第28話「兵糧攻め」

文字数 2,992文字

 ルウタカ村周囲で情報収集を終えた時光達は、アイヌの戦士団の宿営地に戻って来ていた。

「おう。トキミツか。何か成果はあったか? こちらには動きはない。ところで手に持ったそれは何だ? 収穫か?」

「まあそれなりだな。すぐに成果を検討しよう。エコリアチも呼んでくれ。後この包みは……まあ収穫だな」

 時戻った時光は、アイヌの戦士団を束ねる、ウペペサンケの集落の長であるサケノンクルに出迎えられた。すぐに戦士団の主だった者が集められ、時光が収集してきた情報を元に今後の方針を検討する会議が始まった。

「先ず、この包みは、まあ()()だな。ほれっ」

「うわ……」

 布による包みは三つあったが、どれも蒙古の生首が入っている。殺害されてから数日が経過しているが、寒冷地で凍える日が続いているせいか腐敗など無く新鮮な状態を保っていた。

 アイヌの戦士は皆、優秀な猟師であり動物の死体には慣れているため、そこまで人間の死体に対して抵抗がある訳ではない。しかし、唐突に生々しい生首を見せられて、皆引き気味である。日本の武士とかいう日常的に人を殺傷する野蛮人とは、基本的な感性が違うのである。

「……で、この生首が一体どうしたのか、トキミツさん。見たところその首はモンゴル兵のようだが、まさか首を刈って来ただけで収穫と言っているのではないのだろう?」

「ああ。その通り、本題は別にある」

 蝦夷ヶ島での戦いで、時光の見せる無意識な残虐性に対して、多少なりとも免疫の有るエコリアチは、話を進めようとして時光に確認した。武士にとっては敵の首級は、一番槍や戦傷と同様、何にも代えがたい武功である。そのため、「首を刈って来ただけ」というのはある意味武士にとっての侮辱であるが、時光は特に気にしなかった。

 まだ若く、初陣は蝦夷ヶ島に来てからなので、まだ武士の価値観が染みつき切っていないのだ。また、大陸の兵法書を読み漁っているためか、戦いに関しては日本の武士以外の考えも身に付けている。

「こいつらはな、ニヴフ――吉里迷(ギレミ)の村で食料を調達しようとしていたんだ」

 時光は、蒙古兵がニヴフ達の村で食料を集めようとしていたこと、しかもそれは広範囲にわたってやろうとしていたことを皆に伝えた。また、時光に同行していたウテレキは、蒙古兵が抵抗するニヴフに暴行を加えていたことも付け加えた。

「……?? モンゴルどもが非道な行いに出て、トキミツさんがそいつらを成敗したのは理解できたが、それは俺達がこの先どうやって戦うのかに関わるのか? 吉里迷にモンゴルに離反して俺達の戦いに協力するように訴えるのか?」

「一応蜂起を促すように煽ってみたが、まあ難しいだろう。もう傘下にあるという事は、蒙古の恐ろしさを肌身に染みて分かっているのだろうし、今のところ被害に遭ったのはこの近くにある村だけだ。北に行く途中でこいつらの首を刎ねて調達の旅を終わらせたから、直接被害に遭ってない村はそれ程反発もしていないだろうしな」

 アイヌの一人が述べた意見に対して、時光は完全に否定はしなかったものの、同意はしなかった。

 強力な敵に対して中立的な立場だったり、相手方だったりする者を味方として立ち上がらせるのは並みの事でない。人間は基本的に自分の生活を変えたくないし、日和見が出来ればそれに越したことはないのだ。

 もちろん、歴史上味方ではなかった者を立ち上がらせ、味方につけた事例は存在する。

 源平の戦いにおいて圧倒的な勢力を誇る平氏に対し、いくら地元の武士である北条氏の娘を娶っていたとはいえ流人に過ぎなかった源頼朝は、小勢力で蜂起し、当初こそ敗北したものの次第に味方を増やしていき、ついには平氏を滅ぼして征夷大将軍になった。

