第38話 <28ガオー
文字数 2,451文字
クイーン・ヌーはシンウラヤスの街中を駆けながらくるみに言われたことを思い出していた。
「一緒に来るのはいいけど、離れてくれな」
つまり、ヌーの一族とは行動を共に出来ないと言われたのだった。
それは聞きようによってはとんでもなく失礼なことだが、クイーン・ヌーは気にしていなかった。
それどころか、それこそヌーのような弱者がこの世紀末に生きるヒントだと思っていた。
あんなに強いくるみさえ、ヌーの群れの力を嫌忌しているのだ。
野生動物のドキュメンタリーを好んで観ていると、必ず出会うコンテンツがある。
それはセレンゲティ国立公園のヌーの大移動だ。
乾季に入ったころ、それまで平穏に草を食んでいたヌーたちが、一所に集合しだして、やがて隊列を為して移動し始める。
その数、100万頭。
まさにヌーの民族大移動だ。
ところがその移動は、渡河の時にワニに襲われたり、流されて溺れたり、はぐれた子ヌーがライオンに喰われたりと危険だらけだ。
それなのにヌーたちは草を食みながら黙々と歩き続ける。
視聴者は、その徒労に見える習性を己の社会生活に照らして感慨にふける。
なにげに人気のコンテンツだ。
クイーン・ヌーはもちろんセレンゲティ国立公園なんて行ったことがない。
何故ならヌーであったのはあくまで直近の前世だからだ。
ついでに言えば、ヌーの大移動もTVや動画サイトでしか観たことがない。
普通の宿狼となんら変わることはない。
だが観れば、我がことのように沸々と湧き上がってくるものがある。
それは、
「せっかく群れているのにその特性を生かし切れていない」
という歯がゆい思いだ。
何故あんなに隊列が細くなるまで戦線を伸ばしてしまうのか?
あれでは横からの干渉に耐えられない。
もっとギュッと固まって四方に意識を配った隊形になり、さらにそれを繋いで巨大な数珠のような隊列になればよいのだ。
数珠の珠の外側に屈強な者が取り巻いて、子供や身重のメスのような弱者を中に囲っていればもっと安全に移動ができる。
どんな肉食動物が来ても恐るるに足らない。
1対1では敵わなくても群れで攻めれば逆転の可能性もあるのだ。
それは、負けはしたが「入場ゲートの戦い」(ヌーたちが潜水艦ノーパンチラッス号を奪い取った戦い)でのくるみと星形みいの必死の防御を見て確信していた。
群れの特性を生かすとはそういうことだと、クイーン・ヌーは思っていた。
「オフクロ、俺たちは何をすればいいんすか?」
隣を走るヌーが聞いてきた。
「オオカミの合図待ちだ。みんなにそう伝えておくれ」
「了解」
100万とはいかないが、ジャンクヤードに集まったヌーの一族は1万頭は下らなかった。
それがオオカミとくるみの後方数百メートルの所を走っている。
シンウラヤスの街に地響きが鳴る。
巨大な数珠になったヌーの群れが駆け抜けて行くのだった。
第二ワンガン計画道路を空から見ると、シンウラヤスの埋め立て地を東西によぎる太い帯のように見える。
今、坂倉アイルが磔にされているのは、その帯がミアケ川に突き当たる西の端だ。
そして、くるみを背に乗せたオオカミが疾走しているのは、ちょうどシンウラヤス駅から海へ向かう直線と第二ワンガン計画道路が交差する東側の地点だった。
アスファルトの上に浮いた海砂に足を取られながら、交差点を曲がろうとした時、オオカミが何かに気づいて足を止めた。
そこに背が丸く長い腕が地面につきそうな宿狼が立っていたのだ。
「親父」
と声を掛けたのは海斗がジャンクヤードにいた頃のおもり役のアリクイだった。
「ご苦労だった。で戦況は?」
アリクイはマレーバクとともにオオカミの諜報活動の一翼を担っていた。
アリクイは仕入れた情報をオオカミに語った。
