第66話 二階堂燃

文字数 3,342文字

 二階堂燃はチーム綺夜羅の中で1番普通の女の子で決してヤンキーではない。

 どちらかと言えばそういう活動に消極的だし、綺夜羅や数のようにオラオラしていない。むしろ誰に対しても優しくできる子だ。

 そんな彼女が何故このメンバーの中にいるのかと言うとそれにはこんな話があった。




 燃には少し不思議な特技がある。それは人の嘘を見破れるということだ。と言っても超能力などではない。

 燃は小さい頃からババ抜きが好きで得意だった。まだ小さいながら誰に言われるでもなく相手からカードを取る時、必ず表情や目の動き、体の反応までを見た。それを相手に探られないようにやる天才で、更にはたとえ目からの情報で分からなくても声を聞けば1発で嘘が分かるのだ。燃にだけ分かる声色というのがあるらしく、その力は百発百中だった。

 ただそのせいで本当は知りたくもないことまで分かるようになってしまっていた。

 小学校の頃、クラスで盗難事件があった。ある生徒のお金が盗まれていたのだ。

 担任の先生がみんなに下を向かせ正直に手を挙げさせようとしたが犯人は出てこなかった。

 だが燃は後日気づいてしまった。あろうことかその盗まれてしまった女の子といつも一緒にいる子が明らかな嘘の声色で喋っていた。

『誰が取ったんだろうね』とか

『絶対許せない』だとか

『あたしじゃないからね』

 と言ってはいるが燃には真実が見えてしまった。

 毎日一緒にいる友達から盗んでおいて平気で嘘をつく女の子を見ている内にだんだん許せなくなり、なんとかそれを教えてあげられる方法はないだろうかと考えた。だが良い案は浮かばず先生を頼ることにした。

 あの子が嘘をついていますと言うのは簡単だったがそれを信じてもらうのは実に難しいことだった。

 どうしてそう思うのか、何か見たんじゃないのかとその証明を求められても燃には何もできないからだ。

 困った担任の先生はとりあえずそれを本人に直接問い詰めてみたのだがその子はもちろん白状せず、逆に燃がそれを言ったということをネタにして「そんなこと言うなんて燃が犯人なんだ」とみんなを言いくるめたのである。

 その日から燃は嘘つきのドロボー扱いを受けることになってしまったのだ。

『なんでそうやって嘘ばっかつくの?本当のこと言ってちゃんと謝ってあげなよ!』

 燃も我慢できず本人に直接言ったが、その声は虚しく響き周りから「お前が犯人のくせに」と冷たい視線が向けられるだけだった。

 それから燃はクラスでのけ者にされ友達も離れていった。自分は正しいことを人の為にしたはずだったのに、嘘つきのドロボー呼ばわりまでされ学校にいるのが苦痛だった。居場所のない学校になど行きたくなかったが親が心配するのが嫌だったので燃は最後まで我慢して通った。

 その後中学に入学しても同級生の半分位は同じ小学校の出身なので燃の話はすぐ学年に広まり、すでに燃は中学の3年間も諦めていた。

 それはこれから始まる中学校生活を前にあまりにも悲惨な現実である。

 綺夜羅と出会ったのはその頃のことだった。

 燃が学校の屋上で1人ボーッと座っていると人がやってきた。学年で1番、いや学校で1番目立っている女の子。

 金髪のポニーテールで青いリボンの…

 いつも相方の犬みたいな女の子連れて、なんだかヤケに騒がしい子。

『あれ?お前確か、二階堂ネン!』

 彼女はわざとらしく偶然かのように指を差して言った。燃はついプッと笑ってしまった。

『モエだよ』

『え?マジか、嘘だろ?あたしはてっきりネンだと思って珍しくていい名前だと思ったのになぁ…』

 そのセンスは分からなかった。

『お前、こんなとこで何やってんだよ』

『別に…』

 教室にいるのが嫌だからとは言えなかった。

『お前さぁ、なんでいつも1人なんだ?』

 名前は間違える割りに意外と自分のことを見ているらしいことに驚いた。

『さぁね、嫌われてるからじゃない?』

『ははーん。友達作るの下手なんだな?よっし分かった。じゃああたしと友達になろうぜ』

『友達?』

 その女はそう言ってくれたが正直燃は喜べなかった。

 自分が嘘つき扱いされるようになってから、それまで仲の良かった友達が

『あたしは信じてるから』と燃に言った。燃の耳にはそれが嘘だというのがはっきりと聞こえてしまったのである。

『今日は勉強するから遊べないんだ。ごめんね』と言われたのも嘘だった。

『燃は犯人じゃないよ』と嘘を言われたこともあった。

(もうやめて…お願い…)