 また、その源頼朝の妻である北条政子は、承久の乱において夫亡き後の幕府を滅ぼさんとする朝廷方に立ち向かったが、当初は朝敵となる事を恐れた御家人たちは戦う意思に欠けていた。しかし、北条政子は御家人たちを前に見事な演説をし、それによって幕府への恩義を思い出した御家人たちは戦う意思を取り戻し、見事朝廷に対して勝利を収めることが出来た。

 これらの戦では、時光の祖先である撓気氏の武士達も参戦しており、源頼朝や北条政子に味方している。撓気氏特有の必ず勝利する方に味方するという習性によるものではあるが、例で挙げた二人に対し、「何か」を感じ取ったために味方したとも言える。

 その「何か」というのが具体的には何なのかは、中々言い表すのは難しいが、源頼朝の源氏の嫡流、北条政子の心を揺さぶる演説等、そう言ったものが他人を動かすのだろう。

 それに比べて時光は、弱小御家人の相続する土地すらない十四男だし、演説が上手いとは言い難い。つまり、歴史を動かすような特別な人物ではないのだ。

「分かった。兵糧攻めか。これだけ焦って食料を集めているのだ。冬を越すだけの食料を確保出来ていないのだろう」

「流石サケノンクルだ。俺も同じ意見だ」

 サケノンクルは人と人との戦いに慣れておらず兵法に疎いアイヌという特性があるが、やはり戦士団を束ねる器量の持ち主である。時光の示した断片的な要素だけで、戦いを生業とする時光と同じ結論にたどり着いた。

「ニヴフは積極的に食料を提供しようとはしないだろう。ならばこれからは調達に出かける蒙古を刈っていけば、自ずと勝利は俺達の物という訳だ。まあ、こちらの食料がもてばの話だが、その辺はどうなんだ?」

「その点は問題ない。蝦夷ヶ島のヤムワッカナイに食料は集積してあって、船でここまで輸送できる態勢は整っている。冬場を戦い抜くだけのそなえは余裕であるぞ」

「それはいい。これで勝利は見えてきたな」

 エコリアチの返答に満足した時光は、蒙古兵達の生首を布で包み直すとそれを持って立ち上がった。

「何処へ行くのだ? 首を埋葬するのか?」

「いや、この首を白主土城の蒙古どもに見せてやって、食料が足りないことなどお見通しだと脅してやれば、指揮も下がるだろうと思ってね。ちょっと行って来る」

「そうか。気を付けろよ。奴らの弓騎兵は恐ろしいからな」

「分かってる。こちらも馬に乗って行くし、鎧を着て行くからそうそう敗れたりはしないさ」

 颯爽と去って行く時光をみて、サケノンクル達は実に頼もしく思った。時光はアイヌが持っていない戦の知識を豊富に持っており、それによってアイヌを助けてくれる。

 まるでかつて吉里迷に敗れて追いやられていたアイヌを助けてくれた、(いにしえ)の和人の将軍、阿倍比羅夫の再来の様に、この場にいたアイヌたちは感じていた。

「ギャーッ! なんだこりゃ?! 鎧が手に?!」

 時光の事を頼もしく思っているアイヌの戦士達の思いを裏切るように、時光の悲鳴が聞こえてきた。

 カラプトには既に雪が降り始めている。当然ながら気温は氷点下まで下がっており、凍傷の危険が高まっている。

 どうやら時光の大鎧の金属部分が冷たくなりすぎて、手に張り付いてしまったのだろう。大鎧はこの極寒の地で使用するのに便利な様には作られていないのだ。

 アイヌの戦士たちに、本当に時光を信用してもいいのだろうか、という疑念が去来するが、今それを考えても仕方がない。大将格、副大将格のサケノンクルとエコリアチや、時光の情報収集に同行していたウテレキはすっかり信用している。ひとまず時光に任せてみようという事になった。
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