第54話「氷上の戦いへ」

文字数 2,225文字

 時光達はヌルガン城を離脱してから数日の後、ワシブニの地に到達していた。ワシブニはカラプトからほんの二里程度の距離に位置している。海を挟んでいるが現在氷に覆われているため、時光達がのるトナカイ戦車にかかればあっという間の距離である。

 ただし、普通に戻るのは問題がある。対岸の重要拠点であるボコベー城は、未だ敵の手にあるはずである。時光の数百の手勢ではとても敵う相手ではない。しかし、後ろからいつプレスター・ジョンの率いる軍が追い付いて来るのか分かったものではない。何とか安全にカラプトまで渡り、仲間と合流しなければならない。

 敵を一旦本拠地まで帰還させる作戦が成功したのだ。ある程度まとまった数はどこかで準備しているはずだ。

「ひとまず休憩だ。恐らくカラプトに渡るのは夜になる。それまで英気を養ってくれ」

 優勢な敵に見つかると拙いのだ。そう考えると当然思いつくのは夜陰に紛れることだ。敵がカラプトでどのような態勢をとっているのか分からないが、時光と共にいるのはアイヌ等の夜目に優れた狩猟民ばかりである。地理に明るいカラプトで夜間に行動すればやり過ごすことも可能だろう。

 皆を休憩させた時光は一人高台に上って海の向こうのカラプトの方を見た。二里しか離れておらず天候に恵まれている事もあり、敵の攻城兵器で半壊したボコベー城をも臨むことが出来た。

 そこであることに時光は気が付く。

「うん? 奴ら城の外に展開しているのか。何処かに向かうのか?」

「その通りだトキミツ。良く生きて帰ってきたな」

 時光の独り言に言葉を返す者が居り、時光は驚いて声の下方向を見た。そこには茂みから姿を現す髭面の男がいた。その男は時光は良く知っている。

 陸奥国(むつのくに)蝦夷(えみし)の末裔であるオピポーであった。

 彼は時光の一族と古くからの付き合いがあり、時光の蝦夷ヶ島やカラプトでの任務に協力してくれていた。蝦夷はアイヌと血や文化的に近く、交流を持っていたからだ。時光が蝦夷守と呼ばれるようになりカラプト防衛のために留まるようになってからは、オピポーは日本に帰ることが多かったのだが、蒙古軍再襲撃の危機に駆けつけてくれたようだ。

「久しぶりだな。オピポー。よく来てくれた」

「なに、丁度交易の品をこっちまで持ってくる途中でな。おまえが大陸に渡ったと聞いてやって来たのだ」

「そうか。早速だが、カラプトの状況を教えてくれ。奴らは何故撤退しようとしているんだ? それに味方は集まったのか?」

 挨拶もそこそこに状況掌握に入る。敵が海を渡ってワシブニに来るのなら、時光の軍勢とかち合ってしまう。すぐに対策をとらねばならない。

「先ず味方の状況だが、既に三千の手勢がボコベー城の近くに待機している。ボコベー城守備部隊の交代時期だったから、敵が来る知らせがある前から結構な数が城に向かっていたからな。まあ俺が持ってきた交易品を運ぶために、更に人を集めていたのも幸いしたんだが」

 三千の味方ならカラプトにいる敵の先遣部隊よりも多い。敵は本隊が本拠地のヌルガンに一時撤退し、本拠地が時光に制圧されていることから兵站に難があると判断したのだろう。そのため勝ち目のない戦をするよりも、戦力を温存して撤退することを決断したのだろう。

 敵はかなりの精鋭であるため、たとえカラプト側の軍勢よりも多少数が少なかったとしても勝利することは可能だっただろう。しかし、それではその勝利を得るために時間と戦力を消耗し、その状態で敵の増援と対峙することになりかねない。

 この状況で即座に撤退の判断が出来るのは、敵の指揮官は果断に決断する能力があることを示している。また、先遣隊の指揮官に、その様な決断を許す総大将であるプレスター・ジョンの度量の大きさもあるのだろう。

「で、これからトキミツ達はどうするのだ? 恐らく敵はもうすぐ海峡を渡ってこっちに来るぞ。俺はそれを知らせにこちらに来たのだ」

 オピポーの問いかけに、時光はしばし沈思黙考した。

 敵が大陸に到達する前に、この辺りの森に隠れるという選択肢はある。しかし、こちらから敵が見えるという事は相手から見えてもおかしくはない。隠れたつもりのところに、敵の捜索撃滅作戦をされた場合、恐ろしいほど被害を受けるだろう。

 敵の指揮官の能力はかなり高いと判断できる現状では、なおさら警戒しなければならない。

「カラプトにいる味方に連絡はつくのか?」

「ああ。犬ぞりを近くに隠している。氷上では一番早い。敵が動く前にカラプトにいる味方にたどり着くはずだろう」

「では伝えてくれ。奴らを海峡の氷の上で挟み撃ちにする。とな」

「勝てるのか? 奴らの騎兵は、弓も長槍もかなり強力だぞ?」

 蒙古軍の弓騎兵の強さは大陸を席捲する恐るべきものである。さらにプレスター・ジョンの率いる軍に加わっている騎士達の長槍(ランス)も侮れない突進力を誇っている。まともに相手するのは困難だ。

「だから氷の上を決戦の地とするのだ。考えてみろ。俺達はトナカイや犬の引くソリで機動力を発揮しながら矢を放つことが出来る。それに対して奴らの騎兵はどうかな?」

「なるほど。氷上なら騎兵の機動力はソリに劣るし、長槍での突撃は出来ないだろうな。考えたな。トキミツ」

()()()()()、とでも歴史書に記すかな? 奴らの利点を封じ、こちらに有利な状況でこの前の雪辱を果たさせて貰うとしよう」

 時光は力強く戦への決意を述べると、高台を降りてすぐに迫った戦への指示を出しに向かった。
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