら自分は小学生になれるんだろう。

そう思いながら。

素魂喰いはすでに小学校に通う年齢でないことも、小学校に行く資格がないということも頭になかったのだ。

 ある日、いつものようにサカイ川の中から小学生たちが登校する姿を見ていたら、ひとりの女の子が川に落ちてきた。

そういう場合、普通は水中に引きずり込んで素魂を抜いて食べてしまうのだったが、小学生に興味があるその素魂喰いは助けて桟橋の上に返してやった。

大概の人間の子は、自分を見ると怖がって逃げ出したが、その女の子は

「ありがとう。貴方のお名前は?」

と、ずぶぬれの体を震わせながら言った。

その素魂喰いに名前などなかったが、咄嗟に側の漁船のどてっぱらを指さした。

それを見た少女は笑顔になって、

「ダイゴさん?」

と言った。

「そうだよ。ダイゴだよ」

「なら、あたしと一緒だ」

と嬉しそうに笑った。

それでダイゴはいつも気になっていたことをその子に尋ねてみた。

「どうしたら小学校に行けるの?」

「ダイゴさんは、小学校に行きたいの?」

と利発そうな瞳で素魂喰いを見つめると、

「じゃあ、先生に聞い来てあげる」

と言った。

「帰りにここで待っててくれる?」

と言われて、ダイゴは期待で胸を膨らませて待った。

 ところが夕方他の小学生が土手道を帰るようになっても、その女の子は現れなかった。

暗くなって、姉が絡みにくるまで待っていたが駄目だった。

「相変わらずバカだね、お前は。人間の中に混じって小学校なんか行けるもんか」

そう言ったのだった。

でもダイゴは女の子のことを信じて待った。

1週間が過ぎた。

朝、土手道の小学生の列を見ていると、反対側の岸から

「ダイゴさん」

と呼ぶ声がした。

女の子だった。

「ダイゴさんごめんなさい。あの日学校に行ったら具合が悪くなって、あれからずっと学校をお休みしていたの」

ダイゴは理由など気にしなかった。

「僕も小学校に行ってもいいの?」

「いつでも来ていいって先生が言ってた」

「いつでも?」

「そうだよ。今日からだっていいんだよ」

ダイゴは大喜びで陸に上がると、小学生の列について学校に向かったのだった。

周りの子たちがダイゴから遠ざかっていくのは感じたが、それはいつものことだから気にならなかった。

それよりも、女の子が自分の横について来てくれるのがすごく心強くありがたかった。

校門に着くと、大人の人がいてダイゴを見て驚いた様子をした。

「先生この人がダイゴさんです」

と女の子が紹介してくれた。

大人の人たちが大勢でダイゴの周りを囲って歓迎してくれた。

そしてそのまま校舎に招き入れてくれて校長先生に合わせてくれた。

校長先生は、

「ようこそダイゴさん。ダイゴは苗字ですか? 名前ですか?」

と聞かれたが、ダイゴは苗字という言葉の意味が分からなかったから、適当に、

「名前です」

と答えた、

「では苗字はなんといいますか?」

と聞かれたけれど正直に

「分かりません」

と答えると、

「そうですか。ならば校長先生と同じ高梨にしましょう。今日からあなたは高梨ダイゴくんです」

「タカナシダイゴ」

すごくかっこよかった。

そのあと色々な説明を受けたけれど、そもそも小学校が何をすることかさえ知らないダイゴにはよくわからないことだらけだった。

その日からダイゴは小学生になった。

クラスは女の子と同じ、3年1組だ。

 小学校になど行けるものかとバカにしていた姉も、弟が名前を付けて貰ったというのだけはうらやましがった。

サカイ川の水面で姉に絡まれているとき、

「高梨ダイゴ? じゃあ姉のあたしは高梨なんだい」

と聞かれてダイゴは、あの時の漁船を指してあれが自分だと教えてやった。

横腹に「ダイゴ1号丸」とある漁船に立った幟に「釣り宿 うだがわ」とあったので、姉は

「高梨うた」

と名乗ることにしたのだった。

「なんか、いっぱしの人間になったような気がするよ」

といたく満足そうだった。そして、

「あたしも小学校に行こうかね」

と言ったのだった。



 高梨うたは気を失ったダイゴを引っ張りながら、一度は逃げ出したサカイ川の水門に舞い戻ってきた。

とにかくマンハンでスターを獲得しなければ、大金を出して参加した意味がない。

マンハンのルールとして、スター獲得数に比して配当されるので、スター一人をゲットしたところで拠出金のもとは取れるものではないのだが、自分たちは今回高額配当の高校生を標的にできているのだった。

その高校生、何故か一人で十数人分の価値がある。

 そもそもマンハンなどに高梨うたが首を突っ込んだのは、勝ち目が見えていたからだった。

ある日、シンウラヤスの突堤あたりをゆらゆら泳いでいたら、堤防の上から誰かが呼ぶ声がした。

「あなた、マンハンって興味ありませんか?」

見ると、スーツ姿の吸血鬼でいかにも例の協会の職員といった感じだった。

「ないよ。金ないし。それにウチら素魂喰いに資格なんてないだろ」

「いいえ、今回は素魂喰いさんにも開放されてまして、さらに拠出金半額です」

拠出金額を聞くと、出せない額ではなかった。

しかし、スターを探し出すには人間との交渉が密な方がいいと聞く。

いつも海の中にいて、最接近してサカイ川止まりの高梨うたには、そのハードルは高すぎた。

「やめとく。スターなんてどうせ見つけられないし」

と言って、沖に泳ぎ去ろうとすると、吸血鬼が手を叩いて、

「なんと、今スターの情報駄々洩れキャンペーン中です。ご契約いただくと必ず1スターの内緒のヒントをお教えします」

と言われて契約し、開示されたのがあの高校生だった。

「ガンプラ好きの家なし親なし高校生」

他に、

「13校の生徒の奥井尚弥のペア」

という特定情報を教えてくれた。

13校は自分たちのねぐらのすぐ隣だ。

これでチャンスと思わない者はいないだろう。

次の日からダイゴを13高校に潜り込ませ、奥井尚弥という人間を探った。

 とにかくダイゴを奪われたら陸に上がれない高梨うたは八方手ふさがりだから、くるみの拠点に忍び込むという危険を冒してまで連れ帰ったのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

ダイゴの名前の由来です。

このようにネオワンガン特区は教育による融和政策を推進して来たようですが、
それは成功しているのかどうか。

未だにマンハンなどという反人間的なゲームが横行しているところを見ると
そうは見えませんが。


今後も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル
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