11話 弟の記憶

文字数 1,251文字

 私が5歳の時、突然、弟が現れた。
 よくドラマなんかでは「弟が出来るのよ」なんて、子供にいうシーンがあるが、そんなものは一切なかった。
 私たちは何日間か祖母の家に預けられて、母に会えなかった。

 会えたと思ったら、母の腕の中に弟が居た。
 成人後に、それをはーちゃん(下の妹)に言うと「おなかで分からなかったの?」なんて言われた。
 はーちゃんにとっては、『小さなころから弟と一緒』の記憶しかないのだろう。
 けれど、弟がやってきたことを覚えている私は

 あの頃の母は、ずっと太っていて(・・・・・)、妊娠しているかどうかなんて全く分かんなかったんだよ!!

 と叫びたかった。
 はーちゃんには『太った母の記憶』もないらしい。


 母は「あの時の、あんたたちのキョトンとした顔、面白かったわ」と言う。
 何も説明されていない子供が、キョトンとせずにただ喜ぶだけの顔をする方が怖いわ。

 弟の名前は祖父(母の父)が付けた。
 漢字も付けてくれたらしいが、母がそれは古風すぎると言って変えた。


 そんな感じでやってきた弟は、私たちのおもちゃと化した。
 3人姉妹に末の男の子……おもちゃにならない方が不思議だ。
 かわるがわる抱っこしてみたり、つついたり、ぷにぷにしてみたり、遊べるだけ遊んだ。
 母は私たちに抱っこを任せることはせずに、ずっと傍についていた。
 飽きると母に渡したり、寝かせて置いたりした。


 弟は男の子だからか、成長が早かった。
 首の座りも歩くのも早かった。

 そして、ケガやいたずらも多かった。


 弟がまだ歩きださないころ。
 一人でコロコロと寝返りを打っている思っていたが、突然全く動かなくなった。
 目は開いている。意識はある。
 泣きもしなければ、動きもしない。
 抱き上げると、腕がだらんと垂れ下がっている。
 母は、おかしいと思って病院に行ったそうだ。
 原因は「関節を外した」というだけだった。
 関節を戻してもらって、弟は動くようになった。
 病院では「子供にはよくある事」と言われたらしいが、母にとっては初めてだった。

 弟のいたずらも写真に残して飾ってある。
 精米機の前で、呆然(ぼうぜん)と座り込んでいる姿だ。
 その日の朝は、いつものように母は台所で作業をしていて、皆がそれぞれ朝食を食べ終えて、朝の準備を始めていた。
「あれ? くーちゃん()は?」
 誰かがそう言った。
 さっきまでテーブルの傍に居たくーちゃんが見当たらなかった。
 皆がワタワタと「くーちゃん?どこにいるの?」と呼んでいると

 ザ―――――――。
 と大きな音がした。

 精米機の方からだと気が付いた母が、廊下の先をのぞくと くーちゃんがいた。
 母が精米機を止めて、音が止む。
 泣きもせずキョトンと座り込んでいるくーちゃんをみて、母が笑いだす。
「面白い!! 写真に撮ろう!!」
 そう言って母が撮った写真が引き伸ばされて、長い間家に飾ってある。

 散らばった米の片づけだけで終わって良かった。
 変なところに指でも突っ込んでいたら、ケガをしていたかもしれない。


 弟は唐突にやってきて、いろんな事件で家の中を騒がせていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み