第123話 真相
文字数 2,539文字
あれから何分が経っただろうか。咲薇は一睡もせず電話が鳴るのを待った。時計ばかりを気にしてとても眠ることなどできず、もう終わってるんじゃないかと時間を見る度に思ったが一向に連絡は来なかった。
(どうなっとるの?どんだけ時間かけるつもりやねん。いくらなんでもあかんやろ。こんな長い時間暴行を受け続けたら、運が悪ければ死んでまうやろ…)
咲薇は嫌な予感がした。
『そんな…まさか…』
考えれば考えるほど悪い想像をしてしまい気付くと咲薇は走りだしていた。一応何かあった時の為に包丁を持って、叶泰を助けたい一心で廃工場へと向かっていた。
工場への近道は知っていた。咲薇は人目のない裏道を息を切らしながら走っていた。
(そんなんあってたまるか…やっと…やっと叶泰と結ばれるのに!)
咲薇の中では叶泰が自分を選んでくれると確信してしまっていた。
叶泰の胸の内など知りもせず、死にもの狂いで走り廃工場へ着くと灯りもついていないその中へ入っていく。だが奥へ進んでも話し声も雑音も聞こえなかった。
(どういうことや?誰もおれへん。叶泰はどこや?帰ったんか?)
辺りを見回しながら歩いていくと微かに人の声が聞こえた気がした。奥に目をやると先の方で人が倒れている。
『叶泰?…叶泰!』
咲薇は叶泰に駆け寄った。
『叶泰、大丈夫か?ひどい傷やないか』
『大丈夫や。心配すな言うたやろ。なんやねんな、そんな顔して物騒なもん持って』
『だって、何分待っても連絡けぇへんのやもん。まだやられてんのか思ったら、あたしが助けなあかんのやないかと思って。それどころかもっとマズイことになっとったらとか色々考えたんや』
咲薇は目に涙を浮かべながら言った。
『あんたにもしものことがあったらあたしはどないしたらえぇの?心配するに決まっとるやんか』
『…すまんな』
叶泰はその気持ちに胸が痛くなり謝ってしまった。
『なぁ、もう帰ろ?ケガの手当てもせなあかん』
その時叶泰は気付いてしまった。咲薇は叶泰が自分を選ぶと思っている。
しかし叶泰はもう決めたのだ。冬を守り、笑わせて生きていくのだと。
これは自分が犯してしまった過ち。ここでケジメをつけなければいけない。彼はそう思った。
『咲薇、聞いてくれるか?』
叶泰は決心した。
『うん。何?』
咲薇は何も知らずに真っ直ぐな目を叶泰に向けた。
『あのな…やっぱり俺は今の彼女をもう裏切れん。だから、お前とはこれ以上付き合えへん。俺のことは忘れてほしい』
『え?』
咲薇は何を言われたのかが分からなかった。
『…どういうこと?』
叶泰は心が痛かったが伝えるしかなかった。
『ホンマにすまん。お前の気持ちが嬉しくてちゃんと考えることができんかった。その結果彼女を悲しませてお前にも嫌な思いさせて、なんと言うて謝ったらえぇのか分からん。ホンマに悩んだ。ホンマに結婚もやめるか悩んだけど、やっぱり俺は今の彼女と結婚する』
叶泰が言い終えるのを待たず咲薇は泣き出していた。ただその顔に感情はなく、死んだ魚のような目をしていた。やがてガクッと肩を落とすと顔を下に向けうなだれた。
『咲薇…』
叶泰が声をかけても反応はなく、そのまま数秒の沈黙があった後彼女はゆっくりと口を開いた。
『…何故咲薇を抱いた』
突然それまでと変わってどこか刺々しい口調で咲薇は言った。
『…え?』
思わず叶泰は聞き返してしまった。
(なんや?)
