第102話 神楽絆

文字数 2,783文字

 いつものことだった。兄が傷だらけで帰ってくるのなんて。

 そんなに好きかという程しょっちゅうケンカをしてはボロボロになって帰ってきた。

『ちょっ…どうしたんだよ、そのケガ!』

 あたしは中学の頃よくそんな命知らずな兄の手当てをしていた。

 この男は早死にするだろう。その度にそう思った。

『なんでいつもこんなになるまでやっちゃうんだ?あんたバカだろ』

 理由はいつも誰がやられたとかチームをバカにされたとかそんなものだった。その為に1人で何人もとやり合ったり数十人に囲まれたことだって数えられない位あった。

『絆、暴走族やってて何が楽しいか分かるか?』

『分かんねーよ、そんなもん。暴走族なんだからバイク乗り回してブンブンやることが楽しいんだろ?』

『そうだな。確かに単車に乗って走るのは好きだし楽しい。だけどな、本当に楽しいのは自分の仲間を大切にすることさ』

『あたしには全く理解できないね。仲間を大切にすることが楽しいだって?だからケンカしてボロボロになるのがやめられないっていうのかい?馬鹿馬鹿しい。何言ってんだか』

『あっはっは!そうかそうか、分からないか』

『何笑ってんだよクソ兄貴!』

 怒るあたしを見て兄は腹を抱えて笑っていた。

『まぁ、俺も最初からそうだった訳じゃねぇけどな。あいつが俺をそんな気にさせてくれたんだ』

 そう。兄の隣にはいつもあの男がいた。

『あんたたち、絶対いつか死ぬよ。あたしゃ知らないからね』

『心配すんなよ絆。俺は神奈川最大にして最強の暴走族、横浜連合の副総長、神楽縁だぞ?俺とケンカする奴は運が悪い』

『なんたって俺は1番強い男だからな。もう聞き飽きたよ、それ。ダッサ!』

『いやー、お前には本当かなわねぇや。いつもありがとな、絆』

 感謝してるのはあたしの方だった。親が死んでから、あたしを学校に行かせる為に毎日休まず働いてくれていた。それどころか兄はあたしを高校に行かせようとしていた。

『いーよ高校なんて。あたしも中学卒業したら働くからさ、2人でもっといいとこ住もうぜ』

『気持ちは嬉しいけどよ、俺はお前に高校位行ってほしいんだ』

『あんたはそんなもん行ったって無駄だって言って行かなかったのにか?』

『あれ?そんなこと言ったか?』

『とぼけんなよ』

『俺たちみたいな不良はさ、学校行って勉強して部活やってなんてできないけどよ、でも本当は羨ましかったりするんだよ。まぁ、無い物ねだりと言や、そうなのかもしんねぇけど。でも、やりたいことは多分一緒なんだ。学校でクラスや部活の仲間と出会って、その仲間と色んな出来事を共に乗り越えていく。16から18の3年間はきっとすごい大切な時間だと思うんだよ。俺ができなかったことだから、お前にはやらせてあげたいんだ』

 高校に「行きたい」なんて思ったことはなかったけど、その気持ちは嬉しかった。

 バカだけど優しくて仲間思いな兄があたしは大好きだった。







 そんな兄との別れはあまりにも突然やってきてしまった。

 あたしは散々止めた。

 暁龍玖が妹を連れていなくなると兄は実質総長となった。

 だが兄はそんなことには少しも喜ばず、そんな素振り見せないようにしてたのだろうが奴がいなくなってからというもの、やはりどこか寂しそうだった。

『あんたもさ、もうやめちまえばいいじゃないか』

『何言ってんだ。俺たちを慕ってくれる仲間がいっぱいいるんだ。そんなことはできねぇよ』

 兄は決まってそう言って笑った。

 それにその頃、それまでずっとにらみ合っていたチームとの本格的な抗争が始まっていたのだ。そんな状況で兄がチームを抜けるなんて、どうあってもできなかっただろう。

 そして兄は抗争を終わらせた。自分の命と引き換えにして…







『…だから言ったじゃないか、バカ』

 あたしは分からなかった。何故この優しくてお人好しの兄が死ななければならなかったのか。

 だがすぐに答えは出た。

『…あいつのせいだ』

 暁龍玖。あいつがいきなりチームを抜けたりしなければこんなことにはならなかった。あたしはそう思った。

 その暁龍玖はマヌケなことにその後捕まり、結局刑務所送りになったらしかった。そして捕まりながらも奴はあたしに生活費として金を送りつけてきた。

 兄は生きている時よく言った。

『俺がもし事故や病気で死んだり、どうにもならなくなっちまったら龍玖にお前のことをお願いしてある。だからお前もしもの時はあいつを頼るんだぞ』

 ジョーダンじゃない。あたしは送られてくる度にそれを送り返した。あんな奴からなんて死んでも受け取りたくなかった。

 あたしはケンカ悪さに明け暮れた。高校などには行かず、すぐ夜の世界に入った。

 仕事では色んな顔を覚えながら世の中を知り、ケンカでは勝ち方を身に付け、気づけば仲間は勝手に増えた。

 金の稼ぎ方を覚え、横浜覇女の7代目として神奈川最大最強を誇ってきたがこれが果たして楽しいことなのかは分からなかった。

 あたしの年代では同じ神奈川の中に敵も多かった。

 小田原夜叉猫の如月伴。

 湘南悪修羅嬢の緋薙豹那。

 相模原鬼音姫の哉原樹。

 どいつもこいつも気にくわない奴ばかりで相手もそれぞれそう思っているようだった。

 その神奈川4大暴走族の争いも3年目の今年、ある女と出会った。

 暴走愛努流とか言う小田原の小さなチームの鞘真風雅。まだ高校に上がったばかりのひよっこだった。

 如月や緋薙たちさえうかつには手を出してこれないであろうこのあたしに、そいつは仲間を逃がし、たった1人で向かってきた。仲間を守る為にだ。

 圧倒的な力の差を感じたはずだった。

 あたしを覇女の神楽と知って尚、1歩も引かない女だった。

 風雅は意識を失い倒れるまでどこうとしなかった。

 そして倒れる時、あいつは笑ったんだ。

 その顔は今でも忘れられない。忘れられるはずなんてない。

 あの顔はいつもボロボロになって帰ってきた、あの兄の顔。

 そして縁の、最後の顔と全く一緒だったからだ。

 兄はどうしてあんな無惨な死に方をしたのにあんな顔をしていたんだろう。

 そして風雅も何故あそこまでボコボコにされながら、あんな風に笑ったんだろう。

 あたしはそれが知りたかった。

 だから東京連合と戦うことになった風雅たちに手を貸してもいいと思った。

 こんな言い方をするなら、仲間の為に命をかけて戦おうとする風雅を助けてやりたかった。

 あたしはそんな姿に兄の影を思ったのかもしれない。

 ずっと敵だった如月、緋薙、哉原と一緒に戦うことになったことも別に悪い気はしなかった。

 如月なんて今じゃ頼んでもねぇのにちょくちょく連絡してきやがる。

 あのいがみ合ってた日々はどこへ行っちまったんだか…



 越えたいだって?

 そんなこと思ってもなければあたしは逃げてるつもりだってない。

 …だけど…もし越えたら分かるのか?

 兄が、あんな顔をしていた理由が…
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