第43話「回回砲試作機」

文字数 3,301文字

 時光達がボコベー城で平穏な日々を過ごしていたある冬の日、急報が届けられた。約二千の蒙古軍が氷に覆われた海峡を渡ろうとしているというのである。

 ボコベー城は沿岸部に建てられており、海峡部分を見通すことが出来る。報告を受けた時光は、物見櫓に上り直接敵軍を確認した。

「確かに蒙古軍で、かなりの数だ。しかも騎兵の数も多い。最近の小競り合いとは訳が違うぞ」

 敵軍の影を見て取った時光は、カラプト全土と蝦夷ヶ島に対して援軍要請の使者を、速やかに送った。

 ボコベー城の防備は固い。騎兵中心の二千程度の敵兵なら、訓練を重ねたアイヌの戦士達の籠城で十分守り切れるかもしれない。しかし、今見える敵軍は単なる先遣隊かもしれず、もしそうだった場合対応が遅れることは敗北に直結するのだ。

 城の戦士達に防御に関する指示を出した時光は、鎧兜に身を包み相手の出方を待った。騎兵主体の敵に対して、劣勢の時光達が迎撃して野戦を仕掛けるのは得策ではない。単に籠城するのは芸が無いが、早期に損耗してしまうのもまた問題である。救援が到着するのを待つことになった。

 なお、北国の寒さ故に以前金属製の大鎧が凍結し、時光はこれを着用することが出来なかった。そのため、ヒグマや鹿の毛皮を鎧の下や上に着用することで問題を解決しており、重装弓騎兵たる武士本来の戦闘力を発揮できる態勢を整えている。

「奴ら。城の前に布陣してから攻めてこないが、一体どうしたんだ?」

 蒙古軍の出現から十日程たったのだが攻めてくる気配は無く、時光は拍子抜けしていた。斥侯の報告では城の前に布陣している主力以外に、森に入った部隊がいるらしいのだが、兵糧や燃料でも調達しているのだろうか。だとすると持久戦を覚悟してきているという事になるのだが。

 しかし、敵が城攻めの準備に時間をかければかける程、援軍が間に合う可能性が増してくる。

「報告!奴ら、森の方から、何か木で出来たでっかいのが来たぞ!」

「ああ。そういう訳か。攻城兵器は現地調達という訳だな」

 いくら海峡が凍結して歩いて渡ってこれるとはいえ、輸送力には限界がある。攻城兵器に関しては現地で作成することになったのだろう。

「で、来たのはどんなのだった? 梯子とか衝角か?」

「ん? 何と言うか……大きな匙がついた変な物だ!」

「分かった。それは投石器だな」

 時光は地面に枝で器用に投石器を書いて見せた。それを見た斥侯は同様の物だと返答した。

 投石器は東西の戦場で使用される攻城兵器である。重さ数十キロに及ぶ巨石を長距離に渡り飛ばすことができ、高い城壁で囲まれた町に対して直接攻撃を仕掛けたり、防御力の低い城壁や門を破壊することも可能だ。日本では使われない兵器だが。古今の兵法書を学んだ時光は、その存在に対して即座に思い至った。

「トキミツ。どうする? 到着前に破壊しに出撃するか?」

「状況によるな。敵も防御を固めているだろうし、下手に攻めるのはやりたくない。それに、この城は何層もの空堀に囲まれている。この空堀の外縁から投石器を使っても、射程外になるはずだ。確か今蒙古は大陸で宋と戦っているが、その最大の激戦地である襄陽と言う都市が落ちないのも、蒙古軍の投石器の限界で効果を発揮できないかららしい。もし、掘の間をすり抜けて接近してくるようであれば、その時出撃すればいい。その状況では狭くて敵は大軍を活用できないからこちらに有利だ」

 大陸との交易を通じて、蒙古軍に関する情報を収集してきた。これらの知識から、蒙古軍が準備している攻城兵器については、そこまで恐れるべきではないと考えていた。

「敵の投石器の前進が止まりました!」

「どれどれ? あの距離ではとても石が届かないだろう。作ってみたは良いが実際に城の守りを見て諦めたかな? それとも野戦で使うつもりかな?」

 投石器は主に攻城戦で使われる兵器だが、野戦で使用することも出来る。密集して守りを固めた相手に対して巨石を放つと、大変効果を発揮するのだ。この戦い方で西方の騎士の大部隊が大損害を受けた事もある。

