第133話 約束の花火

文字数 2,146文字

 冬は寸前の所で刀を止めていた。

 そして綺麗な涙を流すと鞘に収めた。

『私はあなたのことを何があろうと許さない。許せる訳がない…』

(…叶泰くん…)

『だけど、叶泰くんはあなたのことを怒っていない。きっと私にも許してやってくれって、笑って言うと思う…』

 涙が止まらない。冬は踵を返した。

『…あなたは一生、そんな叶泰くんを殺してしまったことを、後悔しながら生きていけばいい…生きて、生きて苦しめばいい…さようなら…』

 そう言うと冬は歩いていってしまった。それを追って天王道姉妹も歩いていった。眩は無言でニコニコしながら愛羽たちに手を振っていった。

 イデアにしろ浬にしろ仲間の仇が討てた訳ではなかったが、もう彼女を追う気はないようだった。

 やがて消防車が何台も到着し消火作業が始まると、そこへ松本がやってきた。

『なんやこれ…どーなったんや?白狐は?戦争は?』

 一同警察を前にして、どう話せばいいのか分からなかったが咲薇が前に出た。

『松本さん、実は話があんねんけど。あのな、叶泰を刺したんはあたしやった』

 咲薇の予想外の言葉にみんな慌ててしまった。

『バッ!咲薇、何言ってんだよお前。オッサン今の嘘だ』

『えぇねん綺夜羅。これはあたしのケジメやねん。ちゃんと全部終わらせなあかんやろ?』

 咲薇は全てのことを松本に話してしまった。

『…なんやと?二重人格やったやと?疎井と…風矢も?』

 松本は心底驚いた顔をしていた。その後しばらく黙ったままだったが、やがて少しずつ頭の中を整理したらしく謎だった部分がそれで全てつながっていった。

 警察という立場ではそれをどう処理するか悩むも、人間としては納得していた。疎井冬とアヤメのことも説明はつく。

『それにしても疎井はともかく、まさかお前がそうやったとはな…』

 松本は実に難しい顔をしている。

『オッサン!だから咲薇はやってねーんだ。見逃してやってくれよ!』

 綺夜羅は必死に抗議した。

『残念やが、そういう訳にはいかん。人が死んどんねん』

『そんな…』

『…ただ、俺もこんなんは初めてや。どうなるんか見当もつかんし難しい話になることは間違いない。それに風矢、お前もちゃんとケジメつけたいから言うたんやろ?』

『うん…あたしだけ無傷で終わるなんてできん』

『二重人格が認められ、かつ風矢咲薇がやったんやないということが証明されれば、悪い方には多分…いかんと思うが、その辺は俺にはなんとも言えん。だが、なんとかなるように動くことは約束する』

『咲薇ちゃん、逮捕されちゃうの?』

 身近な人が逮捕される悲しみは愛羽がよく知っている。

『…それは、そうなるな』

『そんな…』

『嘘だろ?』

 みんな悔やみきれないといった顔をしていた。

『咲薇…逃げようぜ。あたしと一緒に』

 綺夜羅は言ったが咲薇は首を振らなかった。

『何言うてんねん綺夜羅。これがあたしのつけなあかんケジメなんや。あんたのおかげでそうすることができるんやないか。これを避けてあたしはこの先、生きられへんよ』

『だって…だってお前、一体どうなっちまうんだよ』

 人を死なせたとなれば殺人の罪に問われることになった場合、15年以上の懲役か無期懲役、もしくは死刑というのが法律である。

『大丈夫や。ちょっと時間かかるかもしれへんけど、必ず戻ってくるから…そしたらあたし、綺夜羅のとこでホンマに働いてもえぇか?』

 綺夜羅はこらえきれず涙が溢れ腕で目を押さえていた。

『なんや綺夜羅、泣かんでくれ。あたしが帰ってくるまで、ちゃんと笑って待っていてほしいわ』

 咲薇は綺夜羅のことを優しく抱きしめた。そして小さい子供にするようにそっと頭を撫でた。

『な、綺夜羅。約束や。あたしも絶対泣いたりせぇへん』

 しばらく綺夜羅は何も言わず泣いていたが、少しずつ呼吸を落ち着けていった。

『…待ってるよ…約束する…』

 金髪ポニーテールの少女は鼻をすすって言った。

『それと、ごめんね。明日の花火は一緒に見れへんから、いつかまた一緒に見ようね…』

『…うん…』

 きっと綺夜羅がこんなに泣いたのは、おそらく母親と別れることになったあの日以来だろう。

 綺夜羅はあの日母親にしたように咲薇のことを強く抱きしめた。

 そして小さい子供のようにずっとずっと泣いていた。悔しそうに、寂しそうに…




 その後、綺夜羅が落ち着いてから咲薇は連れていかれたが彼女は最後まで笑っていた。

『風矢、別に明日の花火位見たってえぇねんぞ?この件は俺もできる限りのことをするつもりやし、お前のことは信用しとる。出頭するのは明後日だろうと1週間後だろうと構へん。今から戻るか?』

 そもそも警察は結局何も分からなかったのだ。今から調べ直した所で証拠も出てくることはないのだろうし、全て咲薇の自供ということになる。それで二重人格とくれば検事と話しても何を言われたか分かったものではない。

 警察としてはしなければならないことだが、何も知らない咲薇を一般的な犯罪者たちと同じように逮捕しなければならないのは人として気が引けた。

 松本は気を利かせたつもりだった。

『いや…今、一緒に花火を見てしまったら、きっと別れがツラくなんのが分かんねん。だからえぇんです。もう決めたんや…』

 松本は咲薇の強さに感心していた。

 そして咲薇は逮捕された。
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