第121話 叶泰の出した答え
文字数 2,156文字
その日咲薇は叶泰がチームをやめにケジメをつけに行くまで確かに一緒にいた。2人は咲薇の部屋で寄り添っていた。
『叶泰、ホンマに行くんか?なぁ、あたし怖い。あんたになんかあったらどうしたらえぇの?』
裸にワイシャツを羽織っただけのはだけた姿、咲薇は叶泰にもたれかかったまま離れようとしなかった。
『何言うてんねん。ちょっとボコボコにされてくるだけや。今日行ったらそれで終わりやねん。そう思ったら一瞬のことや、心配せんでも平気や』
そうは言っても何もない保証なんてない。ケンカや試合ではないのだ。咲薇は不安で仕方なかった。
『ほなもう時間や。行くわ』
『ほんならあたしも行く』
今にも泣き出しそうな咲薇に叶泰は彼女の目を見て優しく言った。
『咲薇、全部終わったらちゃんと連絡する。その時、俺の答えを聞いてくれ』
『答え?』
『あぁそうや。だから待っててくれ』
『うん…分かった。待ってる』
咲薇は最後に叶泰を抱きしめると唇を重ねた。そして叶泰の後ろ姿を見送った。
叶泰が呼び出されたのはいつも集合場所に使っている廃工場だ。咲薇の家から単車だと数分で着いてしまう距離である。
叶泰は廃工場の手前で単車を停めると電話をかけ始めた。
『…はい、もしもし』
『あ、冬ちゃんか?俺やけど』
『…違うわ。アヤメよ』
『嘘や、冬ちゃんやないか』
叶泰は冬であろうとアヤメであろうと当然見極めることができた。
『今、ケジメつけに行くとこや。また終わったら連絡するから』
『…』
冬は黙っていた。
『冬ちゃん?』
『…叶泰くん。私は別にいいから、終わったら彼女の所に行ってあげて。心配してるでしょ?』
『…え?』
叶泰は驚いた。言っているのは間違いなく咲薇のことだろう。だが叶泰は咲薇とのことなど言っている訳もないどころか向こうから思いを告げられたことさえ知らせていなかった。
『ごめんなさい。いきなりこんなこと言って。でも風矢咲薇さんとのことは知っていたの』
何故?いつから?どうやって?叶泰はまず頭をよぎったのがそんなことで情けなくなってしまった。
(俺は…なんてことを。冬ちゃんを傷つけてしまったどころか冬ちゃんに気まで使わせてしまっとる。俺はアホや…クソ男や…)
『だから叶泰くん。私のことは気にしないでいいよ…叶泰くんと一緒にいれて幸せだった。ありがとう…』
冬はそれで電話を切ってしまった。自分が悪いと分かっていながらも叶泰はやりきれない気持ちで廃工場へ向かった。
叶泰は殴られながら冬のことを考えていた。
殴られ痛む度に冬のことを思い出した。
花を見ている時の優しい顔。
動物を可愛がっている横顔。
絵を描いている時の真剣な表情。
抱きしめた時の恥ずかしそうな仕草。
自分を見て笑ってくれたあの笑顔。
そして、あの悲しそうな目。
咲薇に後で答えを聞いてくれと言ったものの、叶泰はその時まだ全てを決められずにいた。
ずっと自分を思っていてくれた咲薇に申し訳なかったし、放っておけなかった。
冬と結婚すると決めたのに一瞬の気の迷いから結局咲薇の気持ちに応えてしまった。
だがどちらが大切なのかは自分が1番分かっている。
執拗に続くケジメという暴行の中で叶泰は気持ちを固めた。この儀式が終わったら、ちゃんと冬に謝りに行こうと決めた。
どれ位の時間が経ったのか、叶泰が力尽き倒れてしまうとケジメは終了し、叶泰の元チームメイトたちは叶泰を置いたまま去っていった。
叶泰はそれから少しして目を覚ました。かなりやられて体は言うことを聞きそうになかったが、なんとか仰向けになると携帯を取り出しすぐに冬に連絡した。
もしかしたら出てくれないかもしれないなんて思っていたのに、冬はずっと待っていたのかと思う程すぐ電話に出た。
『はい…』
『冬ちゃんか。い、今終わった』
『大丈夫なの?終わったって、どうなったの?』
『ちょっと殴られたけどな。大丈夫や、生きとるよ。それよりな冬ちゃん。ごめんな、俺が間違うてた。』
『…どうして?』
『どれもこれも俺が悪いんや。咲薇の気持ちに気付かんと俺はずっとあいつを傷つけとったらしい。正直言うたら嬉しかったし、そうと知りながら寂しそうな顔させるのも嫌やった。冬ちゃんを笑わせるなんて言うときながら今日の今日、ついさっきまで決めることができんかった。でも、殴られながらずっと冬ちゃんのこと考えとった。言い訳はせぇへん。気が済むまでどつき回してくれて構へんから、別れるようなこと言わんといてくれ。お願いします』
叶泰は仰向けに倒れたままだったが地に頭を下げる思いだった。
当然だ。結婚しようと言い出したのは自分なのに、勝手に迷い、悩み、浮気までしてしまったのだ。怒らない方がおかしい。
しかし冬はしばらく黙った後言った。
『…私は叶泰くんのこと信じてるし、私の気持ちは変わりません。叶泰くんがどうして彼女とそうなったのかも、叶泰くんだから分かるの。だけど、もし私と一緒にいてくれるなら、ちゃんと一緒にいてくれた方が嬉しいかな』
『冬ちゃん。顔洗ったら会いに行ってもえぇか?』
『私、迎えに行く』
どこにいるの?と言おうとするとそれよりも先に叶泰が何かに気づいた。
『あれ?咲薇や。あいつなんでこんなとこに…』
