第8話「テイネ金山」
文字数 2,502文字
異国の商人であるニコーロ達を仲間に加えた時光は、川を遡り、金が採れると予想される山に向かった。
そこに日本で活動する蒙古や、和人に拐われたアイヌの手掛かりがあるはずなのだ。
「ここで休憩するとしよう」
山の中腹まで来た辺りで一旦休憩に入る。山頂まで一気に行けない事はないが、疲労が溜まると戦いに負ける可能性が高くなるし、そもそも手掛かりが山頂に有るとは限らない。調査の道のりはまだまだ長いのだ。
武士として体を鍛えている時光と丑松、狩猟生活で山登りに慣れているエコリアチとオピポーはともかく、商人や坊主であるニコーロ達も特に疲れた様子はない。
遠国から旅をして来ただけあって、かなり鍛えられている様である。
「お三方はかなり歩くのに慣れていますね。一体何処からやって来たんですか? 西域というと胡 とか羅馬 などが思い浮かびますが」
休憩に入ったので、時光はニコーロ達に疑問を投げかけてみた。
「おお! ローマをご存知ですか。私はローマから来たのですよ。ニコーロさん達は違いますが」
グリエルモが嬉しそうに答えた。この様な東の果てで、故郷の名を聞くなどとは思いもよらなかったのであろう。
「私達はグリエルモさんと違って、ヴェネツィア出身ですよ。代々商人で商売の取引先拡大のためにモンゴルや宋まで旅をしまして、そこで聞いたこの国に立ち寄ってみたんですね」
「ぶ……べ ね つ あ ?」
聞き慣れない発音の都市名に時光は妙な返しをする。時光はこの蝦夷ヶ島での調査に備えてアイヌ語をある程度話せるし、教養として宋の言葉はある程度理解出来る。しかし、日本で全く知られていないヨーロッパの言語は敷居が高かった。
子音をちゃんと発音するアイヌ語を母国語とするエコリアチの方が理解している様だ。
「ヴェネツィアです」
「べ ね ち あ ?」
「ヴェネツィ……ああもうベネチアで良いですよ」
「べ に す ?」
「イングランドの田舎者みたいな発音はせんでください」
奇跡的に英語の発音に近いものにたどり着いた時光だったが、ニコーロは不満顔である。
この時代、地中海最強の海軍国家であるヴェネツィア共和国に比べて、イングランドはまだまだ2流国家である。
もっとも、軍事力以外の文明レベルで比較すれば、日本は世界基準では3流以下と言っても良いのだが。
「仕方がないでしょう。我がローマと比べればヴェネツィアなど地中海で威張っているだけの、背教者の集まりに過ぎませんからな」
グリエルモは何故か嬉しそうに言う。
時光には理解の範囲外の事だが、数十年前の第4回十字軍におけるヴェネツィア商人の扇動による、同じキリスト教国家であるビザンツ帝国の首都コンスタンティノポリス占領など、ヴェネツィアはキリスト教徒としての倫理に欠ける行動をとることがしばしばある。
そのため、ヴェネツィアは共和国はその歴史において何度も破門宣告を受けることになる。普通のキリスト者にとっては死刑宣告……いや、死後の安息を未来永劫受けることが出来ないと考えるとそれ以上の罰であるが、ヴェネツィアにとっては蛙の面に小便の様なものである。そして、ヴェネツィア商人のニコーロ達もグリエルモの挑発を興味なさげに受け流した。
短い休憩を終えた一行は登山を開始した。阿呆な雑談をしていた時とうって変わって、皆真剣な面持ちだ。
当然である。エコリアチにとっては同胞が危険に晒されているのだし、待ち受けるのは大陸最強の蒙古兵なのだ。
途中まで川を遡って行くだけだったが、途中からオピポーが川から離れた経路を案内することになった。
陸奥国の蝦夷であるオピポーは、金山というものに詳しいらしく、金鉱の入口をどう作るか予想がつくらしい。
オピポーの知見は本物だった。程なく山腹に横穴が掘られているのを発見する。
横穴のすぐ側には粗末な小屋が建てられており、すぐ側には数頭の馬が繋がれている。
