第120話 語り始めた真実

文字数 1,793文字

『何故…叶泰くんを殺した』

 狐の面の下から憎しみのこもった声が聞こえ、その言葉を聞いて誰もが耳を疑った。

『なんやと?何を言うてんねん』

 咲薇は意味が分からず言い返した。

『…そうだよ。なんで咲薇ちゃんがその人を殺さなきゃいけないの?』

 燃も思わず反論した。

『聞いてるのはあたしよ。風矢咲薇、あなたが叶泰くんを刺したのは分かってる。何故…なんで叶泰くんを殺したの?』

 思いもよらない言葉に萼も浬も白狐の周りに集まってきた。

『咲薇が…叶泰を?』

 浬は信じられないという顔をした。

『お前でたらめ言うなや!こいつ、虫も殺せへんような奴やねんぞ。それに、こいつが叶泰を殺せる訳ないやろ!!』

 萼は勢いよく怒鳴りつけた。

 愛羽は人質にされながら話を聞いていたが、愛羽に1つだけ分かったことがあった。

(この人、震えてる…)

 愛羽のことをつかまえていたその手も体も小刻みに震えていて、彼女の声もどこか怯えたような悲しむような、そんな色を思わせた。

(どうして?この人、一体…)

 愛羽はゆっくり振り向くとなだめるように言った。

『ちゃんと話してくれる?』

 言うと愛羽は勝手に白狐の面を外させてしまった。みんな初対面だったが疎井アヤメの素顔がさらされた。

『お前は誰や。叶泰の、婚約者か?』

 いきり立つ萼にアヤメが今度は冷静に言葉を返す。

『あたしは疎井アヤメ。疎井冬はあたしの姉であり、この体のもう1人の人格者。あなたの言う通り冬は叶泰くんと婚約していたわ』

 聞いていた全員がその言葉を理解できなかった。

『…お前が白狐で疎井冬なんやな?』

 浬は鋭い口調で言った。

『聞いてた?あたしは疎井アヤメ。疎井冬はあたしの姉妹なの。叶泰くんと婚約していたのは冬、白狐はこのあたし。冬は白狐なんかじゃないの。分かる?』

 アヤメはイライラした様子で言い返した。みんなも理解しきれた訳ではなかったが少しずつ言いたいことは分かってきた。だが誰もが驚きを隠せず、今にも噛みつかんとしていた萼と浬も言葉が出てこなかった。

『二重人格…ということが言いたいのかい?』

 声にしたのは風雅だった。

『あなたたちに分かりやすく言うならそういうことよ。ただあたしと冬はこの体を共有した姉妹なの。二重人格ではないわ』

『訳の分からん言い訳してんなや!言い逃れはさせへんぞ!』

 浬はもう我慢ならず靴をすり減らしながら詰め寄っていく。

 だが先に動いたのは浬でもアヤメでもなかった。

『…冬、ダメよ!何されるか分からないのよ!?』

 アヤメは突然叫ぶと持っていたナイフと愛羽を放し数秒無言になった。

 そして急にまるで別人のような口調で話し始めた。

『…みなさん、はじめまして。姉の疎井冬です。こうする他分かってもらえないのだろうと思い、アヤメと代わり挨拶をさせて頂きました』

 演技か、それとも夢なのか。喋り方が変わっただけではなく、顔つきや声までが本当に変わってしまっていた。先程まではどちらかと言えば復讐に燃える目をしていたが、今は悲しみに満ち溢れたような暗い目をしている。

 信じられるかと言われれば信じられる訳などないが、ありえないとは思いながらも信じざるを得ない不気味な気持ちにさせられ、その場にいた全員に冷や汗をかかせた。

『…なぁ燃、こいつ嘘言ってんだよな?』

『いや…嘘は言ってないはず。さっきからずっと、そんな声は聞いてないよ…』

 綺夜羅は思わず燃に言葉を求めてしまったが答えはNOだった。動揺を隠せないのは声で嘘が見抜けてしまう燃のはずで彼女はずっと震えている。

『風矢咲薇。あなたが叶泰くんと関係があったことや最後に一緒にいたことは知っていました。私はそれならそれで仕方ないと思っていました。彼があなたを選ぶのならそれでいいと思っていたし、私のような女と一緒になってくれるというのは嬉しかったけど、申し訳ない気もしていたからです。だったら暴走族をやめる必要もなかった。だけど彼はケジメをつけに行ってしまいました。あなたはあの日、その後この場に来たのでしょう?それは分かってるんです』

 冬は静かに、でもはっきりと言った。

 咲薇は突如現れた叶泰の婚約者に確かに引け目を感じうろたえていた。しかし彼女の言ったことは全くなんのことなのか分からなかった。

 なんの話をしているのか、どういう意味なのか理解できず悪い夢を見ているようだった。

『あたしが、あの日…ここに?』
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