海斗が素魂食いに喰われたこと、坂倉アイルが張能サヤに騙されて人質になっていること、それが全て梯子を駆けるためのAIの策謀であること等々。
それを聞いたオオカミは吐き捨てるように、
「AIめ、相変わらず持って回ったことしやがる」
と言った。
オオカミにとってAIは特別警戒すべき相手なのだった。
すると横で聞いていたくるみが、
「その素魂食いってのは、ウバガメの奴か?」
とアリクイに聞くと、アリクイはどうしてそれをという顔をして頷いた。
ウバガメ由来の素魂食いとは高梨ダイゴのことだ。
くるみにもどういう経路でダイゴが海斗を食らうことになったかは分からないが、ダイゴに与えたはずの海賊屋敷がもぬけの殻になっていたのは既に確認済みだった。
そのプレゼントを心の底から喜んでいたダイゴだったから、おそらく姉の高梨うたが強引に連れ帰ったのだ。
ならば、高梨うたはダイゴを使って再びスターの海斗を狙うだろうのは目に見えていた。
オオカミはアリクイの情報から作戦を練り直し、後続のヌー達に伝えるよう頼むと、再びくるみを背に乗せて走り出したのだった。
「ウチはお前より早く走れるんだけど」
オオカミの背でくるみが言う。
「この方が格好いいだろ」
たしかに、銀色の毛並みが月光に照らされたオオカミの背に、戦闘吸血鬼が立ち姿で乗っているというのは絵面としてもかなりバエてはいた。
「なら、もう少し決めてみるか」
くるみは背からデコ木刀を取り出すと、腰を落とし下段に構えて真っ正面を見据えたのだった。
第二ワンガン計画道路を銀狼と戦闘吸血鬼が疾走するその先に待っているのは、2人の戦闘吸血鬼だ。
夜野まひると張能サヤ。
くるみが勝つか敵が勝つか。
いずれにせよ勝った者がこのネオワンガンに覇を唱えるのは間違いなかった。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ヌーの大移動。
野生動物のドキュメンタリーで必ず取り上げられています。
実直、律儀、真面目、盲目。
まるで人の生き様を見せつけられているようで切ないです。
今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
「一緒に来るのはいいけど、離れてくれな」
つまり、ヌーの一族とは行動を共に出来ないと言われたのだった。
それは聞きようによってはとんでもなく失礼なことだが、クイーン・ヌーは気にしていなかった。
それどころか、それこそヌーのような弱者がこの世紀末に生きるヒントだと思っていた。
あんなに強いくるみさえ、ヌーの群れの力を嫌忌しているのだ。
野生動物のドキュメンタリーを好んで観ていると、必ず出会うコンテンツがある。
それはセレンゲティ国立公園のヌーの大移動だ。
乾季に入ったころ、それまで平穏に草を食んでいたヌーたちが、一所に集合しだして、やがて隊列を為して移動し始める。
その数、100万頭。
まさにヌーの民族大移動だ。
ところがその移動は、渡河の時にワニに襲われたり、流されて溺れたり、はぐれた子ヌーがライオンに喰われたりと危険だらけだ。
それなのにヌーたちは草を食みながら黙々と歩き続ける。
視聴者は、その徒労に見える習性を己の社会生活に照らして感慨にふける。
なにげに人気のコンテンツだ。
クイーン・ヌーはもちろんセレンゲティ国立公園なんて行ったことがない。
何故ならヌーであったのはあくまで直近の前世だからだ。
ついでに言えば、ヌーの大移動もTVや動画サイトでしか観たことがない。
普通の宿狼となんら変わることはない。
だが観れば、我がことのように沸々と湧き上がってくるものがある。
それは、
「せっかく群れているのにその特性を生かし切れていない」
という歯がゆい思いだ。
何故あんなに隊列が細くなるまで戦線を伸ばしてしまうのか?
