第104話 共有者
文字数 2,299文字
真っ白い特攻服に気味の悪い狐の面を被ったその人物の前に1人の女が立ちはだかっていた。
髪を真ん中で分け、その分かれ目をまるで雷のようにギザギザにしているのが個性的で目立つ。アッシュ系の茶色に染まった長い髪には緩やかなパーマをかけ女らしさも見え、何より恐ろしく整った顔に気の強そうな目が魅力的だった。
おそらく今の大阪、もしくは関西最強を歌われる女。天王道姉妹の姉、天王道眩(てんのうどうまばゆ)が白狐本人の前に同じく特攻服姿で立っていた。
大阪喧嘩會の5文字の下に大きな菊紋の中にそれと同じ程の大きな文字で眩の一文字。その下には縦で極、喧嘩遊戯の5文字。
己にとって喧嘩とは遊び、戯れであり、それを極めた者だけがその楽しさを知るという彼女の信念である。
『よぉ、白狐。やっと見つけたで。お前、冬やろ』
眩の声に白狐は反応しなかった。
『なんでそないカッコして物騒なことばっかしとんねん。お前、今この辺じゃ命まで狙われとるらしいやないか。一体何考えとんねん』
白狐は何も言わないまま通りすぎていく。綺夜羅のCBRに向かい、ゆっくり歩みを進めるその人物に眩は詰め寄った。
『お前も知っとるよな。今日お前を捕まえる為に京都も兵庫も大阪に集まりよる。もう手遅れや、まず止めることはできん。そこまでしてお前は何がしたいねん』
眩が肩をつかむと白狐は振り向いた。そしてなんとその面を取ってみせた。眩の目に映ったのは予想通り彼女のよく知る人物、疎井冬に間違いなかった。
『…ほら、冬やないか。煌とあたしと一緒に動いてくれ。この辺りはもう敵だらけや、あたしらとおってくれたらお前を守ることができる』
『違うわ…』
眩は言われたことの意味が分からなかった。
『あたしは冬じゃない。アヤメよ』
『なんやと?何言うてんねん』
『疎井冬はあたしのお姉さん。あたしは妹の殺(アヤメ)なの。外見が同じでもね、中身が違うの』
眩はやはり言っていることの意味が全く理解できず言い返す言葉も出てこなかった。
『こうして話すのは久しぶりね。あたしたちは会ったことがあるの。ほら、ケンカの時とかね。冬はあなたたち2人と一緒にケンカしたりなんてとてもできなかった。だからあたしがいつも代わって冬を守ってきた。冬はいつもあなたたち2人に憧れてた。眩と煌ちゃん。彼女はあなたたちのこと、本当に大切に思ってたし、今でもそうよ』
『おい冬。あたしは真面目に心配して話しとんのやぞ。ジョーダンはやめてくれ』
『ジョーダンなんかじゃないわよ。冬が大切な友達だからって言って悲しませないように話してあげることにしたのよ?もう1度説明した方がいいのならしてあげる。冬とあたしは1つの体を共有した姉妹なの。冬が小さい頃からあたしという存在を願って生まれたのが妹のアヤメなの。そして冬を守る為にあたしが施設の園長を刺したし、今白狐として動いてるのも全部あたし。分かる?』
眩は嫌な汗が止まらなかった。少しずつ言いたいことが分かってきたからだ。
冬が自分にさえ言えない「何か」を抱えていることは知っていた。しかしそれがまさか、まさかそんなことだったとは夢にも思わず一言で言えば信じられなかった。
だがもしそれが現実だとしたら、自分はこの親友に対して何を言うべきか眩は分からなかった。
『つまり、お前が言いたいのは…二重人格やったと言うことか?』
『二重人格ねぇ…まぁ、そうやって言ったら分かりやすいのかもしれないけど、ちょっとイメージが違うの。だから最初に言った通りよ。あたしたちはこの体を共有した2人なのよ。それ以上でもそれ以下でもないわ』
