第63話 <2ガオン 

文字数 3,119文字

 ケヤキ並木の通学路、二人の少年がネオ・チシロ小学校から足早に遠ざかっていた。

「ピロ、やっぱりヌマオをヤルのやめようよ」

眼鏡の少年が、もう一人の青白い顔をした少年に言った。

「なんだ、ヨージは怖いのか。そんなだからみんなから未だにウンコヨージなんてなめられんだぞ」

ヨージは現在小学五年生。入学式の時にうんこを漏らして以来、同級生の男子からウンコヨージとあだ名されている。

「五年生になったとき、アオチに『ネオ・トイレット博士』の3巻あげてやめてって頼んだんだよ。でも約束守ってくれなかった」

「漫画あげ損じゃないか。アオチなんかに頼むからだ」

アオチはネオ・チシロ小学校を支配する番長だ。

五年生なのに中学生に負けない体格を持ち、ケンカもめっぽう強い。

しかもお父さんがPTA会長、さらにネオ・バーチ市の市会議員もしている街の名士だ。

故に、ネオ・チシロ小学校周辺でアオチに逆らうものは誰もいないのだった。

しかし苗字は青地でも青木でも青田でもない。

それなのに何故アオチなのか。

それは泣く子も黙る伝説があるからだった。

 アオチ小学三年生。

下校途中、上級生がアオチのことを生きた蛇を棒の先に垂らしてからかってきた。

しかし、アオチはそんなことでひるまない。

それどころかその蛇を上級生からもぎ取ると首をねじ切って、その血をすすったという。

ダイショウの

をすすった男。故にアオチ。以来、血が青くなったとも。恐ろしい少年なのだった。

 アオチに漫画をあげて要望を通すヨージのやり方は政治家への陳情と同じで間違いではなかった。

しかし、それが陳情と理解されない場合は効果が期待できないのはオトナの世界と一緒だ。

つまるところ、アオチはヨージのことを

「漫画くれる奴」

としか思っていなかった。

「じゃあ、どうすればよかったの?」

「こいつでバシッと痛めつけてやったらよかった」

ピロと呼ばれた少年はデニムの腰から皮のベルトを引き抜くと、二つに折りたたんで音を鳴らした。

ピロの必殺技、恐怖のベルトバッチンだ。

「でもピロ。それ禁止になったばかりじゃん」

先週ピロは腹が立ってベルトバッチンを女子に使ってしまった。

それを知った担任の女先生が激怒して、ピロのことをクラス全員の前でビンタを食らわした。

ピロは体ごと吹っ飛び、教室の最後部まで転げていってそこで失神した。

ピロはその時ついでにオシッコを漏らしてしまったのだった。

女先生は体罰のかどで3ヶ月の謹慎処分になったが、ピロにはそんなことはどうでもよかった。

その後、ションベンピロピロとあだ名を付けられてしまったほうが重大だった。

小学生男子とは、かくも残酷なものなのだ。

「女はだめだが、まだ男なら使える」

そういうことではないのだが、体が小さいピロにとってはそれだけが拠り所で手放せなかった。

「でも、ヌマオには効かないよ」

ヨージは、今怖いのはアオチでなくヌマオのほうだと思い出した。

「ヌマオは女だけど、あれは怪物だからいい」

やっぱりそういうことではないのだが、ピロには到底通じなさそうだ。

 ピロとヨージは、通学路とは反対方向へ走っている。

それは校則違反なのだったが、ヌマオのいるボーヤツに行くにはそうするしかないのだ。

「ヌマオをやっつければ、アオチだって俺たちに一目置く」

ピロは名誉を挽回するのに躍起になっている。

だからネオ・チシロ小学校全校生徒にとって最大の恐怖であるヌマオを倒す。

そう決めて学校を出て来ていた。

「いやだよ。戦う前に呪い殺されるってじゃん」

ヌマオに近づいた者は呪われる。

ネオ・チシロ小学生の常識だった。

「呪われるわけないだろ」

「なんでそんなことがわかるの?」

とにかくヌマオが怖いヨージは保証がほしかった。

「ただの変なおばさんだって、お母さんが言ってたもの」

「そうなの?」

「怪物なんているもんか」

「そうだよねw」

ピロの言葉にヨージは安堵した。

