第26話「ルウタカ村の略奪」

文字数 4,990文字

 白主土城攻略の方法を探るため、撓気時光(たわけときみつ)は案内を連れてカラプト探索に出発した。

 蝦夷ヶ島からカラプトに到着したばかりだし、蒙古との戦いの翌日で疲労がまだ残っているが、白主土城を落とすための時間の猶予はあまりない。今は疲れなど無視して行動するしかないのだ。

 時光に同行するのは、蝦夷ヶ島から同行している羅馬(ローマ)から来た坊主のグリエルモ、それに、カラプト出身のアイヌの若者であるウテレキである。これまで行動を共にしていたアイヌのエコリアチは、アイヌの戦士団を取りまとめるために、戦士団の本隊に残留している。これまで連携を強化してきたのに離れるのは残念であるが、戦闘組織を統制する能力のあるアイヌは珍しいのだ。無理に連れて来ることは出来ない。

 今回からついて来るウテレキは、カラプト出身で辺りの地理に詳しいし、妹がカラプトにおける主要な民族である吉里迷(ギレミ)の集落に嫁いでいるという事で、案内役としては適任であった。

 アイヌは他民族との婚姻を禁忌とすることはないし、数百年前にアイヌは吉里迷と対立していたがこれまで交易を通じて融和関係にあったのでウテレキの様に吉里迷に親族がある者もかなりいる。これまで完全な友好関係とまでは至らず、時には争う事も度々あったものの、数百年前の大戦以来アイヌと吉里迷は破局に陥った事はない。

 今回、吉里迷が蒙古にアイヌ討伐を訴えた事は、完全に予想外の出来事なのだ。

「先ずは、俺の妹が暮らしているルウタカの集落に案内する。ニヴフの集落だがアイヌもそれなりに多く暮らしている。こっそり訪れればモンゴルに密告されることはないだろう」

「ニヴフ? ああ、吉里迷の言葉で彼ら自身を指す言葉だったな。彼らと話す時はニヴフと言う様に気を付けよう」

 時光はカラプトに向かう途中にエコリアチから、吉里迷の言葉をある程度習っている。吉里迷の言葉はアイヌ語とも、日本語とも、漢語とも違う系統なのでそれ程習熟していないが、ある程度の挨拶位なら出来る。また、吉里迷――特にカラプトの南に居住している者達はアイヌ語を話せる者が多いらしいので、それで何とか意思疎通が可能なはずだ。

 目的地の集落まで三十里程度の道のりであり、到着するまで数日を要した。時光としてはかなり歩いた気がするが、カラプトはまだまだ北に続いているとウテレキに教えられて驚いた。蝦夷ヶ島の広大さにも時光は圧倒される思いだったが、カラプトも蝦夷ヶ島に匹敵する位大きいと聞いて世界の広さを思い知った。

 そして、その様な広大な土地を苦も無く占領してしまう蒙古軍の強大な力には舌を巻くばかりだ。時光は身軽な個人の移動で、しかも地元の住民の支援があって故郷の相模国を離れてここまでたどり着いている。それに比べて蒙古軍は大陸の拠点から遥かに離れたカラプトの南端に、莫大な軍勢を派遣しているのだ。

 この様な真似を果たして日本の武士が出来るだろうか。

 その様な強力な力を持つ蒙古に日本が狙われているという現実に対して、時光は改めて自分の任務の重要性を認識した。

「いったいどうやって蒙古の連中は兵站を維持しているんだ? 大陸との航海の拠点はもっと北なんだろ? いくら大陸を制覇してあちこちに軍事拠点を構築していると言っても、そこからカラプトの最南端の白主土城まで物資を運ぶのは骨じゃないか。カラプトの各地に拠点を築いて連絡網を構築しているのか?」

 時光は移動中、自分の中に湧いて来る疑問をウテレキとグリエルモに対して投げかけてみた。敵の兵站の在り方に関して知るのも、勝利への道の一つである。

「いや。俺の知る限り、カラプトでのモンゴルの拠点は白主土城だけだ。そこから先の拠点は、海を渡った先にある大陸のヌルガンという場所にしかない。俺は以前大陸まで交易に行ったから大体分かる」