「これは当たりだな。この蝦夷ヶ島で馬を使っているのは和人の武士か蒙古くらいのものだろう。見ろ。一頭は馬具が付いていて、残りは裸馬だ」
時光の言う通り、繋がれている馬の内一頭は馬具を装着している。その形状から日本の武士が使う形式の物と判断して間違いないだろう。
他の馬が裸馬なのは、昨日遭遇した蒙古がこれに乗りこなしていた事から、蒙古兵の物と思われる。
時光が見るところ、この馬達は全て日本産の馬だ。蝦夷ヶ島には野生馬がいないらしいので、恐らく和人が持ち込んだものだろう。それを蒙古に提供しているのだ。
辺りを観察すると時光達が来たのと別方向から山道が続いている。
問題は誰がそれをしているのかなのだが。
「突入しなくちゃ分からんよな」
結局は相手を捕らえなければ詳しい所はわからない。問題は勝てるかどうかなのだ。
「馬は五頭、こっちは七人。トキミツさん勝てるぞ?」
「待て。そうかも知れんが、捕らえられた人々を人質にされたらどうする。一挙に制圧するか隠密に逐次減殺する策を考えるのだ」
集落の仲間を捕らえられているため、エコリアチは焦り気味だ。
それに対して時光は第三者であるし、戦闘の専門家であるため、冷静を保っている。
時光達は四人が弓を装備している。蒙古も弓が達者であるが、常に持ち歩いてはいないだろう。一方的な遠距離攻撃が出来るのは有利な点である。
不利な点もある。人質を取られる心配もあるし、馬で逃げられる可能性もある。
それに、エコリアチは七人だと味方の勢力を評価しているが、武士の時光と丑松、アイヌや奥州蝦夷の戦士であるエコリアチとオピポーはともかく、商人や坊主であるニコーロ達は戦力になるか不明だ。
見ると彼らは何処からか取り出した刺 付きの棍棒を手にしている。何やら剣呑な見た目の武器を装備しているが、実力がわからない以上自衛以外に期待しないのが賢明だ。
なお、彼らが手にしているのは防具の発達に対抗して棍棒を改良して出来た武器であり、その形状からモーニングスターと呼ばれている。
「そうだ。俺に良い考えがある」
「奇遇だな。俺もだ」
時光とエコリアチはそれぞれ自分の策を提案し、一部修正を加えると、皆それぞれの行動に移った。
そこに日本で活動する蒙古や、和人に拐われたアイヌの手掛かりがあるはずなのだ。
「ここで休憩するとしよう」
山の中腹まで来た辺りで一旦休憩に入る。山頂まで一気に行けない事はないが、疲労が溜まると戦いに負ける可能性が高くなるし、そもそも手掛かりが山頂に有るとは限らない。調査の道のりはまだまだ長いのだ。
武士として体を鍛えている時光と丑松、狩猟生活で山登りに慣れているエコリアチとオピポーはともかく、商人や坊主であるニコーロ達も特に疲れた様子はない。
遠国から旅をして来ただけあって、かなり鍛えられている様である。
「お三方はかなり歩くのに慣れていますね。一体何処からやって来たんですか? 西域というと
休憩に入ったので、時光はニコーロ達に疑問を投げかけてみた。
「おお! ローマをご存知ですか。私はローマから来たのですよ。ニコーロさん達は違いますが」
グリエルモが嬉しそうに答えた。この様な東の果てで、故郷の名を聞くなどとは思いもよらなかったのであろう。
「私達はグリエルモさんと違って、ヴェネツィア出身ですよ。代々商人で商売の取引先拡大のためにモンゴルや宋まで旅をしまして、そこで聞いたこの国に立ち寄ってみたんですね」
「ぶ……
聞き慣れない発音の都市名に時光は妙な返しをする。時光はこの蝦夷ヶ島での調査に備えてアイヌ語をある程度話せるし、教養として宋の言葉はある程度理解出来る。しかし、日本で全く知られていないヨーロッパの言語は敷居が高かった。
子音をちゃんと発音するアイヌ語を母国語とするエコリアチの方が理解している様だ。
「ヴェネツィアです」
「
「ヴェネツィ……ああもうベネチアで良いですよ」
「
「イングランドの田舎者みたいな発音はせんでください」
