13話 人形の話2

文字数 969文字

 もう一つ、おひなさまの話。

 5歳の大掃除の時間だった。

 みんながホウキやチリトリ、雑巾を手に掃除をしていた。
 私は、言われた場所をやり終わって、次は何をしたらいいんだろう?早く掃除が終わらないかなと思っていた。
 何かをしているフリをした方がいいのは分かっていたが、それもやりつくして本当に暇だったのだ。
 周りを見ると、私と同じように手持ち無沙汰な人が数人。

 しかく先生が私に近づいてきた。
 そして、「雑巾を持ってきて」と言った。
 私は、雑巾がかけられている場所を見に行った。
 そこには、雑巾はかけられていなかった。
 周りを見回しても、雑巾を持っている子で使い終わりそうな子はいなかった。
 仮に居たとしても、声をかけられないので雑巾を元の位置に戻してくれるのを待つしかない。

 他の場所を探しに行った方がいいんだろうか?
 それはそれで、「何しているの?」と言われそうだ。
 声をかけられないのだから、使い終わりそうな子を見つけたところで何も出来ない。
 頭の中は軽いパニックだった。
 先生のところに戻ったら、(しか)られる。けれども、雑巾がない。
 そこに、しかく先生が来た。

「何しているの?」
 私は黙っていた。
「雑巾は?」
 私は首を小さく振ってない事を伝えようとした。
 しかく先生は私の腕をぐんっと引っ張って、雑巾がかけてある場所へと行った。
「あるじゃないの? 何していたの?」
 目の前には確かに雑巾があった。
 私が辺りを見回している間に、誰かが使い終わったらしい。

「何していたの?」
 同じ言葉が繰り返される。

 私の頭の中はいっぱいいっぱいだった。
 探していたといっても、誰にも声をかけられなかった。
 それを説明出来ないし、説明できたとしてもこの先生には通じない気がした。
 黙ったままの私に先生は、目の前のおひなさまを指して言った。

「そんなんじゃ、おひな様になってしまうよ」

 5歳の私にも、その意味は分かった。
『黙ったままのお前はお人形のようだ』
 子供のように大声で泣けば、まだ可愛(かわい)げがあったのかもしれない。
 私は先生が居なくなるまで、泣かないように耐えた。
 ガンガンと言葉をぶつけられたが、一言も覚えていない。
 ただ、この先生の前で泣くのは嫌で、早く帰りたいと思った。



『おひな様になってしまうよ』

 大人になってもその言葉は、重く深く私の中に残った。
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