「おや? 奴ら何をして……馬鹿な届くというのか?!」

 時光の予想は監視を続けていた見張りの報告で崩れ去った。報告を聞いて何事かと外を見た時光の目に、巨石が飛来してくるのが見える。その直後、天地を揺るがす轟音が鳴り響き、城全体が地震の様に揺れた。音のした方を見ると、城壁が完全に崩れ去っていた。

「何だと?! あの距離から……それに威力が大き過ぎる!」

「トキミツ! 次が来るぞ!」

「ちっ! 皆! 伏せろ!」

 エコリアチの言う通り、蒙古軍の投石器が次々と巨石を放ち、ボコベー城の防御施設をいとも簡単に葬り去った。敵の侵入を防ぐ防壁はあちこちが崩れ去り、押しとどめるのは難しいだろう。また、遠距離から敵に対して一方的に射撃できるはずの櫓も、最早残っている物は無い。

 幸い、すぐに身を守る行動に移ったので人的被害は少ないが、唸りを立てて襲い掛かる石の雨を浴びて、完全に士気は喪失していた。

 最早戦える状態ではない。

「いいか良く聞け! これよりこの城を放棄する! 敵の主力の居ない方向に出撃し、離脱するぞ!」

「交戦していないのに、逃げるというのか?」

「戦える状態じゃあない。もしこの状態で敵と接触したら、抗戦するどころか一瞬で全滅するぞ」

 時光の言う通り、最早組織的な防御態勢は瓦解したと言っても良い。決定的な敗北を喫する前に離脱を決意したのは、時光の思い切りの良さと評価しても良いだろう」

「よし! 俺に続け!」

 時光は騎乗すると、敵の少ない方向の門を開き、先陣を切って駆け出した。

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「これは見事な投石器(カタパルト)だ。これまで様々な戦場を巡ってきたが、見たことがない」

 モンゴル軍の主力の後方に存在する、小高い丘の上、そこで無残に破壊されていくボコベー城を見ながら、全身を金属鎧に包んだ騎士が感心した口調で言った。円筒形の兜で顔まですっぽりと隠しているので、どの様な表情をしているのかは見て取ることが出来ない。丘にいるモンゴル軍の騎兵の中でもこの男は一際大きく、一際立派な鎧を身に付けている。彼がこの軍の中心人物であることは誰が見ても明らかであった。

「ミハイル殿。私もですよ。私は大陸の東方で、漢人の城をいくつも攻略してきましたが、これほどの投石器を使ったことはありません」

 ミハイルと呼ばれた男に話しかけた男、彼は以前時光に敗れてカラプトから追い出されたモンゴル軍の指揮官である、アラムダルであった。

「何でも皇帝陛下は宋の襄陽の守りが固いので、それを破壊できる投石器を西域の回教徒(ムスリム)技術者に作らせている様でな。その技術者の同門をニコーロ=ポーロ殿がこちらに連れてきてくれたのだよ。実験という訳だな。完成したら回回砲とでも呼ぶらしい」

「そうですか」

「どうした? 碌に戦う事も無く勝利したのは面白くないか? そういえばアラムダル殿はこの島で敗れたのだったな。その雪辱を果たしたいと願っていたのか」

 ミハイルの口調は、アラムダルの汚れた戦歴を嘲る様なものではなかった。ただ淡々と、妙な事にこだわることを自制させるような口ぶりであり、アラムダルは不思議と素直にそれを受け入れることが出来た。

「さて、もうそろそろ掃討するとしようか」

「伝令! 城の奴ら、搦手の門から離脱しました。止められません!」

 ボコベー城の防御設備が用をなさなくなったあたりで、ミハイル達は出撃しようとしたが、その出鼻を挫く様に報告が入った。

「敵将は随分と思い切りが良いな。もっと戦力があれば包囲を完全に出来たのだが」

 ミハイルとて本来は敵の退路を塞ぐように布陣したかったのだが、それでは戦力が分散してしまい、各個撃破される可能性がある。しかし、これ程までに見事に突破されるとは思わなかった。

 追撃を仕掛けようと考えたが、丁度霧が濃くなってきた。敵地でこの様な気象条件で無理をするのは戒めるべきだろう。

「運のいいやつだ。仕方がない。今日の所は城の占領で良しとしようではないか」
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