第25話 <15ガオー

文字数 2,406文字

 張能(ちょうのう)サヤは大観覧車の頂上で、マイハマ橋を渡って来たカップルが、断りもなく自分の縄張りを歩いているのをはじめは不愉快な気持ちで見下ろしていた。

「アイルめ。なんの用だ?」

張能サヤは前回坂倉アイルとの戦いの後、比較的安穏な生活を送っている。

毎日人間の行為を観察しては手頃な場所で餌を捕食してのんびりと生きていた。

だが、アイルの再訪を受けて、戦闘吸血鬼本来の闘争本能が目覚めつつあった。

目の前の景色に1000からの人外が押し寄せているのを目の当たりにした時、

慄きと共に湧き上がる愉悦を抑えられなかった。

あの時のワクワク感はデバガメのそれを大きく上回っていた。

「挨拶してやるか」

 張能サヤが親指を立てて自分の鳩尾(みぞおち)を突き上げると、

「ウグッ!」

と何かが込み上げてきて、張能サヤの口中がいっぱいになった。

それは発光しているらしく張能サヤの頬が赤く透けて見えている。

張能サヤはその姿を「ドングリでほっぺをいっぱいにしたリスさん」だと思っているが、

実際は「ゲロを口でせめぎ止めている酔っぱらいオヤジ」にしか見えなかった。

 近づいて来るアイルの姿が木陰から広場に出たところで、張能サヤは大口を開けて中の発光体を一気に吐き出した。

辺りが閃光に包まれたかと思う間もなく発光体がアイルのいる地面に大打撃をもたらす。

もうもうと立ち昇る土煙。

土煙が海風で流されて穿った跡が明らかになると、アイルのいた所には真黒の杭が並んでいた。

間一髪で、張能サヤの攻撃を防いだのは、あの忌々しいアイルの乱杭だった。

次の瞬間、その杭の一本が猛烈な勢いでこちらに飛んできて、張能サヤの足下にぶら下がる青いゴンドラを串刺しにした。

「やる気か?」

再び張能サヤは親指を立てると、今度は腹を何度も突き上げた。

張能サヤの口から連続して発した光の球が、アイルが爆速で走る地面を連打する。

それを瞬時に発現する漆黒の杭がことごとく遮って、ついにアイルに大観覧車の真下まで潜り込まれてしまった。

「アイル! ここまで登って来いや」

ネオワンガンの寒空に張能サヤの叫び声が鳴り響いた。

「今行くから!」

大観覧車の真下から、アイルの言葉が返ってくる。

「?」

張能サヤは怪訝に思う。

張能サヤが大観覧車の頂上でアイルを迎え打ったのは偶々そこにいたからではない。

アイルのラダー(特殊技)が大地を絶対に必要として、それもここまでは届かないと知っていたからだった。

それなのに、ここまで上がって来るという。

新しいラダーでも会得したか?

張能サヤは考えた。

「ラーメン屋の修行はそのためだったのか?」

それにしては、真正面からこちらに突進してくるというのは無策すぎた。

なんて考えているうちに、支柱を登ってきたアイルがサヤの近くのゴンドラの向こうに顔を出した。

すかさず張能サヤが腹に親指を突き立てる。

「待って!」

アイルが叫ぶ。

しかし遅すぎた。

アイルの掴まる黄色いゴンドラが瞬時に爆発を起こし、そのまま30m下の地面に落ちて行った。

アイルは、

大観覧車の支柱に両手でしがみついてぶら下がっていた。

その体勢は直ぐにラダーを発動できるようには見えなかった。

張能サヤがアイルに、

「何しに来た?」

と問う。

「相談があるの」

アイルは足下に目を落として、改めてとんでもない高所に来てしまったと思った。



 ある古い吸血鬼映画で、吸血鬼の少女がビルの壁をよじ登るシーンが完全にCGで粗悪な感じだったけど、それがかえって怪物感を強調して怖かった。

海斗は大観覧車の側面を軽々とよじ登って行くアイルを見ながらそれを思い出していた。

将来ともに歩む存在と思っていたのに、またもや吸血鬼だったなんて。

海斗の失望は計り知れなかった。

まず、奥井孝一に、

「やっぱり、市役所行きます」

って言い直さなきゃならない。

いやいや、その前に生きてここから逃げ出さねば。

大観覧車に走り寄るアイルに光の球で攻撃を仕掛けてきた奴もいる。

おそらくあれも吸血鬼だろうから、二人の吸血鬼を相手にどうやってかわして逃げるのか。

くるみに助けを求めようにも、ここから旧ネズ男爵リゾートはあまりに遠すぎた。

 海斗が考えを巡らせている間に、公園内に響いていた戦闘音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

決着がついたのかしら。

海斗が隠れていた木の影からおそるおそる半身をだして、大観覧車の方を見ると、

突然、目の前に真っ黒い髪でセーラー服姿の少女が立った。

そして海斗のあごに手を当てると、品定めするように、

「イケメンってわけでもないな。なんでこんなのがいいんだ?」

と言ったのだった。

すると、セーラー服姿の少女の背後にアイルが現れて、

「口では言えないんだけど、なんか惹かれる」

と言った。

黒髪の少女は背後を振り返り、

「こいつを人質にするから、一緒にくるみを殺れってか?」

と言うと、アイルは頷いた。

「で、俺には何をくれる」

「旧ネズ男爵リゾート」

黒髪の少女はまじまじとアイルを見て、

「ランドとシーを折半でなく、全部俺に?」

アイルは再び頷くと、

「あたしには必要ないから」

と言ったのだった。

 どうやらくるみ攻略の相談をしているらしいこの二人の吸血鬼がどれほどの強さなのか、人数的に不利な状況をくるみは回避できるのか?

海斗は自分のことよりくるみの心配をし始めていた。

そして、くるみにこのことをどうにかして伝えなければならないと考えたのだった。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

捨て身の詰め寄りで、なんとか戦闘を回避したアイルは、
張能サヤと共同戦線を結ぶことになります。

いまや、海斗にとっては敵となったアイル。
くるみに早くこの状況を伝えなければなりません。


今年も『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくおねがいします。

真毒丸タケル

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