10話 道徳の時間

文字数 1,166文字

 何度も言うが、私はお(しゃべ)りが苦手だ。
 授業中に手を上げることもないし、意見を言うこともない。
 そんな私が、一度だけ意見を言ってしまったのは、道徳の時間だった。

 最初に物語を読んで、いくつかの意見が出てくる。
 その中で2つ対立する意見に分けて、全員がどちらの考えに近いかを示す。
 その後にお互いに話し合う。それがいつもの道徳の授業だった。

 けれど、その時間は先生が『二つの意見』を出してきた。

 物語は
 『広場で遊んでいたら、近くの家から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 その家から母親らしき人が顔を出して、「広場で遊ばないで」と頼んできた。
 子供たちはしぶしぶ、広場で遊ぶのを諦めた』
 と言うようなものだった。

 出てきた意見のほとんどが、『広場で遊んでもいいじゃないか』だった。
 子供らしくて当たり前の意見なのだけれども、先生はそこで
 『広場で遊んでもいい』『ほかで遊んだ方がいい』という二つの意見を提示した。

 そして、皆がそれぞれどちらの意見に近いかを示す。
 わたしは『どちらでもない』と『他で遊ぶ』で揺れていた。
 『広場』は選択肢になかった。
 揺れていた理由は簡単で、ほとんどが「広場」を選んでいたからだ。
 下手に目立ちたくはない。けれども、『広場』に入れたくはない。

 だったら、「どちらでもない」にした方が無難だけれども、それもまた違う。
 迷った結果、私は『他で遊ぶ』に決めた。
 私の後にも、まだ選んでない人たちはいる。
 誰か、同じように『他』を選んでくれないかなという他力本願な気持ちで、成り行きを見守った。
 けど、結果は私だけが『他』を選んだ。

 焦った。とても焦った。
 皆が自分の意見を決めた後は、それぞれの立場の意見を言う。
 『他』には私しか、入れていない。
 という事は、必然的に私に「どうしてそれを選んだのか」が聞かれる。

 いつもは意見を決めた後は傍観しているのだけれども、傍観できなくなった。
 誰も『他』に入れていないのだから、その意見は私しかいない。
 立ち上がると、教室内の視線が自分に集まったような気がする。

「……」

 頭の中はパニックである。理由が頭の中で言葉としてまとまらない。
 1分以上は沈黙が続いた。

「えっと……私には妹や弟が居て、小さい頃は母が大変だったので……。
 他で遊べるなら、他でもいいかなと……」
 と、いうようなことを何とか、言い終えた。

 どこまで行っても、意見が平行になるのは目に見えている。
 子どもは遊びたいのだから、遊ぶのだし、それが悪いとも思えない。
 けれど、『他に行く』に意見を変える子も出てきた。
 私は黙って聞く事に徹した。

 意見を変えたのは数人で、ほとんどがやはり『広場で遊ぶ』だったけれども、少しだけ嬉しかった。
 けれど、二度とやりたいとは思わない。無難にひっそり目立たない方がいい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み