第29話「作戦会議」

文字数 5,248文字

 白主土城への時光の挑発と脅しは成功であった。

 当初時光は、大鎧を着て行こうとしたが、あまりの寒冷地であるため凍結し、とても着れるような代物ではなかった。なので防寒だけの軽装で敵前に進み出た。

 城に近づき過ぎると矢で狙われてしまうので、ある程度の間合いを取っての挑発だったが問題はなかった。

 時光の蛮声は遠くの蒙古兵の鼓膜を揺るがすのに十分な大きさだったし、()()()である生首は離れていても相手には十分見分けられていた。

 広大な平原で獲物を追って暮らすのが日常の蒙古兵は、一里先の人物の顔さえ見分けることが出来るのだ。時光が持参した生首が味方のものであることなど、見分けるのは容易い事だっただろう。

「城内の蒙古兵に告ぐ! よくもまあこんなに遠くまで旅してきたものだ! 流石大陸を制した蒼き狼の末裔と言ったところだな! しかし、弁当位自分で用意した方が良いのではないかな?! こ奴らは吉里迷(ギレミ)の村に浅ましくも乞食に現れたから、見苦しいので、ついうっかり首を刎ねてしまったぞ?! 首を刎ねたら死んでしまったが、うっかりだから許してくれい! はっはっはっは!」

 外に任務に出た味方が殺されたこと、そして時光の脅し文句に対する動揺は城の外にも伝わって来た。

 当然だ。自分たちの弱点である食料が足りないという事が、敵にばれてしまい。打開策として送り出した使者が、無残な死を遂げて帰って来たのだ。これより先はその弱点を突かれることを警戒しなければならない。

「そうそう! 吉里迷にはちゃんと、乞食に対する施しなどする必要はないと言ってあるからな! もし妙な慈悲心で食料を持ってきても追い返してあげるつもりだから心しておいてくれ!」

 この言葉は、追加の脅しでもあるが、一応蒙古の傘下にある吉里迷が、蒙古の苦境を支援しないことに対して責めを受けないようにするという、時光なりの気配りである。

 (いくさ)は武士である時光にとっての晴れ舞台であり、そこでどれだけ人の命が奪われようと、それほど心は痛まない。しかし、戦に関わりの無い民が傷つくのは好まざるところである。

 もちろん、武士の中にも戦に関係のない民が傷つくことを、全く気にしない者は多い。と言うよりも、心中では気にしていても行動には現さない者も含めれば、そっちが大半だろう。

 要は時光はまだ若いという事だ。

「ではさらばだ!」

 首をその場に置いた時光は、蒙古が出撃してくる前に馬首を巡らせるとすぐさま走り去った。追いかけるのは不可能と判断したのか、先ずは仲間の首を弔うのが先と判断したのか、追手は無く無事に悠々とアイヌの戦士団の拠点に帰還した。

「おっ? どうだったか? 奴ら驚いていたか?」

「おう。サケノンクルか。成功と言っていいだろう。奴らの驚愕が伝わってくるようだったぞ」

 時光を出迎えたアイヌの戦士団を束ねるサケノンクルは、軽い調子で尋ねた。時光が失敗するなど夢にも思っていなかったのだろう。時光の帰還を待って今後の方針を決めるため、戦士団の主だった者が待機していた。

「さあ、これからの作戦を話し合おう。これから敵はどうすると思う?」

 先ずは敵の出方を予想するところから会議が始まった。敵の可能行動を見積り、それに対する対策を練るというのは現代戦でも行われることである。戦術の基本的な事は、古今東西変わるところはない。

「恐らく本格的な冬が訪れる前に打って出て来るだろう。籠城には限界があるとばれてしまったからな。食料調達をもっと大規模に、本格化する可能性もあるが、こちらの妨害が予想される以上、今は可能性が低いだろう。もしやるとすれば俺達に強力な一撃を加えて、この辺りの安全を確保してからだろう」