あれでは横からの干渉に耐えられない。
もっとギュッと固まって四方に意識を配った隊形になり、さらにそれを繋いで巨大な数珠のような隊列になればよいのだ。
数珠の珠の外側に屈強な者が取り巻いて、子供や身重のメスのような弱者を中に囲っていればもっと安全に移動ができる。
どんな肉食動物が来ても恐るるに足らない。
1対1では敵わなくても群れで攻めれば逆転の可能性もあるのだ。
それは、負けはしたが「入場ゲートの戦い」(ヌーたちが潜水艦ノーパンチラッス号を奪い取った戦い)でのくるみと星形みいの必死の防御を見て確信していた。
群れの特性を生かすとはそういうことだと、クイーン・ヌーは思っていた。
「オフクロ、俺たちは何をすればいいんすか?」
隣を走るヌーが聞いてきた。
「オオカミの合図待ちだ。みんなにそう伝えておくれ」
「了解」
100万とはいかないが、ジャンクヤードに集まったヌーの一族は1万頭は下らなかった。
それがオオカミとくるみの後方数百メートルの所を走っている。
シンウラヤスの街に地響きが鳴る。
巨大な数珠になったヌーの群れが駆け抜けて行くのだった。
第二ワンガン計画道路を空から見ると、シンウラヤスの埋め立て地を東西によぎる太い帯のように見える。
今、坂倉アイルが磔にされているのは、その帯がミアケ川に突き当たる西の端だ。
そして、くるみを背に乗せたオオカミが疾走しているのは、ちょうどシンウラヤス駅から海へ向かう直線と第二ワンガン計画道路が交差する東側の地点だった。
アスファルトの上に浮いた海砂に足を取られながら、交差点を曲がろうとした時、オオカミが何かに気づいて足を止めた。
そこに背が丸く長い腕が地面につきそうな宿狼が立っていたのだ。
「親父」
と声を掛けたのは海斗がジャンクヤードにいた頃のおもり役のアリクイだった。
「ご苦労だった。で戦況は?」
アリクイはマレーバクとともにオオカミの諜報活動の一翼を担っていた。
アリクイは仕入れた情報をオオカミに語った。
海斗が素魂食いに喰われたこと、坂倉アイルが張能サヤに騙されて人質になっていること、それが全て梯子を駆けるためのAIの策謀であること等々。
それを聞いたオオカミは吐き捨てるように、
「AIめ、相変わらず持って回ったことしやがる」
と言った。
オオカミにとってAIは特別警戒すべき相手なのだった。
すると横で聞いていたくるみが、
「その素魂食いってのは、ウバガメの奴か?」
とアリクイに聞くと、アリクイはどうしてそれをという顔をして頷いた。
ウバガメ由来の素魂食いとは高梨ダイゴのことだ。
くるみにもどういう経路でダイゴが海斗を食らうことになったかは分からないが、ダイゴに与えたはずの海賊屋敷がもぬけの殻になっていたのは既に確認済みだった。
そのプレゼントを心の底から喜んでいたダイゴだったから、おそらく姉の高梨うたが強引に連れ帰ったのだ。
ならば、高梨うたはダイゴを使って再びスターの海斗を狙うだろうのは目に見えていた。
オオカミはアリクイの情報から作戦を練り直し、後続のヌー達に伝えるよう頼むと、再びくるみを背に乗せて走り出したのだった。
「ウチはお前より早く走れるんだけど」
オオカミの背でくるみが言う。
「この方が格好いいだろ」
たしかに、銀色の毛並みが月光に照らされたオオカミの背に、戦闘吸血鬼が立ち姿で乗っているというのは絵面としてもかなりバエてはいた。
「なら、もう少し決めてみるか」
くるみは背からデコ木刀を取り出すと、腰を落とし下段に構えて真っ正面を見据えたのだった。
第二ワンガン計画道路を銀狼と戦闘吸血鬼が疾走するその先に待っているのは、2人の戦闘吸血鬼だ。
夜野まひると張能サヤ。
くるみが勝つか敵が勝つか。
いずれにせよ勝った者がこのネオワンガンに覇を唱えるのは間違いなかった。
---------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ヌーの大移動。
野生動物のドキュメンタリーで必ず取り上げられています。
実直、律儀、真面目、盲目。
まるで人の生き様を見せつけられているようで切ないです。
今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル