第37話「時光、またコロポックルを目撃する」

文字数 2,394文字

「うるさいぞ!」

「おお! 気がついたか。 トキミツ」

 大声を上げて目を覚ました時光に対して、陸奥国(むつのくに)蝦夷(えみし)であるオピポーが嬉しそうに話しかけた。

 時光は木の皮を縫い合わせて作られた布団から身を起こした。

「あれ? そこら辺で小人が騒いでいなかったか? どこ行った?」

「トキミツ……それはただのコロポックルだ。気にするな、と言うよりお前は短剣で切られ、それに塗られた毒で寝込んでいたんだ。幻だろう。今はゆっくり休め」

 コロポックルとは、アイヌに言い伝えられている妖精の類で、その名前は「蕗の葉の下の人」という意味である。

 もちろん、実在しない。

「いや、そう言うわけにはいかない。サケノンクルかエコリアチの所に案内してくれ。今後について話し合わねば」

「ではサケノンクル達を呼んでくるとしよう。トキミツが目覚めたら知らせるように頼まれていたのだ」

 そう言うとオピポーは時光を置いて、何処かへ去っていった。それと入れ替わるように見知った人物が顔を見せる。

「若。 復活されたようで何よりです」

「おお。戻っていたのか。丑松」

 幕府への報告などの役目を与えたため、別行動をしていた家来の丑松であったが、ここに来てようやく合流することが出来た。

 丑松は今は撓気(たわけ)氏の郎等に甘んじているが、元は歴とした御家人だったらしく、その実力は幼い頃から武士としての訓練を積んで来た時光と比べて、勝るとも劣らない。弓の腕や兵法書の知識では時光の方が上だが、太刀さばきや実戦経験では丑松が上である。

 頼りになる家来の到着に、敗北で沈んでいた時光の心に一遍の光がさした。

「で、どうだった?」

「報告は無事、函館にいる幕府の()()を通じて届けました。もう北条時宗様の所に届いている事でしょう。快速船を使って届けるらしいので」

 曖昧な時光の問いだが、この程度でも丑松は十分主人の意図を察する事が出来る。更に丑松は続けた。

「そして、蒙古が持っていた報告書の解読ですが、函館で奴らの文字読める者を見つけて完了しました」

「おお。中身は何と?」

「はい。まず、報告相手は()()()()なる蒙古の将軍でした」

「そいつなら、この前討ち取ったぞ」

 正確には少し違うが似たようなものである。

「それは流石……続けます。内容を要約すると、日本人の有力者を協力者に仕立て上げた事。蝦夷ヶ島は金や石炭等の資源があり、こちらに勢力を向けて占領し、北から日本に攻め込むのを推奨する事。そしてこれは第一回報告という事でした」

「ほう? それが第一回報告か」

「その通りです。助かりましたな」

 報告書の内容は、日本に北方から攻め込むという、現在幕府が進めている九州における防衛準備を徒労と化す恐るべきものである。しかし、第一回報告書を送る前に全滅させる事に成功しているだ。本格的に蝦夷ヶ島経由で日本に侵攻される恐れは、今のところ無い。

 今カラプトにいる蒙古軍を撃退出来れば、危機は排除出来るのだ。

 もっとも、目の前の敵を排除する事にすら苦戦しているのであるが。

「トキミツよ。良くぞ生きかえってくれた。まあ俺は信じていたがな!」

 時光と丑松の会話が終わった頃、サケノンクルがエコリアチとオピポー、それにグリエルモを連れて時光の所に来た。

 手には鹿の膀胱で作られた水筒と干し肉が握られている。ずっと眠り込んでいたため腹が空いていた時光は、ありがたくそれらを受け取って腹に収めた。

 空腹や毒による消耗のためか非常に美味に感じ、五臓六腑に染み渡る様であった。腹を満たしたところで時光の中にある疑問が生じる。時光が毒に倒れてからこれまでの間、どの様にして水や食料を摂取してきたのだろうかと。流石に何も口にしないのでは保たないだろう。

 そこまで考えたところで、周りのアイヌ達の立派な髭に囲まれた口が、何故か目に入って来た。

 何となく嫌な予感がしたため、時光はそれ以上この件について考えるのは止める事にした。

「あの戦いから六日経った。その間後退し続けて来たがもう下がる事は出来ない。明日奴らを待ち受けて決戦を挑む」

 時光の食事が終わったのを見計らい、サケノンクルが現在の状況と今後の方針について教えてくれた。

 時光にとっては予想の範囲の事である。大勢の騎兵を有する増援部隊と合流した蒙古軍は恐ろしい相手だが、これ以上下がることは出来ない。これ以上下がるとアイヌの戦士団が乗って来た船を奪われてしまうし、何よりカラプトの最南端に到達してしまう。

 覚悟を決めて応戦するしかないのだ。

「数はこちらの方が多いから、乱戦に持ち込めばある程度行けるかもしれないが……」

「それで今回の敵の侵攻は止まるかも知れないが、この後新たな敵が現れたらもうなす術が無いぞ。アイヌで戦える男は出尽くしているんだろう?」

 悲壮な覚悟を述べるエコリアチであったが、時光としてはアイヌの戦士団を全滅に近い状態にはしたくない。

「ではどうするのだ? 何か良い策は有るのか?」

「そうだな……」

 時光はしばらく考え込むが、良い策は思いつかない。蒙古の弓騎兵は今まで見て来た通り恐るべき相手だし、初めて目の当たりにしたヨーロッパの騎士の長槍による突撃などは、想像した事も無い威力なのだ。

 敵に対する情報が足りないのだ。

「そうだグリエルモ。あの騎士という槍騎兵は、西方が本拠地なのだろう? 西方の(いくさ)について教えてくれ。何か参考なると思う」

「そうですか? ならば私の知る限りであれば……」

 グリエルモは彼の知る西方の戦争に関する知識について語り出した。

 坊主とは洋の東西を問わず、豊富な知識を持っているものである。戦に関しては専門外であっても、十分参考になるものであった。

「それでは、こういうのはどうかな?」

 グリエルモの話を聞いたサケノンクルが、思いついた事を述べる。その後様々な意見が飛び出し、対蒙古軍の策が練られた。

 決戦は明日である。
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