第31話 切符も買えないバカ

文字数 1,916文字

 同日の午前10時18分。小田原駅では暴走愛努流のメンバーがラストスパートをかけていた。そう言うと聞こえがいいので言い直すと、死に物狂いでなんとか走っている。

『はぁ、はぁ、はぁ、玲ちゃん早くしないと!頑張って走って!』

『ぜぇ、ぜぇ、ちょっともう無理。リタイア…』

『ダメよ!ゴールはもう目の前よ!』

『ひぃ、ひぃ、あたし人生でこんな走ったことない』

 愛羽が玲璃の手を引っ張って走り、更にそれを後ろから蘭菜が押して走り、その傍らでは蓮華がひぃひぃ言いながらなんとか走っている。

『おい!喋ってる余裕あんなら走れ!』

 前方では麗桜が走りながら後ろの4人に渇を飛ばしている。風雅はもう1人で更に先を走っている。

 荷物という荷物を手に肩に背にひっさげながら6人は全力疾走を強いられていた。



 そのシナリオはこうだった。

 この夏休みシーズン、当日その場で6人固まって座れる席が空いているかは心配だねというそんな何気ない話の流れから、今回大阪行きに1番燃えていた玲璃がみんなの乗車券を前もって買いに行くことになった。

『よし!あたしが買っとくよ!』

 だが張りきって言い出した玲璃に一同は不安を思っていた。

『玲璃、買い方分かんのか?』

 麗桜がからかうと蘭菜も心配して声をかけた。

『私も一緒に行くわよ。それに携帯でも予約できるのよ?』

『玲ちゃん大丈夫?』

 と愛羽までが何か匂いを察知していた。そのあまりの信用のなさに、玲璃は新幹線の乗車券など買ったことがなかったが意地になり

『あ?お前らみんなしてあたしのこと切符も買えねーバカだと思ってんのか?切符も買えねーバカだとよ!舐めんなっつーんだよ!』

 と怒りだし1人で買いに出かけたのである。

 しかし玲璃はそんなバカではなかった。

『えーと、22日だろ?どーせなら1番前がいいよな。おっ、なんだケッコー空いてんじゃん。オッケーオッケー。へへ、見たかボケ共。誰が切符も買えねーバカだ。買えるじゃねーか、買ってやったぜ!』

 玲璃はすぐ愛羽に電話した。

『あーもしもしボケ羽?今6人分きっちり買ったぜ。あぁ大阪だよ。ったりめーだろ?うん、みんな固まってる。おう、どうせだから1番前にした。えっ?22日だよ、舐めてんじゃねーよ、オメーまだ信じらんねーのかよ。あ?時間?えっと、ちょっと待てよ、今見る…12時1分だ。完璧だろ?』

 という感じで、そこまで確認したのでみんな一安心し、ことは済んだかのように見えていた。



 そして今日当日、愛羽はだいぶ余裕を持って玲璃の家を訪れていた。まだ時間は午前10時を超えていない。事件はそこで起きた。

 突然電話が鳴り画面を見ると蘭菜からだった。

『愛羽!?今どこ!?』

 蘭菜にしてはケッコーなテンションだ。何やら慌てている。

『おはよー蘭ちゃん。今ちょっと早いけど玲ちゃんちにいるよー。どうしたの?』

『玲璃の家!?よかった!愛羽、今すぐ乗車券の時間確認して!』

 乗車券は玲璃が大切に保管している。

『え?なんで?』

『早く!今ね、私向こうに着くのが何時になるのかと思って時刻表を調べてたの。そしたらね、ないの。何度探してもないのよ…』

 だんだん愛羽も嫌な予感がしてきた。

『ないって…何が?』

『12時1分の新幹線がよ!!』

 愛羽は凍りついた。だが凍りついている場合じゃない。玲璃の部屋まで走るとまだ気持ちよさそうに寝ている玲璃を叩き起こした。

『玲ちゃん!今すぐ起きて!それと乗車券どこ!?』

 玲璃は生まれたての小鹿のような顔で目をこすっている。

『んも~。なんらよ愛ふぁ~。まだ10時じゃねーかよ、せっかちな奴だなぁー。切符?あたしの財布にちゃんと入ってるよぉ~』

 愛羽は急いで乗車券を確認した。その瞬間、体中の血の気が引いていった。

『…嘘…信じらんない…』

 愛羽はひざから崩れ落ちた。

『蘭ちゃん、大変…』

『うん…何時なの?』

『10時21分…』

『…』

 電話の向こうで深い溜め息が漏れた。

『今他の3人を車で迎えに行ってそこに向かうから、今すぐ玲璃に支度させて待ってて!!』

『分かった!!』

 それからの今、正に乗れるか乗れないかという瀬戸際、メンバー全員で駅の構内をダッシュしているということなのだ。

『あった!あったぞ!あれだ!間に合う!』

 麗桜が思わず叫んだ。6人のこれ以上ない程の全力疾走のかいもあり、なんとか間に合うことができ、全員無事乗れたことに一先ず胸を撫で下ろした。

『いやー、危なかったなぁー。まさか時間が逆さだったなんてな。蘭菜が気づいてなきゃアウトだったなー』

 玲璃は軽い感じで言ったがこの後彼女は次の駅に着くまで、ずっと5人による羽交い締めとくすぐりの刑に処され続けたのは言うまでもなかった。
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