第15話「日本書紀にもそう書かれている」
文字数 2,944文字
突如の轟音で茫然自失の状態になっていた時光であったが、アイヌの戦士団に先駆けて何とか正気を取り戻した。
蒙古の生き残りが逃げ込んだはずの採掘坑は完全に瓦礫で埋もれてしまい、最早中に入るのは難しそうだ。
「一体どんな事をすればこんなことが出来るんだ? いや、そうか。これが竜の顎と力なのかもしれないな」
「トキミツさん。そうなのか?」
時光の独り言にエコリアチが反応した。エコリアチからしてみれば何が起きたのやら全く理解が追い付かない。彼らアイヌは交易を通じて様々な知識も仕入れているが、基本的に狩猟採集が生業であり技術的なことには疎い。
「そうだ、エコリアチ。考えてもみろ。奴らはここで竜の顎を探していたんだ。それが蒙古どもが血眼になって探すような戦略上重要な物だと考えれば、この位で来てもおかしくはあるまい」
「なるほど、流石トキミツさんだ。戦いの専門家たる武士だけのことはあるな。やはり和人は戦いで頼りになる」
「ふふ。そうだろうそうだろう」
自分の考えを褒められたため、時光は有頂天だ。生まれて初めて爆発を見たためか、気分が高揚している面もある。
当然の事ながら、彼らに粉塵爆発という知識は無い。金の採掘に多少知識があるオピポーも、鉱山に関する深い知識は無いのだ。
「話し中のところ悪いが、儂がイクスンペツの集落 の長だ。イシカリのエコリアチ、それに和人の戦士よ。モンゴルから助けてくれて感謝の言葉もない」
「礼には及びません。長殿。それよりも、あなた方が掘り出していた竜の顎について何か知っていることを教えていただきたい。今後の戦いに重要な影響を及ぼすはずなのです」
洞穴を完全に吹き飛ばす威力を持つ竜の顎についての情報は、安東五郎達との戦い、今後のカラプトに侵攻してきている蒙古との戦い、そして西国への蒙古襲来において重要である。相手はこの様な威力の武器を使用してくるかもしれないし、うまくいけば逆にこちらが先ほどのように爆発する武器を作れるかもしれない。蒙古と接触しているアイヌから少しでも情報を聞き出して鎌倉の北条時宗に報告したかった。
「竜の顎? ああ。オヤウカムイの石の事か? あれは別に爆発などしないし、我々が掘らされていたのはそれではない」
「は?」
「我々が掘るように指示されていたのは、ほら。あそこに集めてある黒い石だ。奴らに混じっていた漢人は、あれを石炭と呼んでいたな」
てっきり神秘的な竜の骨が敵の秘密兵器だと思い込んでいた時光は、拍子抜けして阿呆みたいな声を出してしまった。
「ほれ。この様にして火を付けると……この様にして燃えるのだ。漢人によると木炭よりも高温で、様々な事に使えるのだとか」
「……」
「それにオヤウカムイの骨を探していたのは、奴らの経験から、ああいった石になった骨の近くで石炭が見つかることが多いからなんだとか」
「……」
「トキミツさん?」
「はっはっはっはっは! そうだったのか!」
自信満々に憶測を述べていた内容が完全に間違っていた時光は、しばらく黙りこくっていたが、すぐにやけくその様に高笑いをした。
「燃える石、石炭か。確か天智天皇の御世に越後国から、燃える水と燃える石が出てきて献上されたのだとか。日本書紀にもそう書かれている。その石炭とやらはおそらくこの燃石 と同じなのだろう。ならば、この蝦夷ヶ島以外でも燃石は見つかるかもしれんな。是非とも時宗様に燃石の有効活用について提言したいところだ。これは戦略物資になり得るだろうから、敵に渡してはならんし逆にこちらで活用するべきだ」
時光は石炭に関する知識を披露した後に、一気に自分の考え方をまくし立てた。内容は間違っていないが、これは今までの自分の想像が完全に間違っていたことを誤魔化すためでもある。
「石炭は我々も聞いたことがあります。まああまり大々的には使用されていないので、今までその存在に思い至りませんでしたが、宋ではかなり大規模に活用されているそうですよ」
異国の商人であるニコーロも話に加わり、補足の情報を教えてくれた。宋は漢人の国である。つまり漢人には石炭の使い方を理解している者が多いのだろう。ならば、傘下においた漢人から石炭の有効利用方法を蒙古が聞いていたとしても何ら不思議ではない。
「さっきみたいな爆発を起こすのには、どうすればいいのだろうか? 集めて一気に火を付ければいいのかな?」
「いや、それは難しいだろう。漢人によると採掘坑の中には石炭の粉が充満していて、その状態だと先ほどの様な爆発が起こるとか言っていて、だから我々も中では注意して行動するように言われていた」