 時光の予想にアイヌの戦士たちは皆納得の表情だ。最も、この程度なら精度や速度の差はあれ、戦場を経験した者には誰でも可能な範囲だろう。難しいのはこれからの議題だ。

「では、敵が攻めて来るとして、何処を攻めて来るかな?」

「敵にしてみればアイヌの本隊を叩けば、勢力の均衡が一気に傾くから、この地域に来る可能性はあるんだが……」

「森の中の戦いは、奴らよりも我々の方が得意だ。これは奴らも分かっている。果たして何の芸も無く攻めて来るだろうか?」

 敵の戦い方を見積るというのは、戦術の基本であるが、その際に陥りやすい過ちは自分が望む敵を想像してしまうという事である。創造と言ってもいい。

 自分の軍が見事な作戦で勝利できる様、勢力の小さい敵、装備に劣る敵、練度の低い敵、愚かな行動をとる敵、これらを元に作戦を立て、失敗した軍は古来より限りなくいる。

 何故この様な都合の良いことを考えてしまうのかと言うと、現実の敵は余りにも強大で、狡猾で、想像を超える行動をとるため、どれだけ見積っても完全にはならない。

 そのため、考えること疲れた将軍やその参謀達は、自らの拙劣な見積もりを様々な理由で正当化する。

 曰く、

 敵は戦術に疎い。

 敵は前と同じ動きをするはずだ。

 敵は弱兵揃いだ。

 敵は農民揃いだ。

 敵は蛮族だ。

 これらの手前勝手な理由を付けて甘い事を考えた軍隊は、必ず痛い目を合わされているというのは、歴史上の変わらぬ教訓であるが現代でも消えることはない。これはもう、宿痾と言っても良いだろう。

 この点では、時光や共に戦うアイヌ達はこの様な病にはかかっていなかった。蒙古兵の恐ろしさは伝聞や、実際戦ってみた結果良く分かっている。蒙古がアイヌに有利な森の中に、何の策もなしに攻めてくるなどと言う甘い考えなど、浮かび様がないのだ。

「森を焼くとかはどうだろう。それを阻止するために森から我々がおびき出されれば奴らに有利だし、焼くのに成功すれば我々はよりどころが無くなる」

「これからの季節は雪が多くなってくるから、あまり火計に適しているとは言い難いな」

 これはエコリアチの意見だったが、気象条件が整わない。軍記物語では火計について書かれているものも多いが、実際に成功されるのは非常に難しい。

「それでは囮で呼び寄せて、深入りし過ぎたところを包囲殲滅するというのは? 先日は実際その様な作戦に引っかかりましたし、大陸でも東欧の騎士団がその作戦で壊滅しました」

 羅馬(ローマ)から来た坊主のグリエルモが、大陸での戦いも踏まえて意見を出した。

 大陸では数十年前、モンゴル帝国の西方遠征軍と東欧連合軍との間で大規模な戦争があった。現代ではワールシュタットの戦いとして知られている。

 この際東欧連合軍は、当時騎士を多数擁する強国であったポーランドを中心として、多数の重装騎兵が集結しており、間違いなく欧州最大の戦闘集団の一つであったと言える。

 しかし、戦闘が始まると恐るべき結果となった。

 当初は東欧連合軍が騎士による突撃で、モンゴル軍の前衛を追い散らした。この時代では板金鎧(プレートアーマー)は存在しないので防御力は後世の騎士ほどではない。しかし、騎兵槍(ランス)による突撃(チャージ)は強力無比であり、流石のモンゴル軍もこれには勝てなかった……はずであった。

 しかし、それはモンゴル軍の巧妙な罠だった。

 誘い込まれた騎士達は、周囲を弓騎兵に囲まれてしまい矢の雨を受けて減殺され、歩兵とも分断されてしまった。結果、指揮官も含む多数の諸侯が戦死する事態となり、東欧諸国は壊滅的な打撃を受けた。

 この後、当時のモンゴル帝国の大ハーンであるオゴディが死亡し、後継者を決めるための会議(クリルタイ)のためにモンゴル軍が東の高原に帰って行かなければ、西欧まで征服されていたかもしれない。

 このワールシュタットの戦いと同じような戦法は、先日のアイヌの戦士団も食らっている。この時、丁度時光が到着して横槍を入れなければ、戦士団を束ねるサケノンクルが戦死して、アイヌ側は壊滅的な打撃を受けていたことだろう。

「それはやってくるも知れないが、一度こちらはその作戦を体験している。同じような手を繰り返してくるような事は期待しない方が良いだろう。一応きにかけておくべきだから、深追いしないように皆に言っておかなければならないが」

「中々良い考えが出ないな」

「船はどうだろう?」

 敵の作戦を中々見積ることが出来ないので考え込んでいたが、ウテレキがそれまでに出ていない意見を出してきた。

「船? 奴らの城は海に面しているが、断崖になっていて船はつけられんぞ? もし船で出撃されたり、船で食料を輸送されたら一大事だが……」

「いや、サケノンクル。多分ウテレキが言っているのは奴らの戦い方じゃなくて、奴らの狙いの事だ。そうだろう?」

「その通りだ。奴らは我々の船を狙って来るのではないだろうか」

 ウテレキの考える蒙古の作戦はこうだった。

 現在アイヌの戦士団は、蝦夷ヶ島とカラプトの連絡手段として多数の船を利用している。そしてそれはアイヌの戦士団が籠る森から、少し離れた海岸に置いてあり、それを防護しているのはごく少数である。

