8話 折り紙と牛乳

文字数 1,592文字

 お嬢様のいじめは大抵、『物』に向かうことが多かった。
 物を欲しがって、取ったり壊したり。取ったり壊したりは筆箱や鉛筆消しゴムなどが多かった。
 隠したりごみ箱に捨てられたりするのは、教科書やノートだ。
 暴言は当たり前。「チビ」「グズ」「のろま」「shine」といった定番が多かった。

 一番の被害が取り巻きだったけれども、取り巻きだけにいじめが向かっていたわけではない。
 先生にまで向かっているのだから、児童は当たり前のようにいじめの対象になる。


 理由は『お嬢様の気に入らない事をした』
 それだけ。


 もちろん私も例外ではなかった。

 ある日、授業で折り紙を使う事になった。
 普通の単色の折り紙を持っていくのが当たり前だと思ったが、ちょっと変わったカラフルな折り紙を、持っていきたくなった。
 そうするとどうなるかが分かっていながら、どうなるかが見てみたくなった。
 お嬢様はいつもの通り、「かわいい折り紙」を皆に見せびらかせていた。
 次の授業で使うために、私もちょっと変わった折り紙を机に出す。
 誰かがそれに気が付いて、「変わっているね」と言う。
 お嬢様がそれに気が付く。
 近づいてきて、「いいなぁ。欲しいな」のいつものセリフを()く。
 私は黙る。黙って授業を待つ。
「何か言いなよ。欲しいって言ってんの」
 お嬢様の言葉が荒くなる。
 私は黙る。
 お嬢様が力ずくで折り紙を取っていく。

 そこに先生が入ってきて、「何事なの??」と聞いてきた。
 お嬢様は自分の「かわいい折り紙」の事は話さずに、私の折り紙の事だけを話す。
 先生は私に「普通の折り紙を持ってきてね」と注意だけして去っていった。
 何枚かの折り紙はお嬢様の手の中。
 ……悲しいような気がしたけれども、思った通りの展開にがっかりしてもいた。
 被害は折り紙数枚。授業に使う分の折り紙はある。
 この時は困ることはなかった。


 そしてまた、別の日。
 その頃の給食時間は(ひど)いものだった。
 給食への異物混入、デザートの奪い合い。
 もしくは、嫌いなものを他人に渡す。相手が嫌いなものをわざと多めに入れる。
 楽しい給食なんてものはどこにもなくて、『給食を食べるのが遅い子には、何をしてもいい』状態だった。
 なるべく早く食べる。遅くなってしまったら、何をされるか分からない。
 とはいえ、遅くなってしまう日もある。

 その日も遅くなってしまった日だった。
「おっそーい。まだ、食べていないの?」
 お嬢様が私に絡んできた。
 とても嫌なパターンだなと思った。
 休憩時間ならばトイレに逃げ込むこともできる。
 けれど、今は給食時間。まだ食べている最中で逃げ場がない。
「ねぇ。牛乳は飲まないの?」
 黙っている私にお嬢様が聞いた。
「後で……」
 と、言ったような気がする。
「うそ。いつも、持ち帰っているでしょ。ずるーい」
 保育園時代と変わらず、牛乳が嫌いなままだった私はいつも持ち帰っていた。
 今日も持ち帰るつもりで、飲んでいなかった。
「ずるいよね。そんなの」
 そう言って、お嬢様が私の牛乳を手にする。
 マズイと思った。思ったけれども、どうすることも出来ない。
 お嬢様が牛乳パックを開けて、私の頭の上からドバァとかけた。
 ポタポタと頬を牛乳が伝っていく。
「くっさーい。汚い」
 そう言って、お嬢様は離れて行った。
 周囲はいつもの通り、引いている。

 先生がいたのか、いなかったのか記憶にはない。
 顔を洗って、拭ける部分だけふき取る。
 けれども、臭いは消えない。
 午後の授業は全く頭に入らなかった。牛乳臭さが気持ち悪くて吐きそうになりながら、座っていた。
 家に帰ってやっと制服は脱いだ。
 けれども、まだジャケットがいる季節だった。ブラウスの洗い替えはあっても、ジャケットの洗い替えはない。
 家で必死にふき取ってみても、限界があった。
 しばらく、牛乳臭いジャケットの制服を着る羽目になった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み