奇跡的に英語の発音に近いものにたどり着いた時光だったが、ニコーロは不満顔である。
この時代、地中海最強の海軍国家であるヴェネツィア共和国に比べて、イングランドはまだまだ2流国家である。
もっとも、軍事力以外の文明レベルで比較すれば、日本は世界基準では3流以下と言っても良いのだが。
「仕方がないでしょう。我がローマと比べればヴェネツィアなど地中海で威張っているだけの、背教者の集まりに過ぎませんからな」
グリエルモは何故か嬉しそうに言う。
時光には理解の範囲外の事だが、数十年前の第4回十字軍におけるヴェネツィア商人の扇動による、同じキリスト教国家であるビザンツ帝国の首都コンスタンティノポリス占領など、ヴェネツィアはキリスト教徒としての倫理に欠ける行動をとることがしばしばある。
そのため、ヴェネツィアは共和国はその歴史において何度も破門宣告を受けることになる。普通のキリスト者にとっては死刑宣告……いや、死後の安息を未来永劫受けることが出来ないと考えるとそれ以上の罰であるが、ヴェネツィアにとっては蛙の面に小便の様なものである。そして、ヴェネツィア商人のニコーロ達もグリエルモの挑発を興味なさげに受け流した。
短い休憩を終えた一行は登山を開始した。阿呆な雑談をしていた時とうって変わって、皆真剣な面持ちだ。
当然である。エコリアチにとっては同胞が危険に晒されているのだし、待ち受けるのは大陸最強の蒙古兵なのだ。
途中まで川を遡って行くだけだったが、途中からオピポーが川から離れた経路を案内することになった。
陸奥国の蝦夷であるオピポーは、金山というものに詳しいらしく、金鉱の入口をどう作るか予想がつくらしい。
オピポーの知見は本物だった。程なく山腹に横穴が掘られているのを発見する。
横穴のすぐ側には粗末な小屋が建てられており、すぐ側には数頭の馬が繋がれている。
「これは当たりだな。この蝦夷ヶ島で馬を使っているのは和人の武士か蒙古くらいのものだろう。見ろ。一頭は馬具が付いていて、残りは裸馬だ」
時光の言う通り、繋がれている馬の内一頭は馬具を装着している。その形状から日本の武士が使う形式の物と判断して間違いないだろう。
他の馬が裸馬なのは、昨日遭遇した蒙古がこれに乗りこなしていた事から、蒙古兵の物と思われる。
時光が見るところ、この馬達は全て日本産の馬だ。蝦夷ヶ島には野生馬がいないらしいので、恐らく和人が持ち込んだものだろう。それを蒙古に提供しているのだ。
辺りを観察すると時光達が来たのと別方向から山道が続いている。
問題は誰がそれをしているのかなのだが。
「突入しなくちゃ分からんよな」
結局は相手を捕らえなければ詳しい所はわからない。問題は勝てるかどうかなのだ。
「馬は五頭、こっちは七人。トキミツさん勝てるぞ?」
「待て。そうかも知れんが、捕らえられた人々を人質にされたらどうする。一挙に制圧するか隠密に逐次減殺する策を考えるのだ」
集落の仲間を捕らえられているため、エコリアチは焦り気味だ。
それに対して時光は第三者であるし、戦闘の専門家であるため、冷静を保っている。
時光達は四人が弓を装備している。蒙古も弓が達者であるが、常に持ち歩いてはいないだろう。一方的な遠距離攻撃が出来るのは有利な点である。
不利な点もある。人質を取られる心配もあるし、馬で逃げられる可能性もある。
それに、エコリアチは七人だと味方の勢力を評価しているが、武士の時光と丑松、アイヌや奥州蝦夷の戦士であるエコリアチとオピポーはともかく、商人や坊主であるニコーロ達は戦力になるか不明だ。
見ると彼らは何処からか取り出した
なお、彼らが手にしているのは防具の発達に対抗して棍棒を改良して出来た武器であり、その形状からモーニングスターと呼ばれている。
「そうだ。俺に良い考えがある」
「奇遇だな。俺もだ」
時光とエコリアチはそれぞれ自分の策を提案し、一部修正を加えると、皆それぞれの行動に移った。