 そして、その船を置いてある場所に蒙古の城から至る為の経路は、海と森に挟まれて少し狭いものの平原であり、蒙古兵居の得意とする地形である。この地形で普通に戦えば、アイヌの戦士団が勢力では勝っているものの、恐らく負けてしまうに違いない。

 かと言って戦いを回避すれば本拠地である蝦夷ヶ島への連絡手段を失い、逆にアイヌ側が兵糧攻めを受けることになってしまう。アイヌの戦士は皆優れた狩人だが、流石にこの地域だけで冬を越すだけの獲物を手に入れることは出来ない。そして、もし獲物を得るためにカラプト全土に散らばれば、各個撃破されてしまったり、狩場を荒らされた吉里迷による反発を受け、更なる窮地に陥ることは明白だ。

「ふむ。これで決まったな。この、「船を攻撃され、破壊又は奪取されるというのが、一番俺たちにとって危険な事だ。これに対処できる準備をしておけば、蒙古が別の、もっと対処しやすい行動をとって来たとしても対処できるだろう」

 時光がやっている、「最も危険な敵の行動」を元に自分たちの行動方針を練るというのは、現代の軍隊においても行われている手法で、米軍の教範ではこれを「MDCOA――Most Dangerous Course of Action」と呼んでいる。

 ちなみに米軍の教範はインターネットで公開されているので、興味がある読者諸兄は一読することをお勧めする。

「平地での真っ向勝負か。ちょっと分が悪いな。海と森で挟まれていて、森は俺達が制圧しているから回り込まれるのは防げるのが幸いだが、それだけでは勝ち目が薄いぞ」

 アイヌの戦士は皆勇敢で、狩猟を通じて優れた弓の腕前を持っている。しかし、戦は集団同士の争いである。集団としての力は厳しい訓練を積んでおり、軍の兵士が一丸となり、一つの生物のように戦える蒙古側が圧倒的である。これからアイヌを多少訓練したところで、恐らくその差はほとんど縮まることは無いだろう。

 そもそも、日本の武士も集団としての訓練はほとんどやっていないのだ。時光は大陸の兵法書で多少は学んでいるが、実地で身に付けている訳ではない。諸葛亮の「八陣の法」等、陣形を文字だけで知っていても、実際布陣させるときの着意事項や、そもそも何を狙いとしてその陣形を取るのかなど知る由も無いのだ。

「私の生まれた地域では、古代の軍隊の戦い方として、大きな盾と長い槍を持って密集陣形を作るというものがあったそうです。これをファランクスと言います。更にマケドニアという国がこのファランクスに騎兵で支援させ、その戦法で大帝国を築き上げました。丁度今のモンゴル帝国の様に。我々も密集して盾と槍による近接戦闘力と防御を向上させ、それによって守られた弓兵で敵に対抗したらどうでしょう? 直接狙わず曲射による矢の雨で敵を制圧する方法も練習すれば射距離でも敵に対抗できます」

 グリエルモが異国の戦いの知識を披露してくれたので、時光は少し頭の中で検討してみた。

 盾による防御は、先日のアイヌも用いたがこれはそれなりに有効だった。それにアイヌは集団戦が苦手と言っても、弓の腕前は確かである。練習すれば曲射による面を制圧する射法もすぐに覚えるだろう。しかし、

「でも、密集するとその分矢の雨の的になってしまい、被害が増えるんだよな。これを解決するには密集隊形での防御や素早い機動の訓練が必要なんだけど、それは蒙古兵が得意だから逆に不利になってしまうかもしれないな」

「そうですか。それもそうですな。密集隊形は有効ですが、確かに弱点もありますからな」

 グリエルモは自分の発案に固執することなく、あっさりと自説を撤回した。

「ん? 待てよ。密集隊形の弱点か……そしてアイヌの戦士は集団戦は不得意だが個人戦では敵に匹敵する。……行けるか?」

 時光は少し考えると、蒙古との戦い方をアイヌの戦士達に伝えた。この戦い方はアイヌの戦士達にとって驚きだったが、時光を信用して採用することになった。

 アイヌの戦士団と蒙古軍との決戦が近づいていた。
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