第115話 鳳凰参上

文字数 2,788文字

 咲薇と千歌は萼と浬のいる場所を目指して走っていた。

 咲薇を捕まえようとする大人数相手に咲薇を守りながら千歌が戦い、咲薇も木刀を持ち進み続けた。

 工場の3階、広いフロアに2人はいた。咲薇と千歌がたどり着いても2人は争うのをやめなかった。

『萼!浬さん!これは罠や!藺檻たちが言うてた。関西の暴走族たちを潰し合わせる為にあいつが仕組んだことやったんや!』

『なんやと!?』

 萼は怒りに声をあげたが浬は動じなかった。

『それはお前たちが白狐でないことの証明にはなれへん。潰し合いは覚悟の上や。今日はお前らを叩き潰しに来たんや。それに変わりはない!』

『浬さん!』

『うるさい!!』

 浬は聞く耳持たずといった様子だった。

『ウチだけで何人の仲間がやられた思てんねん!子供はらんどんのに事故らされた子もおんねんぞ!!白狐をとっちめるのがあたしの責任なんや!!』

 そう言って浬はまた萼に向かっていった。なんとかして止めたい咲薇たちだったが、そこへもう1人白狐を憎む女が現れてしまった。

『揃いも揃って、という顔ぶれどすなぁ。風矢咲薇に暴走侍の椿原、その命頂きに参りました』

 イデアが1人で乗りこんできてしまった。そのまま走りだし迷わず咲薇の方へ向かってくる。

『まさか貴様が白狐やったとはなぁ。この前のあれはカモフラージュやった訳どすな?悪どい奴め!』

 イデアは懐から短刀を抜くと斬りかかった。

『覚悟!!』

 しかしそこに千歌が入りこみ刀をナイフで受けた。

『またあんさんか。言うときますけど今日はこの前のように手加減はできまへんぞ?』

『私たちも今日は引けないんだよ』

 そうは言ったものの千歌がここに来るまでに受けているダメージは多く、このイデア相手にどれだけもつのかは知れていた。

 それは目の前でやり合う2人を見ている咲薇も分かっている。だがこの時咲薇はイデアの実力と真剣の勝負に見せられていた。

 勝負は圧倒的にイデアの勝ちだった。

 ナイフを弾かれ丸腰になった千歌にイデアは拳を叩きこんだ。腹に続いてあご、肘で顔面を打ち千歌を蹴り倒し踏みつけた。

(すごい…なんて鮮やかなんや。まるで踊っとるようや…)

 咲薇はイデアの凄みに気圧されながらも、心の底から喜びにも似た感情が湧いてきた。

 イデアは短刀を構え近づいてくる。とっさに咲薇も木刀を構えた。

『そんな棒切れでは話になりまへんぞ』

 言われなくてもそんなことは咲薇だって分かっていた。しかし分かっていながらも、この死と隣り合わせの状況に咲薇はワクワクしていた。

『でやぁ!!』

 イデアが声をあげ斬りかかっていく。咲薇はその攻撃を本当にすれすれ、紙一重の所でかわしていった。

「ビュン!」「ビュン!」とイデアの短刀が風を斬る音が心地よく、刃をむけられながらいつまでもこの音を聞いていたいなんてこと思ってしまっていた。

『…何を笑っとるんどすか?気味の悪い奴め。なかなか動きはえぇようどすな』

 言われて初めて自分も顔が緩んでいることに気づいたが仕方なかった。彼女はこの状況を本心で楽しんでいた。

 相手が刀でこっちは木なので、まともに斬撃を受けることはできなかったが相手が短刀なこともあって咲薇にとってよけるのはそんなに難しいことではなかった。

 だがイデアの腕もやはりかなり立つ。押されながらも攻撃を返そうとするも短刀が咲薇の木刀を真っ二つにした。

(しまった!)

 半分になった木刀を捨てるとかわすことだけに専念するが、それでは斬られるのは時間の問題だ。咲薇はどんどん追いつめられていった。

『覚悟しなはれ!』

 イデアはおもいきり刀を振りかぶった。するとイデアの後ろから愛羽が抱きつき動きを止めた。

『咲薇ちゃん逃げて!!』

『愛羽!』

 言われて咲薇はイデアと距離をとった。

『イデアさん、もうやめてよ。この戦いは般若娘って人たちが仕組んでたことなの。咲薇ちゃんは白狐なんかじゃないの!』

 愛羽は必死に伝えようとしたがイデアは容赦なく殴りつけた。

『言うたはずや。邪魔するなら容赦せんと』

 愛羽は殴り飛ばされ倒れこんだ。さすがに槐から受けたダメージが大きく、イデアの今の一撃も手加減なしの本気の拳だ。愛羽はだいぶツラそうでそれでも立とうとするが今度は風雅がイデアの前に立った。

『風雅はん、わたくしはちゃんとあんさんに言いましたなぁ?容赦はしまへんぞ』

『その言葉、そっくりそのまま返すよ。それよりまずは愛羽に謝ってくれないか?』

 風雅は持っていた木刀を構えたがいつもの風雅ではなかった。怒っているのだ。

 向かい合ったイデアはただならぬ殺気のような、言葉では言い表せない何かをすぐに感じた。ただの棒切れ相手と分かっていながらも踏みこめずにいた。

(これは驚きや…この子、只者ではない)

 隙が見えない。どこからどうかかっていっても全てダメな気がした。

『でやぁ~!!』

 イデアは声を張り上げ半分破れかぶれでかかっていった。おもいきり斬りかかると風雅はそれを冷静にかわし刀を持つ手を打とうとした。しかしその辺りはイデアもきちんと警戒していて距離をとり打たせないようにした。

『これならどうや!』

 続けてイデアは攻める。短刀を逆手に握ると目にも止まらぬ早技で右へ左へと振り回していく。対する風雅も木刀を斬らせないようにそれを上手く払いのけながら打ち返す。

『あんさんのような達人の相手は初めてや』

 イデアが一瞬見せた隙を風雅は見逃さず、反射的に手を打とうとした。しかしそれを待っていたかのようにイデアは風雅の木刀を半分に斬ってみせた。

『どうどす?これでもうその棒切れも使えまへんやろ』

 木刀さえ斬ってしまえば相手は丸腰。最初からイデアもそれを狙っていた。だがここで風雅は物怖じもせず言い返した。

『そんなことはないさ。たとえ柄だけになったって戦うよ』

『なんどすて?』

 風雅の態度が本気なのを知ると、自分が断然有利なはずなのにさっきと全く状況が変わっていない気分にさせられてしまった。

(恐ろしい女や。こいつが刀やったらと思うとゾッとするわ)

 イデアは息を整えると改めて攻め始めた。しかし今度は打撃中心にだった。剣の戦いでは分が悪いというか、あまりにも風雅の放つ何かが気味悪かったのだろう。戦いの舞台そのものを変えてしまった。

 風雅はダメージを受けている上、イデアの鋭く重い攻撃には全く太刀打ちできず一方的にやられ始めた。

『風雅!』

 風雅はやられる。咲薇はそれを悟ると辺りを見回した。

(何か…鉄パイプみたいなもんでもあれば…助けに入らんと風雅が斬られてまう!)

 すると反対側で浬と戦う萼の後方の柱に立てかかった木刀があるのを見つけた。咲薇は走りだしその木刀をつかむとイデアの方へ向かった。

 しかし咲薇が持ったそれは木刀ではなく真剣だった。

『これは…』

 それは萼が対白狐用に持ち出した一振の日本刀だったのだ。
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