『え?』
『冬ちゃん。またすぐ電話するわ』
『うん…分かった』
『叶泰、ホンマに行くんか?なぁ、あたし怖い。あんたになんかあったらどうしたらえぇの?』
裸にワイシャツを羽織っただけのはだけた姿、咲薇は叶泰にもたれかかったまま離れようとしなかった。
『何言うてんねん。ちょっとボコボコにされてくるだけや。今日行ったらそれで終わりやねん。そう思ったら一瞬のことや、心配せんでも平気や』
そうは言っても何もない保証なんてない。ケンカや試合ではないのだ。咲薇は不安で仕方なかった。
『ほなもう時間や。行くわ』
『ほんならあたしも行く』
今にも泣き出しそうな咲薇に叶泰は彼女の目を見て優しく言った。
『咲薇、全部終わったらちゃんと連絡する。その時、俺の答えを聞いてくれ』
『答え?』
『あぁそうや。だから待っててくれ』
『うん…分かった。待ってる』
咲薇は最後に叶泰を抱きしめると唇を重ねた。そして叶泰の後ろ姿を見送った。
叶泰が呼び出されたのはいつも集合場所に使っている廃工場だ。咲薇の家から単車だと数分で着いてしまう距離である。
叶泰は廃工場の手前で単車を停めると電話をかけ始めた。
『…はい、もしもし』
『あ、冬ちゃんか?俺やけど』
『…違うわ。アヤメよ』
『嘘や、冬ちゃんやないか』
叶泰は冬であろうとアヤメであろうと当然見極めることができた。
『今、ケジメつけに行くとこや。また終わったら連絡するから』
『…』
冬は黙っていた。
『冬ちゃん?』
『…叶泰くん。私は別にいいから、終わったら彼女の所に行ってあげて。心配してるでしょ?』
『…え?』
叶泰は驚いた。言っているのは間違いなく咲薇のことだろう。だが叶泰は咲薇とのことなど言っている訳もないどころか向こうから思いを告げられたことさえ知らせていなかった。
『ごめんなさい。いきなりこんなこと言って。でも風矢咲薇さんとのことは知っていたの』
何故?いつから?どうやって?叶泰はまず頭をよぎったのがそんなことで情けなくなってしまった。
(俺は…なんてことを。冬ちゃんを傷つけてしまったどころか冬ちゃんに気まで使わせてしまっとる。俺はアホや…クソ男や…)
『だから叶泰くん。私のことは気にしないでいいよ…叶泰くんと一緒にいれて幸せだった。ありがとう…』
冬はそれで電話を切ってしまった。自分が悪いと分かっていながらも叶泰はやりきれない気持ちで廃工場へ向かった。
叶泰は殴られながら冬のことを考えていた。
殴られ痛む度に冬のことを思い出した。
花を見ている時の優しい顔。
動物を可愛がっている横顔。
絵を描いている時の真剣な表情。
抱きしめた時の恥ずかしそうな仕草。
自分を見て笑ってくれたあの笑顔。
そして、あの悲しそうな目。
咲薇に後で答えを聞いてくれと言ったものの、叶泰はその時まだ全てを決められずにいた。
ずっと自分を思っていてくれた咲薇に申し訳なかったし、放っておけなかった。
冬と結婚すると決めたのに一瞬の気の迷いから結局咲薇の気持ちに応えてしまった。
だがどちらが大切なのかは自分が1番分かっている。
執拗に続くケジメという暴行の中で叶泰は気持ちを固めた。この儀式が終わったら、ちゃんと冬に謝りに行こうと決めた。
どれ位の時間が経ったのか、叶泰が力尽き倒れてしまうとケジメは終了し、叶泰の元チームメイトたちは叶泰を置いたまま去っていった。
叶泰はそれから少しして目を覚ました。かなりやられて体は言うことを聞きそうになかったが、なんとか仰向けになると携帯を取り出しすぐに冬に連絡した。
もしかしたら出てくれないかもしれないなんて思っていたのに、冬はずっと待っていたのかと思う程すぐ電話に出た。
『はい…』
『冬ちゃんか。い、今終わった』
『大丈夫なの?終わったって、どうなったの?』
『ちょっと殴られたけどな。大丈夫や、生きとるよ。それよりな冬ちゃん。ごめんな、俺が間違うてた。』
『…どうして?』
『どれもこれも俺が悪いんや。咲薇の気持ちに気付かんと俺はずっとあいつを傷つけとったらしい。正直言うたら嬉しかったし、そうと知りながら寂しそうな顔させるのも嫌やった。冬ちゃんを笑わせるなんて言うときながら今日の今日、ついさっきまで決めることができんかった。でも、殴られながらずっと冬ちゃんのこと考えとった。言い訳はせぇへん。気が済むまでどつき回してくれて構へんから、別れるようなこと言わんといてくれ。お願いします』
叶泰は仰向けに倒れたままだったが地に頭を下げる思いだった。
当然だ。結婚しようと言い出したのは自分なのに、勝手に迷い、悩み、浮気までしてしまったのだ。怒らない方がおかしい。
しかし冬はしばらく黙った後言った。
『…私は叶泰くんのこと信じてるし、私の気持ちは変わりません。叶泰くんがどうして彼女とそうなったのかも、叶泰くんだから分かるの。だけど、もし私と一緒にいてくれるなら、ちゃんと一緒にいてくれた方が嬉しいかな』
『冬ちゃん。顔洗ったら会いに行ってもえぇか?』
『私、迎えに行く』
どこにいるの?と言おうとするとそれよりも先に叶泰が何かに気づいた。
『あれ?咲薇や。あいつなんでこんなとこに…』
『え?』
『冬ちゃん。またすぐ電話するわ』
『うん…分かった』