第65話 咲薇の嘘

文字数 1,505文字

 松本が帰ってから咲薇は病院の敷地の外で1人タバコを吸っていた。疲れからなのか責任感からなのかその目は虚ろだった。彼女にはそう見えていた。

『咲薇ちゃんさぁ』

 座りこみ、もうだいぶ明るくなってきた空に向かって煙を吹き出していく咲薇の前に燃が立っていた。彼女もタバコを吸いにきたのだと思ったら燃は目の前まで来て咲薇を見つめた。

『さっきなんで嘘ついたの?』

『嘘?なんのことや?』

『ほら、さっきあの刑事さんに叶泰って人との関係聞かれてた時だよ』

『…どーゆーことや?』

 咲薇はその言葉に驚きを隠せなかった。

『あたし嘘見つけるのが得意なんだよ。咲薇ちゃんはさっき絶対に嘘を言った。あれはなんでだったの?』

 ほんの数秒燃と見つめ合った後、咲薇は少し寂しそうに笑った。

『嘘やないよ』

 だが燃にはそんな言葉も本心の声には聞こえなかった。

『叶泰が結婚決めた時な、あたし自分の気持ちを言うてしまったんや』

『じゃ、やっぱり咲薇ちゃんは』

『…ずっと好きやったんよ。小さい時からずっとや…』

 咲薇は悲しげな目で遠くを見つめている。

『いけないことやったんや。それは分かっとる。だけどもうホンマに自分の手の届かない所へ行ってしまうんやと思たら、それまでずーっとあいつに彼女ができる度に応援したり、何かあった時は話聞いたり、そんなんしてたこと後悔してしまってね。もう隠しきれへんかったよ』

『それでどーなったの?』

『話があるって別の日に呼ばれて、結婚やめるか悩んでるって言うてたから、なんやケンカでもしたんかって聞いたら、いきなりぎゅってされてしまって…信じられへんかったよ。でもめっちゃ嬉しかった。何回も抱かれて、ホンマに幸せやった。幸せやったけど、叶泰は結局最後までどうするのか決めへんかった。あいつがケジメつけてくる言うて出てったあの日も、その直前まであたしらは一緒におった。これからそんなことになってまうなんてなんにも知らんで、きっと自分を選んでくれるなんて思っとった。叶泰は終わったら連絡するから、その時自分の答えを聞いてくれ言うて行ったんや。でも、もうそれで帰ってこぉへんかった。結局答えも聞けへんかったし、あたしは叶泰に悪いことしてしまっただけや。彼女でも婚約者でもないのに、ちょっかい出してしまった最低な女や。だからあたしは叶泰のなんでもないねん。何にもなれへんかった女やねん』

 そこまで聞いて燃はやっと咲薇の本音が見えた。

『咲薇ちゃん。嘘ついちゃダメだよ。何にもなれなかったなんて違うでしょ?彼が最後に愛してくれたのは咲薇ちゃんだったんじゃん。だったらそんな風に言ったらダメだよ。答えは聞けなかったかもしれないけど咲薇ちゃんはそれでも信じてるんだよね?それならさ、ちゃんと自信持って言ってもいいんじゃないかな?せめて、あたしたち位にはさ』

 今まで咲薇は叶泰への思いを誰かに相談したことなんてない。だから燃がそうやって自分と叶泰の話を聞いてくれたり関係を認めてくれたりするのはまだ知らない感覚で意外な反応だった。

 高校2年生という年頃の女の子なら、誰かと恋の話をし合って共感するということはある意味毎日のようになくてはならない習慣なのかもしれない。彼を思うあまり自分の気持ちを隠してきた咲薇には絶対的にそれが足りないのだ。

 咲薇は気持ちが何故か少し楽になった気がしていた。友達がこうやって側にいてくれるというのはこんなに心強く温かいことなのだと感じさせられている。

 本当はずっと誰かにもっと相談したり恋の話で盛り上がったりしたかったのかもしれない。

 一瞬目を赤くし潤ませたが咲薇は恥ずかしそうに笑った。

『そっか…ありがとう。燃…』
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