『その気もないのに何故咲薇に手を出したのか聞いてるんだよ』
続けてそう言われたがやはり何かがおかしかった。何故か他人のことのようで、まず関西弁じゃない。そして声もさっきまでの咲薇からは想像もつかない程低く、何かに取り憑かれてしまったようだった。
『何故その気もないのに本気にさせるようなこと言ったりしたんだよ。答えろ』
ふと目が合った時叶泰は思った。まるで人が変わってしまったようだと。
とても鋭い目をして叶泰のことをにらんでいた。そんな咲薇は今まで見たことないなんてレベルではない。全くの別人に思えた。
『答えろよ。口がないのか?』
『いや、ホンマにすまん。ただ、その気もないのに言ったりやったりしたことと違うねん。本気で悩んで考えた結果や』
叶泰は誠心誠意伝えた。
『もういい。咲薇がかわいそうだ。死ねよ』
そう言って咲薇は持っていた包丁を叶泰の体に刺した。叶泰は激しく痙攣し呼吸を乱している。
『じゃあな。鏡叶泰』
咲薇は立ち上がるとそのまま歩いていった。
(あ…これは、あかんな…意識が…なんてことや…ダメや、こんなとこで死ねん…冬ちゃんが待っとる…帰るんや…)
叶泰は力を振り絞り携帯を持つと再び冬に電話をかけ始めた。
『もしもし?叶泰くん?』
『冬ちゃんか…待たせてごめんな…今から言うことを…よぉ聞いといて…ほしいねんけど…』
『どうしたの?彼女はどうなったの?』
『もう平気や…全部終わらせた…冬ちゃん、あのな…君は、素敵な人や…一緒におれて幸せやったのは…俺の方や…』
『…叶泰くん?』
『君に出会えて…ホンマによかった…ありがとな…冬ちゃん…大好きやで…』
叶泰はそこで力尽きてしまった。
『ねぇ…叶泰くん?ねぇ叶泰くん返事して!何があったの!?ねぇ叶泰くん!!』
冬はその後叶泰を探し回った。だが冬は叶泰がどこでケジメを取られたのかも聞いておらず、あてもなく探したものの見つからないまま夜が明けてしまい、連絡が来るのを待つしかなかった。
やがて夕方警察から電話がきて叶泰のことを聞かれ婚約者だと伝えると、叶泰と思われる人物が遺体で見つかったので確認しに来てほしいのと話を聞かせてもらいたいということだった。
冬は全力で走った。訳も分からず泣きながら、履いていた靴も脱いで。
そして署で通された部屋で冷たくなり動かなくなった叶泰と対面したのだ。
冬は彼の前で泣き崩れた。
『どうして?』
自分が初めて愛した人はあまりにも呆気なく殺されてしまった。
『…どうして?』
これからずっと一緒に生きていこうと2人で決めたのに。
『嫌だよ…』
何十分も泣き続けて彼の名を呼び続け、やがて涙も枯れると名前も告げず聴取にも応じないまま姿を消した。
冬とアヤメが最後に入れ替わったのはこの時だった。
これがあの日起きたことの全てだった。
(どうなっとるの?どんだけ時間かけるつもりやねん。いくらなんでもあかんやろ。こんな長い時間暴行を受け続けたら、運が悪ければ死んでまうやろ…)
咲薇は嫌な予感がした。
『そんな…まさか…』
考えれば考えるほど悪い想像をしてしまい気付くと咲薇は走りだしていた。一応何かあった時の為に包丁を持って、叶泰を助けたい一心で廃工場へと向かっていた。
工場への近道は知っていた。咲薇は人目のない裏道を息を切らしながら走っていた。
(そんなんあってたまるか…やっと…やっと叶泰と結ばれるのに!)
咲薇の中では叶泰が自分を選んでくれると確信してしまっていた。
叶泰の胸の内など知りもせず、死にもの狂いで走り廃工場へ着くと灯りもついていないその中へ入っていく。だが奥へ進んでも話し声も雑音も聞こえなかった。
(どういうことや?誰もおれへん。叶泰はどこや?帰ったんか?)
