碧人番外編<ウラ・イミテーション>3.交わり

文字数 2,727文字

じゃあ、見せてやるよ、俺の本命をよ!

 負け犬の遠吠えとしか思えないハルの戦線布告に、瞳はノリノリで応じた。

 場所はレストランバー<SHIWASU>。事務所の打ち上げでよく使われるバーだった。

 僕も瞳も、ハルが誰を連れてきたって、本当にその相手とできてるなんて全く思いもしていなかった。

 それでも瞳は誰が来るのか気になるらしく、モデル仲間に聞いたらしいけど、目ぼしい相手は見つからなかったみたいだ。



 そして、当日。


小晴が俺の『本命』だ!
ひゃっ?!

 ハルに強引に手を引かれて現れたのは、鈍臭そうなサラリーマンだった。童顔のせいか、僕より年下に見えるし、タチではなく明らかにネコだ。

 でも、特徴といったらそんなところで、瞳と2股かけて付き合う相手としては、随分と格差がある。瞳を驚かせるため、敢えて真逆のタイプにしたのかな。

 ちら、と瞳を見れば、そのサラリーマンに嫉妬丸出しの睨みを送っていたものだから、呆れてしまった。

 いやいや、君がコトの発端だし、相手がフェイクだって君もわかるでしょう、瞳。フェイクの本命に嫉妬するくらいなら、よりを戻しなよ。

 なんて、口にしたら面倒だから言わない。僕は打ち合わせ通り、瞳にべったりくっついて、ハルの怒りを煽った。



 言い争いの末、2人はダーツ対決でケリをつけることにしたらしい。

 瞳にべったりしなくていいし、楽ちんだと最初は思ったけど、15分で飽きてきた。

 それは、隣で同じように手持ち無沙汰になったハルの本命(多分嘘だろうけど)も同じだったようだ。


退屈だね。
はひっ?!

 話しかけただけで、いちいち大袈裟な反応をする。そういうところ、ハルに似てる気がする。


君、本当にハルと寝たの?

 って聞いただけなのに、飲んでたウーロン茶噴き出したり、観察してるだけなのにビクビクしてたりして、リアクションだけなら飽きない相手だった。

 同時に分かったのは、どうやら彼自身は本当にハルのことが好きらしい、ということ。それなら、恋人役を買って出るのも分からなくはない。瞳はハルを徹底的に振る気満々だし、そこに付け込む隙はいくらだってあるはずだから。

 と思いきや、



僕は恋愛をしている実ちゃんのことが、好きなんです。
相手に別れを切り出されて、未練タラタラに愚痴る実ちゃんも、悪あがきする実ちゃんも、僕には眩しく見えます。

だから、応援したくなっちゃうんですよね。

 自分のことのように嬉しそうな笑顔でハルのことを語る彼に、僕は戸惑いを隠せなかった。


 応援したい、だなんて、片思いの相手に思えるものなの? 

 人を好きになったら、何が何でも相手に振り向いてもらいたいと躍起になるのが恋愛なんじゃないの。分かりやすい例でいうと、瞳を挑発しながらも諦め切れてない今のハルとか。そういうのが普通なんじゃないの?

 少なくとも僕は、客観的に見て恋愛ってそういうものだと思っていたのだけれど。

 



飽きた。ここまでだな。

 ダーツ勝負が始まって3時間後。

 僕の予想通り瞳の一方的な勝ちで終わった。もちろん、ハルは納得せずにまたぎゃあぎゃあ言ったけど、瞳は別れるという意志を決して曲げなかった。

 僕の手を取る瞳を見つめるハルに、勝負を仕掛けてきた時の勢いはなかった。普段だったら決して見せないしおらしいその態度に、僕はぼんやりとハルでもそんな繊細な表情ができるのだな、と妙に感心していた。




碧人。
分かった。

……じゃあね。

 僕らが店を出て数分後。ハルは彼の『本命』に付き添われて、最寄り駅への道を歩いて行った。

 僕なら、失恋につけ込むけど、きっと彼は律儀に慰めて送り届けるんだろうな。

追いかけるなら、今のうちじゃない?
 その後ろ姿を見つめながら、僕がそっと呟く。

 すると、瞳が僕の手をゆっくりと離した。

必要ない。あのフェイクも、俺たち同様今日限りだろう。大した影響はない。

ゼロになったハルがここから1歩踏み込めば、それでいい。

瞳はどうするの。
俺は変わらない。ハルが見返したいと思える人間であり続ける。それだけだ。
ハルが本当に君の思惑通り、這い上がってこようとするならいいけどね。
 2人の姿が視界から消えた後、瞳は静かに踵を返した。
ここで何もかも諦めるなら、そこまでの男だったというだけ。俺が求めるハルはもういないと、そう思えばいいだけだからな。このしみったれた思いを捨てられる。
……やっぱり僕、瞳の気持ち、全然理解できないよ。
お前に理解してもらおうとなんて思っちゃいないさ。

それより、場所はホテルでいいか?

今日するつもり?
嫌なことは早めに済ませたい。

それで、お前との下らない恋人ごっこはおしまいだ。






 入ったホテルはそう言う場所を行うところにしてはシンプルで、所謂ビジネスホテルと然程変わらない内装だった。

 それぞれシャワーを済ませ、瞳の指示通りベッドへ腰掛ける。瞳が僕の腰を抱いて自分の胸元に引き寄せ、指先で頬をするり、と撫でる。くすぐったい感触に微かな声を漏らせば、今度は唇をなぞり、首筋へと向かっていく。

ちょっと。
何だ?
僕は「くすぐって」なんて1言も言ってないんだけど。
 あからさまな不満を声音に乗せて指摘すると、ふん、と鼻で笑われた。
未経験な上にヘタクソな相手に無理強いするセックスは、趣味はない。

黙って身を委ねていろ。怪我をするぞ。

 かちん、ときた。

 ここまで強引にやっておいて、今更初体験の僕を気遣うとか、冗談も大概にして欲しい。

 僕が望んでいるのは、優しさなんかじゃない。



 僕はぐ、と瞳の胸ぐらを掴むと、目を見開いた彼の唇を乱暴に奪った。

 驚きで緩んだその体を、思い切りベッドへ押し倒す。

っ、おい、何をするっ!
 僕の体を引きはがした瞳が、鳶色の目を鋭く尖らせる。それを見下ろす体勢に僕はかつてない高揚感を覚えながら、微笑んだ。
ねえ。まだ、有効なんでしょ?
は?
恋人ごっこ。ここに来る前、君が言ったんだよ。

だったら、セックスの時もしっかりその設定でいてもらわないとね。

何を、言っている……?
本当の恋人なら、こんなに優しくしないでしょ?  最初にされたキスだけで分かったよ。

君は、もっと荒々しくて、乱暴だ。

だから、乱暴にしてよ。遠慮なんていらないから。

そうすることで、お前に何のメリットがあるんだ?
僕は、僕の知らないことが知りたい。ただ、それだけだよ。
だから瞳、僕をハルと同じように抱いて。

全力で、ぶつかってきてよ。

 瞳がさっきやったように、僕は胸ぐらを掴んでいた手を彼の白い頬へ向けて、軽く撫でた。更に、その指先で唇を親指の腹でぐりぐりと刺激する。

 厳しく細められていた瞳の目が、今まで見たことのない色へ変化して行くのを見て、僕は胸の奥でぽっと炎が灯るような音を聞いた。

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登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

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