「時光さん。私は大陸を西から東まで旅をしてきましたが、そこで聞いたところによると、モンゴル軍は騎兵が主体ですが一人の騎兵が何頭もの馬を連れているという事です」

「ほう? そりゃあうらやましい限りだな。貧乏御家人の俺にはそんな真似は無理だろうよ」

 撓気氏は、交易という副収入があるため、一般的な弱小御家人よりは裕福である。しかし、馬を維持するには土地や飼葉など様々なものが必要であるため、簡単にたくさん持つわけにはいかない。

 グリエルモはモンゴル軍の話を続ける。

「大陸は広大ですからな。平原を進軍して移動し続ければ馬の餌は手に入るという訳です。替え馬がいるので常に機動力を維持できますし、もし、馬が倒れた場合それを食べるので食糧にもなる。そして、本隊の後からは羊の群れなどを率いた兵站部隊が追いかけて来るのです。言うなれば遊牧生活がそのまま軍事行動に直結しているのですな」

「それは凄いな。本隊と兵站が一致しているのでは各個撃破も難しい。広大な大陸を制覇できた訳だ」

 そこまで言ったところで、時光はあることに気がつく。

 蒙古軍は多数の馬を連れて軍事行動をするというが、白主土城から出撃したのは歩兵が主体で騎兵はあまり多くは無かった。温存している可能性もあるが、城の外観を見た限り、中に多くの馬を飼育しているようには見えない。そして、馬の飼葉が用意に手に入る大陸の平原ならともかく、ここまで歩いて来て観察してきた限り、カラプトで同じような行動をとるのには制限がありそうだ。

「これはもしかして……」

「隠れろ!」

 先頭を歩いていたウテレキが静かではあるが鋭い口調で警告した。

 全員、即座に近くの木の陰に身を隠す。ウテレキの指さす方向を慎重に音を立てないようにして見ると、小屋の一群が目に入って来た。いつの間にか目的地のルウタカ村にたどり着いていたのだ。

 しかし、村の様子が妙である。誰かが怒鳴っているのが聞こえて来るのだ。

 詳しい状況を確かめるため、時光達は地を這う様にして隠密に村に接近して行った。

「食料を出せだと! おかしいじゃないか! もうかなりの数を持って行ったはずだぞ!?」

「あれっぽっちで足りると思ったのか。笑わせるんじゃない。少なくともあれの五倍は出してもらうぞ!」

 近寄って行ってみると、怒鳴り合っているのは、毛皮を着た男達と蒙古兵であった。内容は察するに食料の供出についてである。

「五倍? ふざけるな! 俺たちに死ねというのか! ただでさえお前らの城を作るのに駆り出されていたんだ。もうすぐ冬だというのに、貯えがいつもよりも少ないんだ。とても渡せる状況じゃあない!」

「何をほざくか。俺達は貴様ら吉里迷を骨嵬(クイ)から守りにわざわざ来てやっているんだ。それに相応しい協力位してもらうぞ?」

「何を言っているんだ。俺達は元々アイヌとはそれなりに仲良くやっていたんだ。誰が言ったのかは知らないが、助けなど頼んではいない
勝手に着て恩人面をされるなんて迷惑っ……げふっ!」

 抵抗していた吉里迷の男の言葉は蒙古兵の一人の拳によって遮られた。腹部を強烈に殴打された男は、膝から崩れ落ちた。

「これは敵性分子という奴かなぁ? 我々が戦っている相手である骨嵬が敵ではないとは」

 倒れた男への暴行は止まらない。蒙古兵が二人がかりで何度も足蹴にして、そのまま男は動かなくなった。いや、痙攣状態で僅かなな動きは見せている。

「……!」

「まて」

 ウテレキが目の前の惨状に怒りに任せて、手にした弓に矢を番えようとした時、時光によって制止された。

「何故止める? あれを見てお前は何も感じないのか?」

「そういう訳ではないが、あの男はまだ殺されていない。それに、蒙古兵は三人、一人は馬に乗っている。もしも逃げられたら追いつけない」

「……やられているのは、俺の妹の夫なんだ……」

「そうか、それでも耐えろ。今はな」

 身内に危害を加えられ、怒り心頭のウテレキに対し、時光は冷酷なまでに冷静だった。

 ウテレキは、時光はアイヌやニヴフに対する仲間意識が無いから、これほどもまでに冷静なのだと考えて、内心舌打ちをした。そして、アイヌの戦士団の大将格であるサケノンクルや副将格であるエコリアチは、時光の事を全面的に信用して、伝説の和人の将軍であるアベノフラフの再来だと評価しているが、和人などそこまで信用するのは間違っているのではないかと思い始めた。

