第27話「扇動」

文字数 2,026文字

 ルウタカ村のニヴフ達の話し合いの場に、突如として現れた三人の男達は、全員見事な位バラバラな出で立ちであった。

 先ず一人目の、長い髭を伸ばした男は見慣れた風体であった。ニヴフと緩やかな対立と友好関係にある民族である、アイヌの男である。交流が多いので出身が分かったし、現れた男――ウテレキという名――は妹がルウタカ村に嫁いでいる関係もあり、元より顔見知りだ。

 二人目の男は良く出自が分からないが、戦士階級の男だと思われた。身長以上もある長大な弓を携え、腰には長大な剣を佩いているのだ。所持品からして戦士であることは間違いない。名を撓気十四郎時光(たわけじゅうしろうときみつ)と名乗っている。

 三人目の男は、本当にまるで正体が分からない。ニヴフは北の地に住まうためか白っぽい肌をしているが、この男はそれ以上だ、しかも青い目をしており、この様な出で立ちの者は見たことがない。

 血縁関係にあるウテレキはともかく、残りの二人は一体何者で何をしに来たのか。また、ウテレキだって現在アイヌとニヴフを傘下に収めているモンゴルは戦争状態にある。通常、いくら平素親しかったとしても、訪問できる立場にない。

 撓気時光と名乗る男は、手にしていた三つの布の包みを開いた。

「先ほどそちらの同胞に無礼を働いていた者です。一つは蒙古との(いくさ)に使用するつもりですので、二つはどうぞお好きに使ってください。

 撓気時光が丁寧な文言と共に見せてきた()()()はモンゴル軍の兵士の生首であった。

「うおっ?!」

 いきなり血生臭い代物を見せられ、ニヴフ達は腰を浮かせて少し後ずさった。ニヴフはそれ程戦争になれている訳ではない。

「本来ならあなたの村の住人が、こいつら蒙古に暴行を受けている時、制止の確認も含めて殺すべきでした。しかし、あの状況では全員確実に仕留めることは出来ない可能性があり、馬にまたがっていた奴がいたので、逃げられる可能性があったので首を持って来るのが遅くなった」

「……」

 首にされているのは、昨日ルウタカ村に対して常識を遥かに超える食料を供給させようとしたり、それを断った者を集団で暴行するなどロクな連中ではない。殺してやりたいと思っていた。

 そこに来て、見知らぬ男が急に生首を持参したのだ。何が起きているのかさっぱり分からないのだろう。

「これは一体? 昨晩野宿中のこいつらを襲撃して、見事討ち取ってやりました。村から離れた所で襲い掛かってやったので、この村が追及を受けることは無いでしょう」

「は、はあ……」

「長よ。タワケトキミツは和人の将軍なのだ。そして我々アイヌと協力してモンゴルどもを打ち破ろうとしている。ニヴフも力を貸すべきだ」

 ウテレキの主張にニヴフ達は考え込む。確かにモンゴルの支配は強烈であり、それを打ち破ってくれるならありがたい。しかし、モンゴル軍の強大さを、大陸にも勢力を持つニヴフは良く知っている。おいそれと和人やアイヌに手を貸して、モンゴル軍と手を切るなどと判断できるものではない。

「しかし、我々ニヴフは既にモンゴルの傘下にある。もし裏切ったらモンゴル軍の城のすぐ近くに位置するこの村が、報復されることだろう。お前たちの事は報告しないが、協力まではとても出来ない」

 ニヴフ達の出した結論は玉虫色なものであった。本来彼らは蒙古の傘下にあるため、蒙古と敵対する時光達の情報について報告する義務がある。しかし、それをしないという寝返りに等しい行動に出るにも拘わらず、報復が怖くて積極的に手は貸さないというのだ。

 都合の良い話だが、これが人間の心理というものだろう。誰もが果断に決断できるものではないのである。

「話を変えるが、蒙古に言われていた食料の提出はどうするのだ? 供出したら冬を越せないのだろう?」

「……」

「そこまで考えることが出来ないか。まあいい。俺達が蒙古軍を早期に打ち破ることを期待すると良い。そうなれば供出する必要もなくなるからな」

 時光達への協力を確保するのが難しいと考えたのか、時光は交渉を早期に打ち切り、生首をもう一度布で包み、出発の準備を整え始めた。

「俺は、仕えている幕府の責任者である執権の命令で、蒙古と戦っている。しかし、それだけが理由ではない。アイヌがこのカラプトから追い出され、危機にあるのが見過ごせないという()も戦う理由の一つだ。そして昨日はこの村が蒙古に暴力により締め付けられているのが見過ごせなくて、こいつらを首にしてやった。(いにしえ)の日本の将軍である阿倍比羅夫は朝廷の命令でアイヌを助け、ニヴフと戦ったが、多分彼も同じく義によって戦っていたんだろうな。お前たちの義はどこにある?」

 そこまで言った時光は、ウテレキとグリエルモを引き連れて外に出た。そして蒙古から強奪した馬に跨ると村の外に向かって行った。

 残されたニヴフ達は時光の言葉を反芻して噛みしめている。

 しばらくすると雪が空から舞い降りて来る。北の大地であるカラプトに、本格的な冬が日本よりも先に訪れたのだった。
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