眩は自分の心音が聞こえていた。何事にもびくともしない心臓の持ち主だと自分では思っていたはずなのに案外ヤワなのだなとこんな時に冷静だった。
『冬は今どうなっとる?あたしが喋って、それは冬に届かへんのか?』
『冬にもちゃんと聞こえてるわよ。彼女は今私の中であなたのことを見てる。この目を通して全て見えてるし耳からも全部聞こえてる』
眩はいよいよ訳が分からなくなってきた。ちゃんとしてないと気が変になりそうで、今更夢でも見ているのかなんて思いたくなってしまった。
『冬と喋ることはできるか?』
『残念だけど、今はあなたたちとも話したくないと言っているわ。その代わり、ごめんねと伝えてくれって…あなたを悲しませたくないのが冬の気持ちだということだけは分かってあげて』
『どうすれば冬に会える?』
『…さぁ。もうかれこれ1年外に出てないの。あたしたちが今の目的を遂げたら、また何か変わるかもしれないわね』
『1年?ということは、その冬の婚約者言う男が亡くなりはった位ゆーことか?』
『そうよ…あの日を最後に冬は外にいることをやめてしまった』
『目的てなんや。まさか復讐か?』
目の前で起きていることを上手く受け止められずにいた眩だったが、少なくとも一緒にいた頃には見たこともないような鋭い目つきの彼女を見て、いよいよこれが全て真実であることを理解し始めた。
冬と言えば虫も殺せないような女の子だ。花や動物が大好きで嘘でもあんな顔ができる子ではなかった。
『…叶泰くんを殺した者。彼と関わった女たちしかり、くだらない暴走族共並びに邪魔する者その全てを消すこと。それがあたしたち姉妹の目的よ』
『お前、死ぬつもりちゃうやろな』
『さぁね…でも、クズ共に殺されるつもりはない。もういい?急いでるの』
そう言ってアヤメはCBRに跨がりエンジンをかけた。
『おい!冬!聞こえとんのやろ!?あたしらはお前が嫌でも必ず守ってみせるからな!!』
アヤメは再び面を被ると走りだし行ってしまった。
髪を真ん中で分け、その分かれ目をまるで雷のようにギザギザにしているのが個性的で目立つ。アッシュ系の茶色に染まった長い髪には緩やかなパーマをかけ女らしさも見え、何より恐ろしく整った顔に気の強そうな目が魅力的だった。
おそらく今の大阪、もしくは関西最強を歌われる女。天王道姉妹の姉、天王道眩(てんのうどうまばゆ)が白狐本人の前に同じく特攻服姿で立っていた。
大阪喧嘩會の5文字の下に大きな菊紋の中にそれと同じ程の大きな文字で眩の一文字。その下には縦で極、喧嘩遊戯の5文字。
己にとって喧嘩とは遊び、戯れであり、それを極めた者だけがその楽しさを知るという彼女の信念である。
『よぉ、白狐。やっと見つけたで。お前、冬やろ』
眩の声に白狐は反応しなかった。
『なんでそないカッコして物騒なことばっかしとんねん。お前、今この辺じゃ命まで狙われとるらしいやないか。一体何考えとんねん』
白狐は何も言わないまま通りすぎていく。綺夜羅のCBRに向かい、ゆっくり歩みを進めるその人物に眩は詰め寄った。
『お前も知っとるよな。今日お前を捕まえる為に京都も兵庫も大阪に集まりよる。もう手遅れや、まず止めることはできん。そこまでしてお前は何がしたいねん』
眩が肩をつかむと白狐は振り向いた。そしてなんとその面を取ってみせた。眩の目に映ったのは予想通り彼女のよく知る人物、疎井冬に間違いなかった。
『…ほら、冬やないか。煌とあたしと一緒に動いてくれ。この辺りはもう敵だらけや、あたしらとおってくれたらお前を守ることができる』
『違うわ…』
眩は言われたことの意味が分からなかった。
『あたしは冬じゃない。アヤメよ』
『なんやと?何言うてんねん』
『疎井冬はあたしのお姉さん。あたしは妹の殺(アヤメ)なの。外見が同じでもね、中身が違うの』
