第116話 譲れぬ思い

文字数 2,012文字

 瞬対天王道煌の戦いは激しさを増す一方だった。しかし押しているのは煌だ。

 瞬はかれこれ当分ドーピングなしで戦ったことがない。だから何も使用していない状態でのケンカに体も感覚もまだ完全に対応しきれていない。

 とはいえ自分がこれ程まで圧倒的にやられるということも、少なくともドーピングを始めてから記憶にある訳もなく、その実力には驚いていた。

 瞬は結局今日ステロイドも鎮痛剤も使わなかった。悩んだ末、寝ている豹那のベッドの横にそっと置いてきていたのだ。

 ケガ人の豹那のことを思ってのことだったが、自分自身もう薬を使うのはやめようと思っていたのだ。だから自分にとってもそのきっかけにしたかった。

 ケンカや試合とあれば使わずにはいられない依存性のようになってしまっていたから、そんな物に頼らなくてもちゃんと仲間を守れる、そんな自分になりたい。素直にそう思った。

(だからあたしは負ける訳にはいかない…だよね、泪、暁さん)






 一方豹那は槐との一騎討ちにラストスパートをかけていた。

『おいクソガキ。よくもこのあたしの美しい体に好き放題やってくれたじゃないか。それに…玲璃まで…』

 豹那は怒り任せに渾身の一撃を連発していった。

『そういえばまだ遺言を聞かせてもらってなかったね。決まったんじゃなかったのかい?』

 豹那は全体重を乗せた強烈なパンチを槐の顔面に叩きこんだ。

 槐たちのドーピングの効果はあとわずかで切れるという時間に迫ってきたが対する豹那たちも体は限界に近かった。

 あろうことか豹那は瞬が置いていったステロイドと鎮痛剤の存在に気づくことができなかった。目覚めた時、周りに誰も見当たらず焦っていたせいですぐそこにあった物すら目に入らなかった。

 豹那がケガも全く完治していないその状態で今の槐を相手にまともにやり合うのはいくらなんでも無理があった。

『強がってもダメやぞ。お前の体、相当無理しとるはずや。もう限界と違うか?』

 槐は前蹴りで豹那を蹴り飛ばした。ケンカの実力は豹那が上だがパワーは圧倒的に槐だ。まともにやり合って勝ち目などない。

 だとしても豹那には引けない理由があり、その気持ちが彼女をまだかろうじて戦わせている。

 豹那はやっとの思いで立ち上がると切れた口の中の血をプッと吐き出した。

『…それがお前の遺言かい?よかった…これで心置きなくお前をぶちのめせるよ…』

 豹那にはもうそうやって口を動かすだけの体力しか残っていない。倒れる寸前だ。

『くそが。えぇで、お前を壊したる。あの金髪のようにな。今すぐ墓に送ったるわー!!』

 槐はとどめの一撃を叩きこむべく豹那の方へ走って向かった。






『じゃあ君は、なんの為に戦おうとしてるの?』

 豹那の中で引っかかっていた瞬の言葉に玲璃のことが目に浮かんだ。

 嬉しかったんだよ、お前があたしなんかを守ろうとしてくれたことが…

 そんなこと言えないけどさ…

 だって、笑っちまうだろ?このあたしが…

 言うこと1つ聞きゃしないあの生意気なガキが、豹那さんは1番強いとか…

 いつもダンス教えてくれてありがとう、なんてさ…

 このあたしが、そんなこと言われて嬉しかったんだよ。

 そうやって言ってくれて、あたしの代わりにあんなにされちまったお前の為にあたしができることは…

 お前の言う通り、あたしが1番強いってあいつらに勝って証明することだけだと思ったんだ。

 だからあたしは戦おうと思ったんだ…






 槐の拳が立ち尽くす豹那に襲いかかろうとした時、何者かが横から飛び蹴りで槐にぶつかっていった。

 突然の不意打ちに槐は倒される形となり、周りにいた麗桜たちも一瞬何が起こったのか分からなかったがすぐに誰なのかは分かった。

『くそっ!誰やお前は!』

『…あら、ごめんなさいね。でも彼女、私の友達なの。勝手に変な所へ連れていかれてしまうと困ってしまうの。あ、そうだわ。1つ提案があるのだけど、あなた1人で行ったらどうかしら?』

 如月伴が間一髪、豹那のピンチにギリギリ間に合った。

『伴さん!』

『…ちっ、余計なことしやがって』

『まぁ!あなたって本当に強がりなのね!こんなにタイミングのいいことってそうそうないものよ?一言お礼を言われてもいいと思うのだけど』

 喋っていると今度は槐が伴に向かって飛び蹴りを返した。伴はとっさにガードしたもののふっとばされたが受け身を取りながら跳ねて起きた。

『えぇ気になりよって、このアバズレが!もうえぇ!望み通りお前から墓送りや!!』

 槐はかなり頭にきているようだ。

『聞こえなかったのかしら。私はあなただけで行ったらどうかと言ったのよ』

 豹那の代わりに伴が戦うことになり、周りの4人にも改めて気合いが入ったようだ。

『さぁ、覚悟はいいかしら。私の友達と可愛い後輩たちを傷つけた罪は重いわよ』

『ほざけ!』

 おそらく時間を考えてもこれが最終ラウンドになるだろう。予想外の出来事の連発に槐たちもいよいよ焦りを感じている。
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