「見に行くだけなら」

「最初は偵察な」

本当はピロも怖かったのだ。

ここからボーヤツまでは十数分。

そこにいるのは変なおばさん「怪物」ヌマオだ。

遠巻きに見るだけなら害はないだろう。

二人の足取りが、すこし軽くなった感じがした。

 ところが大人たちすらまだ知らない事実があった。

それは、ヌマオが正真正銘の怪物であるということだった。



 ボーヤツ。

それは歴史的な地名である。ただ歴史的な事象があったわけではない。

単に名称が歴史的ということだ。

関東では谷のことを古くからタニとは言わずヤツと言った。

室町時代の扇谷(オオギガヤツ)上杉氏などが有名だ。

鎌倉の扇の谷に屋敷があったことでその名が付いた。

さて、ボーヤツ。漢字で書けば坊谷津。

昔この辺りには僧坊でもひしめいていたのだろう、そういった谷地形をしている。

今ボーヤツは、竹林ばかりの土地だ。

そこにヌマオはいる。

 なんだって、あたしはこうも日がな一日ボウーーーとしているのだろう。

ヌマオはそう思いながらクワを抱えて竹林を彷徨っている。

頭にはタオルケットでターバンを作り、上から下まで土で汚れた野良着に、赤い鼻緒の黒下駄を履いている。

体型はずんぐりとしていて、大きな腹ばかり目立ち、胸、腰の区別はなかった。

 ヌマオは時折スズメが冷やかしにやってくるのを追い散らす以外になにも考えないし、何もすることがない。

スズメは大概素早いのでヌマオには掴まえることは敵わなかった。

それをいいことに近隣のスズメが、まるで肝試しのようにヌマオの元にやって来るようになっていた。

腹立たしいけれど、しかたがない。

ノロノロとしか動けない自分が悪いと思っていた。

しかし今日初めて、振り回したクワがスズメの頭に当たって掴まえることが出来た。

めでたいことだ。

これでお世話になっているエーフク寺の住職の役に立ったというものだ。

そのスズメは、真っ赤な血を飛び散らかした竹の落ち葉が広がる地面を、腰砕けになって逃げ惑いヌマオのことを恐怖に戦きながら見上げていたけれど、

「ピロ。助けて。ゴメンナサイ。ママ。ママ、怖いよ」

とごにょごにょ言っているところにクワでもって脳天にトドメを刺して、頭からむしゃむしゃと喰ってやった。

たしかもう一匹スズメがいたはずだけれども、

「ヨージが、ヨージが」

なんて意味のない言葉を口にしながら、竹林の中を逃げまわっている。

さっさと逃げればいいのに。

何故だかこのスズメは、ズボンのベルトを外して手に持っている。

そのせいでズボンが下がってしまい、うまいように走れないのだった。

ヌマオが竹藪の中を追いかけ回しているうちに、そのスズメは勝手に太い竹に頭を打ち付けて倒れ、動かなくなった。

失神したらしい。

近づいて見ると、真っ白いブリーフの前が黄色い染みになりだしている。

オシッコをもらしていた。

ヌマオはそのスズメを抱え、汚いとは思ったけれど生きたまま頭から呑み込んだら、塩味が効いてさっきのより旨いと思った。

スズメ。おいしい。

また、来ないかな。スズメ。

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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

突然小学生がわちゃわちゃしてる場面で始まりました。

ピロとヨージの少年二人が冒険の旅に出掛けたと思ったら、そこに待ち構えていたのは

怪物ヌマオでした。

こいつ血煙史上最恐のバケモノかもしれません。

 これからしばらく小学生対ヌマオの戦いが続きます。

変なあだ名の少年たちが、どうやってヌマオを倒すのか。

それとも全員やられてしまうのか、ご期待下さい。



今後とも『血のないところに血煙は立たない』をどうかよろしくお願いします。

真毒丸タケル


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