 見たくないものばかり見るようになり燃は自然と自分から人と関わらなくなっていった。そうすれば人の嘘を見て悲しまなくて済む。

『あたしは月下綺夜羅だ。よろしくな』

 目の前の金髪ポニーテールは嘘を言っていなかった。真っ直ぐな声が燃の心の中に響いてきて、その気持ちは嬉しかったがそれだけに怖かった。

 こんな風に言ってくれるこの子も自分の友達なんかになったら、ドロボーの仲間だのなんだのと言われてしまうかもしれないし、自分と一緒にいるといじめられると分かった時、最終的に裏切られて終わりだ。燃はそう思った。

 それが分かっててわざわざ友達になることはない。

『あたしがなんて言われてるか知らないの?嘘つきのドロボーだよ?あたしと友達なんてやめた方がいいよ』

 燃は握手を求めて待っていた綺夜羅にそう言って目に涙を浮かべた。

『なんだ、そういうことかよ』

 それを聞いて少し拍子抜けしたように言うと綺夜羅は勝手に燃の手を取り無理矢理握手を交わした。

『そんなつまんねーこと気にしなくていいからさ、後でサッカーやろうぜ』

『…つまんないこと?』

 燃は思わず言い返した。

『あたしそうやって言われて小学校の時もずっと我慢してたんだよ?友達にも裏切られてあたし嘘なんて言ってないのにみんなであたしのこと嘘つきにして、だから友…』

『あー!わぁった!わーったよ!』

 綺夜羅は言葉の途中で、もうそれ以上言うなとやかましそうな顔をして燃が喋るのを止めた。

『そんなこと気にしてもさ、つまんなくねーか?知ってるか?つまんねーこと気にするからつまんなくなるんだよ』

 そうやって力強く語られると燃もそうなのかもしれないと思ってしまいそうだったが、裏切られたことや人にされたことは心に残る。心の奥底では許せない気持ちだってある。それを気にするなと言われても実際は無理に近い。

『いいか?あたしが絶対に裏切らない友達になってやるから、もう泣くな』

 綺夜羅はなんでもないことのように言ってみせたが燃はやはり怖かった。

 だがその言葉はそれ以上に嬉しかった。

 その日から燃の所に何かと綺夜羅が来ることが増え、燃も少しずつ心を開き、ちょっとずつ話をするようになっていった。

 ある日教室にいた時、男子がおもしろがって

『ドロボー仲間だ』

 と離れた所から2人を見て笑っていて、それに気づいた燃はすごく悲しそうな顔で下を向いた。すると綺夜羅は何も言わずに歩いていってしまった。

 あぁ、やっぱり離れていく。あの子もやっぱり同じだった。でもしょうがない。こうなるのは分かっていたことだと燃は思った。

 だが綺夜羅はスタスタと男子の方へ歩いていくと言葉も挟まず、まずその男子の1人を殴り倒した。問答無用で燃のことを見て笑った男子全員を殴り飛ばし、そして言った。

『てめーら次つまんねーこと言いやがったらアゴ外して2度と喋れねーよーにしてやるからな。分かったか?』

 そう言うと踵を返して燃の所に戻ってきた。そして燃の目の前まで来るとニカッと笑ってみせたのだった。

 綺夜羅は狼煙を上げた。みんなが見ている前で警告したのだ。

 それ以来燃に何かしたり影で悪口を言う者はいなくなっていった。

 自分は嘘つきでもドロボーでもないと誤解を解くことはできなかったが別にもうよかった。

 絶対に裏切らない友達ができたからだ。

 綺夜羅は嘘つかない。そして自分自身にも嘘をつかない人だと思った。だから一緒にいると信じたくなってしまうし信じさせてくれる、そんな人だ。

 だから燃は綺夜羅が好きになった。

『燃。お前が友達思いの頑張り屋さんなのはよく分かったからよ、お前もう自分に嘘ついて生きるなよ』

 自分に嘘をつくなというのは、綺夜羅にもらった大切な言葉だった。
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