第55話 綺夜羅VS萼

文字数 2,650文字

 目に映ったのは多方向から攻撃されながらも1人につかみかかっていく綺夜羅を、後ろから木刀で殴りつける女だった。

 掠はつかんでいた相手を突き放すと走りだし真っ直ぐ木刀の女へ向かっていった。そのまま全体重を乗せた1発で木刀の女を殴り飛ばすと更に迫っていった。

『この野郎!てめぇ!くそ女!』

 掠はキレるとチーム綺夜羅で1番人が変わる。汚い言葉を連発して喋るようになるし、元から細い目が更に鋭くなり綺夜羅や数よりオラオラし始める。

 だからみんな掠をキレさせたくない。後先のことも考えないし、はっきり言って手に負えないからだ。

 スイッチが入ってしまった掠は相手から木刀をぶん取るとバッチンバッチンに叩いていく。

『こんなもんでウチのキータン(綺夜羅のこと。小さい頃にそう呼んでいた)ひっぱだきやがって。え?てめぇよぉ』

 周りの暴走侍の女たちが止めに入ろうするが掠がやたらめたらに木刀を振り回すので誰も近づけない。

『立て!このくそビッチ野郎!こんなもんでくたばってんじゃねぇよ!オラ立て!立てよ!』

 立て、と言いながら踏みつけ、蹴っ飛ばし、木刀で殴りともう完全に我を忘れていた。誰が何人で止めに入ろうと物ともせず暴走侍たちを圧倒していく。

 掠が暴れ始めると綺夜羅はその隙に咲薇の所に走り縛られた手をほどいてやった。

『よぉ、嘘つき。悩みは相談してなんぼだぜ?』

『…これはケジメや…これを避けてあたしは前に進まれへん。分かるやろ?』

 咲薇はヨロヨロと立ち上がった。来てくれて気持ちは嬉しいが咲薇はケジメを取ると決めたのだ。そこに助太刀は無用。彼女はそう思っていた。

 だが綺夜羅は咲薇の前からどかなかった。

『ケジメってなんだよ』

『チームを抜けるケジメや。これで今日このチームとは全部終わりにすんねん。それであたしは新しい1歩を踏み出すんや』

『お前のケジメってなんだ?』

 綺夜羅は咲薇の両肩をつかみしっかりと彼女の目を見た。

『お前がこのチームにいたくない気持ちは分かる。お前が暴走族をやめようと思う気持ちも分かるよ。でもよ、やめてぇ奴を殴ってでも続けさす。それでもやめてぇと言えば半殺しにしてやめさす。それにここにいるほとんどの奴らはてめぇの立場守る為だけにお前を殴ってる。これがお前の言うケジメか?こんなことしなきゃお前の新しい1歩は踏み出せねぇのか?』

 見ていた萼が気にくわなそうな顔をしている。

『おい、なんやお前。ケチつけとんのか?』

 萼は腰に木刀を腰にあて、左右の腕でそれを押さえ抱えるようにしながら綺夜羅と咲薇の方へ向かってきた。

『咲薇。お前、今日あたしになんか言おうとしたよな?ごめんな。あん時ちゃんと聞いてやれなくてよ』

『え?いや…』

 そうではない。咲薇が他のメンバーの目を気にして言えなかったのだ。

『なぁ咲薇。お前の言う新しい1歩の先には、何があるんだ?』

『それは…』

 言われて咲薇は言葉に詰まってしまった。

『お前さ、自分がつけようとしてるケジメがなんなのか、もう1回考えてみろよ。あたしが言うのもなんだけどさ、お前がちゃんとケジメつけたいんなら、きっとこんな形じゃなくていいはずだぜ?』

 綺夜羅は咲薇を座らせると立ち上がった。

『咲薇。あたしが一緒に戦ってやる。あたしがこれからも一緒に走るよ。だからもう、そんな寂しそうな顔すんな』

 綺夜羅は咲薇の前に立ち、萼に強い視線を向けた。対する萼も冷たい目で上から見下すようににらみつける。

『邪魔や、消えろ』

『あぁ。じゃあこいつ連れて帰ってもいいな?』

『ふざけろや!!』

 萼は木刀をフルスイングで振り回していくが綺夜羅は逃げず木刀を体でつかまえた。

『ふざけてんのはテメーだろうが。1人を大勢で囲んで死ぬ手前まで殴る。それのどこがケジメだ!あたしの姉妹こんなにしやがって。覚悟しろよテメー!』

 そのまま木刀をもぎ取ると投げ捨てた。

『さぁ来いよ』

『なんや、素手なら分があるつもりか?』

 2人はじっと構えてにらみ合う。先手を取りたい綺夜羅は走りだし相手に向かっていった。

 だが最初の一撃を入れたのは萼の方だった。空中回し蹴りで綺夜羅を迎え撃つと多彩な蹴り技で打撃をくらわせていく。

 綺夜羅はそれらを腕で受けながら、萼のそのチャラチャラした外見からは想像できなかった攻撃の重さを感じていた。

(ちっ、口だけ番長でもないってことか)

 相手の力を悟ると綺夜羅は集中し一切の油断を捨て改めて向かっていった。大振りではなく速いパンチを連続で打ちこんでいく。

 だがなかなか攻撃をまともに当てることができない。相手の動きも早くケンカ慣れしていることが分かる。特に身のこなし方はなかなかのものだ。綺夜羅はそんなこと知りもしないが子供の頃から萼が剣道の中で身に付けてきたものだ。

『はっ、なんやそんなもんか』

『んだと?』

 萼は利き足で鋭い蹴りを放った。

『うっ!』

 綺夜羅は脇腹にまともにくらったがなんとか踏ん張る。やはり相手は強い。苦い痛みが残っている。

『お前こそそんなもんか?』

『ははっ!えぇ度胸や。すぐに沈めたるよ』

 萼は次も同じ所を狙って蹴りを放った。綺夜羅はもうくらうのを承知で体で蹴りを受け止め足をつかむと、萼が次の瞬間パンチにくるのより1歩早く顔面に拳を叩きこみ殴り飛ばした。

 萼はのけぞるも倒れはせず、だが彼女も思った以上にいいパンチをもらいプライドに確かな傷が残ったようだ。

『やったろうやないか!』

 次は萼が怒涛のラッシュをかけにいく。

 咲薇は目の前で戦う2人を見ながらさっき綺夜羅に言われたことを考えていた。

 自分は確かに消すことのできない叶泰の面影から逃げているだけのような気がした。

 叶泰のいない今、暴走族を続ける理由もなく、だからといってやめて何が変わる訳でもない。

 でももう会えなくてツラいだけならせめて忘れたい。

 そう思っていた所にたまたま萼がお前は破門だと声をかけてきただけのことだったのだ。

 集会や集まりに顔を出さなければ文句を言われるだけ。そんなしがらみすら叶泰を忘れられないようにできている気がしていた。

 だからウンザリだったし好都合だと思ったのだ。ケジメを取って先へ進もうとしていたんではなく忘れる為に逃げようとしていた。

 そんな自分がとても卑怯に思えてしまった。

『寂しそうな顔、か…』

 そんな風にしているつもりはなかったが、そう見えたんだとしたら綺夜羅が気づいてくれたのは嬉しかった。

 だが自分のこの気持ちをどうすればいいのかは咲薇には分からなかった。
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