辺りを見回しながら歩いていくと微かに人の声が聞こえた気がした。奥に目をやると先の方で人が倒れている。
『叶泰?…叶泰!』
咲薇は叶泰に駆け寄った。
『叶泰、大丈夫か?ひどい傷やないか』
『大丈夫や。心配すな言うたやろ。なんやねんな、そんな顔して物騒なもん持って』
『だって、何分待っても連絡けぇへんのやもん。まだやられてんのか思ったら、あたしが助けなあかんのやないかと思って。それどころかもっとマズイことになっとったらとか色々考えたんや』
咲薇は目に涙を浮かべながら言った。
『あんたにもしものことがあったらあたしはどないしたらえぇの?心配するに決まっとるやんか』
『…すまんな』
叶泰はその気持ちに胸が痛くなり謝ってしまった。
『なぁ、もう帰ろ?ケガの手当てもせなあかん』
その時叶泰は気付いてしまった。咲薇は叶泰が自分を選ぶと思っている。
しかし叶泰はもう決めたのだ。冬を守り、笑わせて生きていくのだと。
これは自分が犯してしまった過ち。ここでケジメをつけなければいけない。彼はそう思った。
『咲薇、聞いてくれるか?』
叶泰は決心した。
『うん。何?』
咲薇は何も知らずに真っ直ぐな目を叶泰に向けた。
『あのな…やっぱり俺は今の彼女をもう裏切れん。だから、お前とはこれ以上付き合えへん。俺のことは忘れてほしい』
『え?』
咲薇は何を言われたのかが分からなかった。
『…どういうこと?』
叶泰は心が痛かったが伝えるしかなかった。
『ホンマにすまん。お前の気持ちが嬉しくてちゃんと考えることができんかった。その結果彼女を悲しませてお前にも嫌な思いさせて、なんと言うて謝ったらえぇのか分からん。ホンマに悩んだ。ホンマに結婚もやめるか悩んだけど、やっぱり俺は今の彼女と結婚する』
叶泰が言い終えるのを待たず咲薇は泣き出していた。ただその顔に感情はなく、死んだ魚のような目をしていた。やがてガクッと肩を落とすと顔を下に向けうなだれた。
『咲薇…』
叶泰が声をかけても反応はなく、そのまま数秒の沈黙があった後彼女はゆっくりと口を開いた。
『…何故咲薇を抱いた』
突然それまでと変わってどこか刺々しい口調で咲薇は言った。
『…え?』
思わず叶泰は聞き返してしまった。
(なんや?)
『その気もないのに何故咲薇に手を出したのか聞いてるんだよ』
続けてそう言われたがやはり何かがおかしかった。何故か他人のことのようで、まず関西弁じゃない。そして声もさっきまでの咲薇からは想像もつかない程低く、何かに取り憑かれてしまったようだった。
『何故その気もないのに本気にさせるようなこと言ったりしたんだよ。答えろ』
ふと目が合った時叶泰は思った。まるで人が変わってしまったようだと。
とても鋭い目をして叶泰のことをにらんでいた。そんな咲薇は今まで見たことないなんてレベルではない。全くの別人に思えた。
『答えろよ。口がないのか?』
『いや、ホンマにすまん。ただ、その気もないのに言ったりやったりしたことと違うねん。本気で悩んで考えた結果や』
叶泰は誠心誠意伝えた。
『もういい。咲薇がかわいそうだ。死ねよ』
そう言って咲薇は持っていた包丁を叶泰の体に刺した。叶泰は激しく痙攣し呼吸を乱している。
『じゃあな。鏡叶泰』
咲薇は立ち上がるとそのまま歩いていった。
(あ…これは、あかんな…意識が…なんてことや…ダメや、こんなとこで死ねん…冬ちゃんが待っとる…帰るんや…)
叶泰は力を振り絞り携帯を持つと再び冬に電話をかけ始めた。
『もしもし?叶泰くん?』
『冬ちゃんか…待たせてごめんな…今から言うことを…よぉ聞いといて…ほしいねんけど…』
『どうしたの?彼女はどうなったの?』
『もう平気や…全部終わらせた…冬ちゃん、あのな…君は、素敵な人や…一緒におれて幸せやったのは…俺の方や…』
『…叶泰くん?』
『君に出会えて…ホンマによかった…ありがとな…冬ちゃん…大好きやで…』
叶泰はそこで力尽きてしまった。
『ねぇ…叶泰くん?ねぇ叶泰くん返事して!何があったの!?ねぇ叶泰くん!!』
冬はその後叶泰を探し回った。だが冬は叶泰がどこでケジメを取られたのかも聞いておらず、あてもなく探したものの見つからないまま夜が明けてしまい、連絡が来るのを待つしかなかった。
やがて夕方警察から電話がきて叶泰のことを聞かれ婚約者だと伝えると、叶泰と思われる人物が遺体で見つかったので確認しに来てほしいのと話を聞かせてもらいたいということだった。
冬は全力で走った。訳も分からず泣きながら、履いていた靴も脱いで。
そして署で通された部屋で冷たくなり動かなくなった叶泰と対面したのだ。
冬は彼の前で泣き崩れた。
『どうして?』
自分が初めて愛した人はあまりにも呆気なく殺されてしまった。
『…どうして?』
これからずっと一緒に生きていこうと2人で決めたのに。
『嫌だよ…』
何十分も泣き続けて彼の名を呼び続け、やがて涙も枯れると名前も告げず聴取にも応じないまま姿を消した。
冬とアヤメが最後に入れ替わったのはこの時だった。
これがあの日起きたことの全てだった。