第69話「野戦築城」

文字数 2,389文字

 カラプト島に渡りボコベー城に帰還した時光達は、すぐさま防衛準備に取り掛かった。

 詳しい偵察はイスラフィールに邪魔されたものの、プレスター・ジョン達が渡海の準備をしているのは確認できた。これを目撃するまではプレスター・ジョンの攻撃は海が凍り付き、氷上を渡って進軍できる冬だと予想していた。しかし、千人から二千人の兵力を輸送できると見積もられる船団が準備されているのだ。これは逆に海峡が氷で閉ざされる前に来ると見て良いだろう。

 半年前の冬の戦いにおいては、ボコベー城はまともに籠城戦を行う前に敵の最新鋭の投石器によって粉砕され、まさに鎧袖一触といった体たらくであった。この様な事態を防ぐ方策は、実はこの半年間で進めていた。

 時光やアイヌ達の技術力では投石器に耐えうるだけの城壁などを建築するのは、不可能と言っても良い。彼らは基本的に木造の建造物しか作れないし、大規模化する事すら出来ないのだ。この点は時光は諦めている。

 もっとも、時光達は知る由もないが、例え石造りで堅牢な城壁を築けたところで新型投石器の回回砲は防げないだろう。なぜなら、プレスター・ジョンの配下の将軍であるミハイルが運用した回回砲と同様の性能を持つ投石器は、時光達が戦っている時よりも少し先、宋王朝が誇る堅城である襄陽城の城壁を完全に破砕するのである。

 古くは三国志の時代の蜀の名将として後世に伝えられる関羽の猛攻を防ぎ、最終的に敗死せしめ、改良・改築を積み重ねることにより近年では世界最強のモンゴル軍の包囲を数年間撥ね退けた堅城なのにである。

 当時の世界最高水準の技術力で作られた、最高性能の防護力を誇る城壁ですら耐えられないのだ。建築の専門家でない時光達に、これを防ぐだけの城を築くことは出来ない。

 なので、時光達は構造物を堅固にするのではなく、土木工事により防護力を高める事に着目した。

 一応、木っ端微塵にされたボコベー城は、最低限修復されている。寝泊まりするにはこの方が便利だからである。しかし、重点を置いたのは土塁や堀などを高く、深くし、更には敷地内のいたるところに兵が隠れる事の出来る個人壕などを掘ったのだ。そしてこれらは安全に移動できる交通路を掘ることによって連携を高めている。

 木製の壁は壊せても、分厚い土は簡単に崩すことが出来ないだろうという発想によるものである。

 これは、現代戦における野戦築城のやり方に似ている部分がある。現代戦においては攻撃力の増加や射程の延長により、要塞などは陳腐化され用いられることは無くなっている。もしもどれだけ堅固な要塞が用意されていたとしても、空爆やミサイル等により破壊されてしまうのだ。そこにおいて要塞の堅固さは、破壊するのにどれだけの弾数を射耗するのかという経済的な面にしか影響を及ぼさない。逆に攻撃目標が固定的であるために攻撃側としてはくみし易い相手とすら言える。

 故に、現代戦において兵隊は穴を掘り、そこに身を隠すのだ。地面に潜った兵士の一人一人まで空爆やミサイルで殺し尽くすのは極めて困難だ。土による防護力は現代でも侮れないし、潜った相手を狙うのは困難だからだ。

 世界最強とも言える米軍ですら、野戦築城で防護した兵士を殲滅するのは難しい。例えば米軍はベトナム戦争ではジャングルや穴に隠れたベトコンを、空爆で殲滅することは出来なかったし、イラク軍を相手にした際は1か月以上の空爆やミサイル攻撃により相当のダメージを与えたはずなのに、いざ進軍した時には大量に生き残ったイラク軍と遭遇することになった。まあ後者の例だと装備品を破壊され、更には度重なる砲爆撃で精神にも損耗を負ったイラク兵による大量投降になったのであり、効果自体はあったのであるが、結局殺し尽くすのは難しい事も示している。

 これらの事からすると、時光達の作戦はかなりの効果が期待できると見積もられる。この手法は単に投石器の威力を防ぐだけではない。敵の主たる攻撃手段である騎兵による弓矢、槍突撃(ランスチャージ)にも効果を発揮するはずだ。また、安全を確保することにより、アイヌ達の弓の精度も向上することが期待出来るため、一石二鳥でもある。

 更に、城の周囲から城への進軍経路には、あちこち落とし穴などの障害物を設置しているので、敵の有利な点である厳正な訓練による統制の取れた行動を妨害することが出来るのだ。

 これらの準備は城だけではなくカラプト島のあちこちでアイヌやニヴフの協力によりしているので、野戦にも籠城にも対応できるようにしている。

 半年前の戦いにより、普通に戦っては勝ち目がなく、例え多少の訓練をしたところで敵を上回るまでは期待できない。その様な冷静な判断から皆で知恵を絞り、これだけの準備を進めてきたのだ。これは時光の発案だけではない。時光は兵法書等によりある程度の防御に関する知識を持っているが、今回の野戦築城方法はアイヌやニヴフの猟の手法や、彼らが相手にする熊の穴に隠れる習性等、参考にできるものは全て検討し、それを徹底的に準備したのだ。

 プレスター・ジョンの配下が一度に渡海出来るのは、千人から二千人程度であるならば、これまでの防御準備を十分活用すれば勝ち目があると予想できる。そして、渡って来た敵を各個撃破していけばカラプトを防衛することは十分可能なのである。

 また、情報収集も怠ってはいない。夜陰に紛れて小舟により大陸側に斥侯を送り込み、相手の準備状況の把握にも怠りはない。送り込んだ斥侯による報告では、時光が目撃した船団に物資が運び込まれているそうだ。やはり海が凍結する前の早期からの戦闘が予想される。

 運び込まれる物資の量や集結してきた兵士の数からいっても、二千人以下の先遣部隊という時光の予想は的中していた。

 このまま事が進めば十分勝ち目がある。そう確信して時光達は防御準備を進めていた。
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