「見ればこの村の女には、骨嵬の女らしき者どもが混じっているな。敵性分子ではないか調()()する必要がありそうだが……」

 ウテレキが葛藤している間にも暴行は続き、馬上の蒙古兵の首領格が何やら邪な意思の混じった発言をし始めた。

「まあ、我々はここより北の村にも食料の提供を()()()しに行かねばならんので忙しい。今日はこの位にしておくが、貴様ら、我々が北から戻る前には城に食料を運び入れるのだぞ? そうでなければどうなるのか分かっているのだろうな?」

 露骨な脅しをかけた蒙古兵達は、そのまま北に向かって立ち去った。暴行を受けていたウテレキの義兄弟は、死んではいないようだが酷い怪我を負っているようだ。

「ふむ。色々聞いてて分かって来たことがあるな」

「……」

「蒙古の奴ら、このカラプトの島では、大陸での戦いの様な兵站活動は出来ていないようだな」

「……」

「つまり、白主土城には十分な食料が集まっていない。ということは多分冬を越すのも一苦労だろう」

「……」

「という事は、これからの補給活動を邪魔し続けれは勝機は見えてくるかもしれない」

「ああ。そうかい」

 勝利への道が少しだけ開けてきたと感じ浮かれ気味の時光に対して、ウテレキはどこか不貞腐れたような反応だった。

「どうした? 元気がないじゃないか。そんな事で今夜の戦いについて来れるのか?」

「……? 今夜の戦い?」

 急な話を振って来た時光に、ウテレキは混乱した様子だ。それに対して時光は表情を引き締めて言った。

「決まっているだろう。今晩奴らを皆殺しにするんだよ。あんな奴ら生かしておけるわけがないだろう」

 有無を言わさぬ殺意の籠った発言であった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 モンゴル兵による食料調達に関する宣告が行われた翌日、ルウタカ村の長の家には村の主だった者達が集まって今後の方針について話し合っていたが、良い考えは浮かばず、皆沈痛な面持ちであった。

 先ず、村の若者が重傷を負わされてしまったのだし、更には負担を要求された食料を供出しては、とても冬を越すことは出来ないだろう。しかし、もしも拒否すれば今度こそ命はあるまい。つまりはどうしようもないのだ。

 いっその事村を捨てて蒙古の追ってこない森の奥まで逃げたり、蝦夷ヶ島のアイヌの知り合いの集落に身を寄せるという案も出た。しかし、カラプトが今や蒙古に制圧され、蝦夷ヶ島への触手を伸ばしている現状からして、それらは問題の先送りにしかならないだろう。

 かと言って反抗するのも無謀である。

 ニヴフは数百年前は蝦夷ヶ島まで勢力を伸ばし、アイヌを圧迫するだけの力を持っていた。しかし、その時遥か南からやって来た和人の将軍であるアベノフラフによって戦に敗北した後、アイヌとの力関係は逆転し、カラプト以北に勢力は限定されていた。

 今現在、ニヴフよりも強い力を持っているアイヌがモンゴルに対しては歯が立たないのに、ニヴフが勝てる道理は無い。

 とは言え、ニヴフはカラプト全土から大陸にも勢力を保っており、カラプトにおける他の民族であるアイヌやウィルタとも一定の友好関係を維持している。そのため、カラプトにおけるニヴフの力を全て結集させれば、もしかしたらモンゴルに勝てるかもしれない。

 しかし、それは夢の話である。カラプトにおけるアイヌ勢力は、まるでニヴフが裏切るかの様な形でモンゴルに壊滅させられてしまったし、ニヴフをまとめ上げるような人物はいない。

 もしかしたらこれほどまでにモンゴルに負担を強いられているのは、モンゴル軍の拠点に近いこの近辺の村だけかもしれない。だとするならば、負担の少ない村はわざわざルウタカ村のために立ち上がろうなどとは思わないだろう。

 話題が堂々巡りをしている最中の事であった。

「御免。撓気十四郎時光と申すものだが、話がある。加わらせてもらおう」

 言うが早いか中に入って来た三人の男達の一人は、三つの赤茶けた汚れのついた布の包みを下げていた。
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