長の言う事が正しければ、意図的に先ほどの様な爆発を起こすのは難しそうだ。もしもあれを確実に再現できるのであれば、戦いの有り方を変えることすら可能なのであるが。
「まあ、使えないものは仕方ないか。その内戦いで有効に使い方も思いつくかもしれないし、ただの燃料にしても良いだろう。それよりも今は、残る蒙古と安藤五郎を何とかしなくてはならないだろう」
安藤五郎と共に行動する蒙古と、時光が共に行動するアイヌの戦士団の数はほとんど同じである。
時光が大鎧で完全装備しているという利点はあるのだが、それだけでは決定打に欠ける。何しろ蒙古は大陸の大半を制した戦闘民族なのだ。今までは奇襲などにより勝利してきたが、地力という点では侮ることは決してできない。
アイヌとて、その狩猟生活で戦いの腕を磨いてきた立派な戦士である。しかし、狩猟生活により鍛え上げられた生粋の戦士であるという点は、蒙古も同じであるし、大規模かつ集団的な戦いという点では蒙古側に一日の長がある。
何か策を練らねばならない。正面からぶつかっても勝ちを拾う事も出来るかもしれないが、その様な運任せなど武士のすることではない。運命に身を任せるのは人事を尽くしてからなのだ。
「奇襲は……もう通用しないだろうな」
「あれだけ大きな音が立ってしまったからな。離れていても聞こえているだろうよ」
採掘坑が爆発した音は、安藤五郎達の耳にも届いていることだろう。単なる事故だと考えてくれれば良いのだが、安藤五郎とて武士である。警戒に気を回してくるのが当然であろう。更にはそれと共に行動するのは百戦錬磨の蒙古兵だ。あれだけの爆発音をきいて油断したままなどあり得ないだろう。
「とりあえずこの場は離れることにしよう。多分爆発の音を聞きつけて戻ってくるはずだ。それにもう夕方だ。すぐに暗くなってしまう」
時光が西の方向を見ると、木の隙間から夕陽が沈んでいくのが見えた。夜になると老人や女子どもを連れて行動するのは危険だと時光は判断したのだ。
「そうだな。一旦コタンに帰るのは賛成だ。まあ我々は暗闇になれているから、その点は心配しなくてもよいぞ」
「ふむ……」
エコリアチの答えに時光はしばし考え込んだ。
時光はエコリアチと出会った夜を思い出す。あの時、エコリアチは夜戦の訓練を受けて夜目がかなり効くはずの時光に対して、完全に上を行く夜戦での戦いぶりを見せた。
「良し。皆聞いてくれ。蒙古と戦う策がある。戦士以外にも協力を願いたい」
時光は助けたアイヌも含めて周囲に集め、対蒙古の作戦について指示を開始した。
蒙古の生き残りが逃げ込んだはずの採掘坑は完全に瓦礫で埋もれてしまい、最早中に入るのは難しそうだ。
「一体どんな事をすればこんなことが出来るんだ? いや、そうか。これが竜の顎と力なのかもしれないな」
「トキミツさん。そうなのか?」
時光の独り言にエコリアチが反応した。エコリアチからしてみれば何が起きたのやら全く理解が追い付かない。彼らアイヌは交易を通じて様々な知識も仕入れているが、基本的に狩猟採集が生業であり技術的なことには疎い。
「そうだ、エコリアチ。考えてもみろ。奴らはここで竜の顎を探していたんだ。それが蒙古どもが血眼になって探すような戦略上重要な物だと考えれば、この位で来てもおかしくはあるまい」
「なるほど、流石トキミツさんだ。戦いの専門家たる武士だけのことはあるな。やはり和人は戦いで頼りになる」
「ふふ。そうだろうそうだろう」
自分の考えを褒められたため、時光は有頂天だ。生まれて初めて爆発を見たためか、気分が高揚している面もある。
当然の事ながら、彼らに粉塵爆発という知識は無い。金の採掘に多少知識があるオピポーも、鉱山に関する深い知識は無いのだ。
「話し中のところ悪いが、儂がイクスンペツの
「礼には及びません。長殿。それよりも、あなた方が掘り出していた竜の顎について何か知っていることを教えていただきたい。今後の戦いに重要な影響を及ぼすはずなのです」
洞穴を完全に吹き飛ばす威力を持つ竜の顎についての情報は、安東五郎達との戦い、今後のカラプトに侵攻してきている蒙古との戦い、そして西国への蒙古襲来において重要である。相手はこの様な威力の武器を使用してくるかもしれないし、うまくいけば逆にこちらが先ほどのように爆発する武器を作れるかもしれない。蒙古と接触しているアイヌから少しでも情報を聞き出して鎌倉の北条時宗に報告したかった。
「竜の顎? ああ。オヤウカムイの石の事か? あれは別に爆発などしないし、我々が掘らされていたのはそれではない」
「は?」
