第99話 胸に刺さるもの

文字数 1,723文字

 愛羽は病室で眠る玲璃の側に座り朝からずっと黙っていた。

 他のみんなも同じ空間にはいるが、普段ニコニコしている愛羽が笑わず無言でいるので麗桜も蓮華も瞬までも話しかけることができず重い空気が続いた。

 当分誰も何1つ喋らずにいたが、やがて愛羽が口を開いた。

『綺夜羅ちゃんはさ…咲薇ちゃんを助けようとして斬られちゃったんだよね?』

 咲薇が申し訳なさそうにうなずく。

『仇を取ろうとした数ちゃんと単車を取り返そうとした掠ちゃんも関係ない人たちにやられたんだよね?』

 数と掠は自分の不甲斐なさに下を向いてしまった。

『豹那さんに…玲ちゃんまで』

 愛羽は悲しそうな顔で、でも確かな怒りをどうしようもなくこらえていた。

『どうしてさ、助けようとか取り返そうって思ってる方がこんな目に合わされなきゃいけないの?』

 誰もそんなこと答えられる訳はなかった。悔しいのはみんな同じなのだ。

『…ごめんね。こんなこと言ったってダメだよね。分かってる。イデアさんと戦わなきゃいけないって思ったら、ちょっと考えるのが嫌になっちゃって…行くしか、ないんだよね』

 玲璃の向かい側のベッドで横になっていた豹那がゆっくりと上体を起こした。

『愛羽…』

 その声にまだいつものような強さや威厳はなかった。

『今回はこっちと相手だけの話じゃないんだよ。色んな奴が傷つけられてどいつも引けない戦いをしてるのさ。挙げ句にはそれを笑いながら影で動かそうとしてる奴だっている。戦おうと思えないんだったら行くべきじゃない。やめときな、あたしが行く』

『まだ言ってるの?君こそそんな体じゃ無理だよ。行ったって何もできやしないでしょ?』

『だからなんだよ!!』

 当然瞬は止めた。一目見ただけで分かる。行けるはずがない。だが豹那は言い返す。

『おい雪ノ瀬。お前が使ってた薬、あれ薬局にでも売ってるのか?ずいぶん流行ってるみたいじゃないか』

『…どーゆーこと?』

『あのガキら5人共、お前と同じような薬使ってる感じだった。殴っても手応えがなくなったんだ。攻撃も急に重くなった。まるであの時のお前みたいにね』

 それを聞いて愛羽たちに樹、琉花に千歌は驚きを隠せなかった。だが1番驚いたのは使用者の瞬だ。

『まさか…それ本当なの?』

『そうでもなきゃあたしがあんなガキ共に負けると思うか!?わざわざバカみてーに5人してそんなもん使ってからあたしのことを探しに来たんだ。だから玲璃には逃げるように言ったんだよ。そしたらこのバカ、さっさと逃げりゃいいものをあたしの前に立って言ったんだ。「あたしの先生に手は出させない」なんて、弱いくせに…かっこつけやがって…』

『おい、なんだよその言い方』

 言葉の悪い豹那に麗桜が思わず向かっていこうとすると樹がその腕をつかみ止めた。

 豹那は体を微かに震わせている。

『バカ野郎…お前たちなんて大っ嫌いさ。バカばっかで、友達ごっこばっかしやがって…あたしは悪修羅嬢の総長なんだ。仲間なんていらないんだよ!!』

『じゃあ君はなんの為に戦おうとしてるの?』

 そう言った瞬を豹那はにらみつけた。

『知るか!そんなことどうだっていいから、お前の持ってる痛みを感じなくさせる薬をよこせ!せめてそれさえあればあたしは戦える』

 さすがに瞬は困った顔をした。鎮痛剤を使わなくても豹那はおそらく戦うだろう。だとしたら託しておいた方がいいのだろうか。しかし今のケガの具合からしても、その後が怖かった。

 薬を使っても痛みがマヒして感じなくなるだけで受けたダメージはちゃんと蓄積される。すでに大きく負傷している豹那が無事で終われる保証はない。しかも相手がステロイドと鎮痛剤を使っているのなら尚更だ。

 豹那は珍しく真っ直ぐな目で瞬のことを見ていた。

『気持ちは分かったから、ちょっと考えさせて。とにかく今は安静にしてて』

 豹那の気持ちは言ってみれば瞬が1番分かる。

 親友の泪を昏睡状態にされ、何者にも負けない圧倒的な力を薬を使ってでも手に入れたいと思っていたのは彼女自身だったからだ。

 だから豹那の自分を見る目がまるでその頃の自分の目と同じように見えていた。それは何よりも胸に痛みを残すものだった。

 瞬は言い終わるとすぐ部屋を出ていってしまった。
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