11話 虫歯の作文

文字数 912文字

 毎年、虫歯の作品の受賞者は、全校集会でその作文を読む。
 いつもは「早く終わらないかな」と思っている集会。
 その年は「こんな風に書くと選ばれるんだ」と思いながら聞いていた。
 そして、次の年は前年の作文内容を思い出しつつ、自分の作文に取り入れてみた。

 賞を取りたいとか、選ばれたいとか、褒められたいという気持ちは欠片もなかった。
 あったのは「原稿用紙のマスを埋めたい」という気持ちだけ。
 けれども、その作文は賞に選ばれてしまった。

 一瞬、『嬉しい』と思った気持ちは、即座に「発表なんて無理」に変わった。
 何度も書いているけれども、私はお(しゃべ)りが苦手だ。
 全校集会で作文を読むなんて、ハードルが高すぎる。
 手元に返ってきた作文を、破り捨ててしまいたい衝動にかられた。

 けれど、そうすることもできずジレンマと共にリハーサルの日になった。
 リハーサルなので、人は居ない。
 それでも、ステージに上がると心臓は破裂しそうなほど、鼓動を速めた。
 順番が来て、ぎこちない手つきで作文を開いて読み始める。
「もう少し、大きな声で」
 と、先生から注意がはいる事、数回。最後まで読み終えて、次の人に替わった。

 ステージから降りると、担任が私の元にやってきた。
「緊張しただろ。緊張しない方法を教えてやる。
 下にいる人間はみんな、ジャガイモだと思えばいいんだ」
 ポカンとしている私に、先生は続ける。
「想像してみろ。たくさんのジャガイモが並んでいる。
 ジャガイモじゃなかったら、カボチャでもニンジンでも好きに想像したらいい」

 私の頭の中に、並んだジャガイモが浮かんだ。思わず笑ってしまう。
「ほらな。面白いだろ」
 担任は「当日もその調子で頑張れ」と言って、去って行った。


 当日は緊張した。ジャガイモを想像しても、緊張は解けない。
 顔はリハーサルよりも赤くなっていただろうし、作文も何度もつまってしまったように感じたし、声も出ていなかったかもしれない。
 真っ白な頭でステージを降りた。

 うまくいったのかどうかさえ、よく分かっていなかった。
 けれども、担任が「よくやった。うまく読めていた」と言うので、ホッとした。
 この発表は私の中ではちょっとした自信になった。
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