「我々が掘るように指示されていたのは、ほら。あそこに集めてある黒い石だ。奴らに混じっていた漢人は、あれを石炭と呼んでいたな」
てっきり神秘的な竜の骨が敵の秘密兵器だと思い込んでいた時光は、拍子抜けして阿呆みたいな声を出してしまった。
「ほれ。この様にして火を付けると……この様にして燃えるのだ。漢人によると木炭よりも高温で、様々な事に使えるのだとか」
「……」
「それにオヤウカムイの骨を探していたのは、奴らの経験から、ああいった石になった骨の近くで石炭が見つかることが多いからなんだとか」
「……」
「トキミツさん?」
「はっはっはっはっは! そうだったのか!」
自信満々に憶測を述べていた内容が完全に間違っていた時光は、しばらく黙りこくっていたが、すぐにやけくその様に高笑いをした。
「燃える石、石炭か。確か天智天皇の御世に越後国から、燃える水と燃える石が出てきて献上されたのだとか。日本書紀にもそう書かれている。その石炭とやらはおそらくこの
時光は石炭に関する知識を披露した後に、一気に自分の考え方をまくし立てた。内容は間違っていないが、これは今までの自分の想像が完全に間違っていたことを誤魔化すためでもある。
「石炭は我々も聞いたことがあります。まああまり大々的には使用されていないので、今までその存在に思い至りませんでしたが、宋ではかなり大規模に活用されているそうですよ」
異国の商人であるニコーロも話に加わり、補足の情報を教えてくれた。宋は漢人の国である。つまり漢人には石炭の使い方を理解している者が多いのだろう。ならば、傘下においた漢人から石炭の有効利用方法を蒙古が聞いていたとしても何ら不思議ではない。
「さっきみたいな爆発を起こすのには、どうすればいいのだろうか? 集めて一気に火を付ければいいのかな?」
「いや、それは難しいだろう。漢人によると採掘坑の中には石炭の粉が充満していて、その状態だと先ほどの様な爆発が起こるとか言っていて、だから我々も中では注意して行動するように言われていた」
長の言う事が正しければ、意図的に先ほどの様な爆発を起こすのは難しそうだ。もしもあれを確実に再現できるのであれば、戦いの有り方を変えることすら可能なのであるが。
「まあ、使えないものは仕方ないか。その内戦いで有効に使い方も思いつくかもしれないし、ただの燃料にしても良いだろう。それよりも今は、残る蒙古と安藤五郎を何とかしなくてはならないだろう」
安藤五郎と共に行動する蒙古と、時光が共に行動するアイヌの戦士団の数はほとんど同じである。
時光が大鎧で完全装備しているという利点はあるのだが、それだけでは決定打に欠ける。何しろ蒙古は大陸の大半を制した戦闘民族なのだ。今までは奇襲などにより勝利してきたが、地力という点では侮ることは決してできない。
アイヌとて、その狩猟生活で戦いの腕を磨いてきた立派な戦士である。しかし、狩猟生活により鍛え上げられた生粋の戦士であるという点は、蒙古も同じであるし、大規模かつ集団的な戦いという点では蒙古側に一日の長がある。
何か策を練らねばならない。正面からぶつかっても勝ちを拾う事も出来るかもしれないが、その様な運任せなど武士のすることではない。運命に身を任せるのは人事を尽くしてからなのだ。
「奇襲は……もう通用しないだろうな」
「あれだけ大きな音が立ってしまったからな。離れていても聞こえているだろうよ」
採掘坑が爆発した音は、安藤五郎達の耳にも届いていることだろう。単なる事故だと考えてくれれば良いのだが、安藤五郎とて武士である。警戒に気を回してくるのが当然であろう。更にはそれと共に行動するのは百戦錬磨の蒙古兵だ。あれだけの爆発音をきいて油断したままなどあり得ないだろう。
「とりあえずこの場は離れることにしよう。多分爆発の音を聞きつけて戻ってくるはずだ。それにもう夕方だ。すぐに暗くなってしまう」
時光が西の方向を見ると、木の隙間から夕陽が沈んでいくのが見えた。夜になると老人や女子どもを連れて行動するのは危険だと時光は判断したのだ。
「そうだな。一旦コタンに帰るのは賛成だ。まあ我々は暗闇になれているから、その点は心配しなくてもよいぞ」
「ふむ……」
エコリアチの答えに時光はしばし考え込んだ。
時光はエコリアチと出会った夜を思い出す。あの時、エコリアチは夜戦の訓練を受けて夜目がかなり効くはずの時光に対して、完全に上を行く夜戦での戦いぶりを見せた。
「良し。皆聞いてくれ。蒙古と戦う策がある。戦士以外にも協力を願いたい」
時光は助けたアイヌも含めて周囲に集め、対蒙古の作戦について指示を開始した。