6話 喋らない子

文字数 1,473文字

 小学生の時から、あまり(しゃべ)らない子が気になっていた。
 彼女とは小学校でクラスが一緒だった。名前はカワムラさんと言った。
 中学の1年生までは一緒のクラスで、2年からは体育の時間だけ一緒になった。

 お互いに(しゃべ)らないのだから、接点は少ない。

 一度だけ、プールの時間に話しかけられたことがある。

「プールに入らない理由って何?」

 中学生にもなると、誰もプールには入りたがらない。私もその一人だった。
 泳げないし、着替えるのが面倒だし、体育の成績は最低値なので、プールに入らない事で成績を下げられても困らなかった。
 彼女も入りたくはなかったのだろう。

「えっと。ケガしているから」
 と、私は馬鹿正直に答えた。実際に足をひねって痛みがあったが、プールに入れないほどではなかった。
 (うそ)ではないが、本当でもないという微妙な理由が私にはあった。

「そっか。私、理由がなくて……」
 小さな声なので、所々の音が聞き取れない。脳内補完で、カワムラさんの言いたい事を考える。

「生理とかは?」
 ありきたりものしか頭に浮かばない。
「それは、この間、使っちゃって」
「そっか……」
「……」
「……」
「……」
「……ごめん。思いつかない」
「……そう。ごめんなさい」

 謝られてしまった。せっかく話しかけてもらえたのに、何も答えられなかった。
 彼女と話したのは、この時だけだった。


 高校に入っても、彼女とは体育の時間だけ一緒だった。
 けど、その顔が暗く落ち込んでいる。(しゃべ)らないその顔がとても暗かった。
 体育の時間しか、彼女を見かけないので、最初は気のせいかと思った。
 時間が経てばたつほど、カワムラさんの顔は暗くなっていった。

 彼女のクラスにはもう一人、『(しゃべ)らない(返事が小さい)子』がいた。
 私は最初、その子も私やカワムラさんと同じようなタイプかと思っていた。

 ある体育の時間。
(しゃべ)らない子』がカワムラさんに、ボールをぶつけるのを見た。
 気のせい……と思おうとした次の瞬間、再びボールがカワムラさんにぶつけられる。
 (しゃべ)らない子の顔は笑っている。

 この時初めて、私はカワムラさんの暗い顔の原因を知った気がした。
 (しゃべ)らない子は、大人しいタイプではなかった。
 先生が見ていない時を見計らって、ボールをぶつける(ずる)さを持っている。
 (しゃべ)らないように見えたのは単純に、めんどくさいからと言う事を理解した。


 体育が選択になった。
 私はダンスを選んだ。カワムラさんもダンスを選んでいた。
 あの『(しゃべ)らない子』もダンスを選んでいた。

 ある日、(しゃべ)らない子が、カワムラさんをからかうように顔の前で手をふりあげて、軽く当てていた。
 いじめと言われても、「わざとじゃない」と言える程度の『おふざけ』に見える。
 先生はそれを見て、「それ、いいわね。ダンスの振り付けにしましょう」と言った。
 カワムラさんを中心にして、周りのみんなが手をふりあげて、降ろす……という、ダンスの振り付けになった。

 私はがく然とした。
 目の前で行われていたのは、「いじめ」なのに先生にはそれが見えていない。
 こんな感じの巧妙ないじめが、カワムラさんの周囲でずっと行われていたのかもしれない。
 私が声を上げればいいのだろうかと、しばらく悩んだ。
 けれど、お(しゃべ)りが苦手な私は、なるべく『先生に何かを伝える』と言う事を避けたい。
 伝えたところで「ふざけただけ」「勘違い」と言われたら、気まずくなるのは私ではなくて、カワムラさんかもしれない。
 いろいろ考えた揚げ句、私は声を上げるのをやめた。

 私に出来たのは、『どうか死なないでください』と願う事だけだった。
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