眩はやはり言っていることの意味が全く理解できず言い返す言葉も出てこなかった。
『こうして話すのは久しぶりね。あたしたちは会ったことがあるの。ほら、ケンカの時とかね。冬はあなたたち2人と一緒にケンカしたりなんてとてもできなかった。だからあたしがいつも代わって冬を守ってきた。冬はいつもあなたたち2人に憧れてた。眩と煌ちゃん。彼女はあなたたちのこと、本当に大切に思ってたし、今でもそうよ』
『おい冬。あたしは真面目に心配して話しとんのやぞ。ジョーダンはやめてくれ』
『ジョーダンなんかじゃないわよ。冬が大切な友達だからって言って悲しませないように話してあげることにしたのよ?もう1度説明した方がいいのならしてあげる。冬とあたしは1つの体を共有した姉妹なの。冬が小さい頃からあたしという存在を願って生まれたのが妹のアヤメなの。そして冬を守る為にあたしが施設の園長を刺したし、今白狐として動いてるのも全部あたし。分かる?』
眩は嫌な汗が止まらなかった。少しずつ言いたいことが分かってきたからだ。
冬が自分にさえ言えない「何か」を抱えていることは知っていた。しかしそれがまさか、まさかそんなことだったとは夢にも思わず一言で言えば信じられなかった。
だがもしそれが現実だとしたら、自分はこの親友に対して何を言うべきか眩は分からなかった。
『つまり、お前が言いたいのは…二重人格やったと言うことか?』
『二重人格ねぇ…まぁ、そうやって言ったら分かりやすいのかもしれないけど、ちょっとイメージが違うの。だから最初に言った通りよ。あたしたちはこの体を共有した2人なのよ。それ以上でもそれ以下でもないわ』
眩は自分の心音が聞こえていた。何事にもびくともしない心臓の持ち主だと自分では思っていたはずなのに案外ヤワなのだなとこんな時に冷静だった。
『冬は今どうなっとる?あたしが喋って、それは冬に届かへんのか?』
『冬にもちゃんと聞こえてるわよ。彼女は今私の中であなたのことを見てる。この目を通して全て見えてるし耳からも全部聞こえてる』
眩はいよいよ訳が分からなくなってきた。ちゃんとしてないと気が変になりそうで、今更夢でも見ているのかなんて思いたくなってしまった。
『冬と喋ることはできるか?』
『残念だけど、今はあなたたちとも話したくないと言っているわ。その代わり、ごめんねと伝えてくれって…あなたを悲しませたくないのが冬の気持ちだということだけは分かってあげて』
『どうすれば冬に会える?』
『…さぁ。もうかれこれ1年外に出てないの。あたしたちが今の目的を遂げたら、また何か変わるかもしれないわね』
『1年?ということは、その冬の婚約者言う男が亡くなりはった位ゆーことか?』
『そうよ…あの日を最後に冬は外にいることをやめてしまった』
『目的てなんや。まさか復讐か?』
目の前で起きていることを上手く受け止められずにいた眩だったが、少なくとも一緒にいた頃には見たこともないような鋭い目つきの彼女を見て、いよいよこれが全て真実であることを理解し始めた。
冬と言えば虫も殺せないような女の子だ。花や動物が大好きで嘘でもあんな顔ができる子ではなかった。
『…叶泰くんを殺した者。彼と関わった女たちしかり、くだらない暴走族共並びに邪魔する者その全てを消すこと。それがあたしたち姉妹の目的よ』
『お前、死ぬつもりちゃうやろな』
『さぁね…でも、クズ共に殺されるつもりはない。もういい?急いでるの』
そう言ってアヤメはCBRに跨がりエンジンをかけた。
『おい!冬!聞こえとんのやろ!?あたしらはお前が嫌でも必ず守ってみせるからな!!』
アヤメは再び面を被ると走りだし行ってしまった。