第124話 声

文字数 1,390文字

 疎井冬の話を聞く中で、咲薇の頭の中ではあるはずのない記憶がぼんやりと少しずつ甦っていた。1つ、また1つと思い出され、叶泰に今の彼女と結婚すると言われた瞬間までのことが全てつながっていった。

『あの日あたしは…叶泰の帰りを待ってて…それで、何分待っても連絡が来なくて…心配で不安になって…その場所まで行った…まだ殴られてんのやったら何があっても助けよう思って…家から…包丁を持ってった…なんやこれ…あたしは寝たんと違ったのか?なんでこんなこと頭に浮かんでくんねん…』

 咲薇は頭を抱えて震えていた。

(あれは夢やなかったんか?あたしの記憶なんか?嘘や…うそやうそやうそや!)

『どう?風矢咲薇。まだシラをきるの?ちゃんと覚えているんでしょ?』

『まさか…嘘やろ咲薇…』

『お前が…叶泰を?』

 萼も浬も信じられないという顔で咲薇を見た。

『ちょっと待ってよ!!』

 燃は咲薇の前に立って彼女をかばった。

『咲薇ちゃんは嘘ついてない。本当に咲薇ちゃんは何もしてないんだと思うの』

『あなたがなんと言おうと、今風矢咲薇は自分でその場所に行ったことを認めたじゃない。それが何よりの証拠でしょ?』

『それは、そうなんだけど、咲薇ちゃんが嘘を言ってないことだけは分かるの!』

『燃…』

 燃は言ってくれたが咲薇にはもう自信がなかった。そんな様子を見て綺夜羅も間に入る。

『あたしもお前が違うと言うなら信じるぜ、咲薇』

『綺夜羅…』

 そんな2人とは対照的に浬は言った。

『悪いけど、あたしはそこだけははっきりしてほしいわ。何故叶泰が死ななあかんかったのか、ちゃんと聞かせてほしいからな』

『風矢咲薇。いい加減白状したらどうなの?』

『だから、分かんねぇ奴だな!咲薇はやってねぇんだよ!』

『そうだよ!分かってもらえないかもしれないけど、あたしには…』

 冬に言い返す綺夜羅に続いて燃が自分には嘘が分かるのだと言おうとすると、後ろから咲薇が言った。

『…ごめんな、2人共。多分あたしがやったんや』

『何言ってんだよ!』

『嘘言わないで!自分に嘘ついたらダメって言ったでしょ?』

 2人は弱気になる咲薇をフォローしたが咲薇は目に涙を浮かべていた。

『でもな…嘘みたいやけど、あの日ここに来たのも覚えてんねん…ずっと夢やと思ってたけど、叶泰と喋ったことも覚えてんねん…なんか、叶泰を刺してしまった記憶もあたしの中にあるような気がしてきてるんや…だからね、多分そうなんや。あたしが叶泰を…殺して…しまったんや…』

 咲薇は泣きながらひざを着き肩を落とした。
 その時だった。

「違うよ」

『…え?』

「違う。鏡叶泰を殺したのは咲薇じゃない」

『なんや?』

 その声はどこからか放送で流れているようで自分のすぐ背後からささやかれているような、でも確かに誰かの声だった。

『誰や?』

 咲薇は周りをキョロキョロしたが、ここにいたメンバー以外は誰もいない。だが声はその誰のものでもなかった。

「ここだよ咲薇。もうこうなってしまった以上はしょうがない。私が代わろう…」

 そう聞こえたかと思うと目の前が暗くなっていった。

 気がつくと真っ暗な闇の中に立っているのが分かった。だが次の瞬間には煙が晴れていくように周りの物が見え始めた。

 だが何かおかしかった。自分はさっきと同じ所に立っているのではなく、そこに立っている何かの中にいるような、とても気持ち悪い感覚だった。

『なんや…ここ…』
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