2-3 デート(練習編)前編

文字数 4,375文字

遅いっ!

 実ちゃんと約束したデート(練習)当日。

 僕は大慌てで改札口を出ると、即座に実ちゃんの不機嫌な顔と対面した。


ご、ごめん……っ! 

目覚まし、セットできてなくて……服装も、ギリギリまで悩んじゃって……ぜ、全然決まらなくて……。

お前がドジなのは今に始まったことじゃねーけど、初デートで一時間遅刻は恋人によっちゃ、キレられて帰られるレベルだからな?

練習だから仕方なく待ってやったけど、これがマジの恋人だったら俺も帰ってるぞ?

ご、ごめん、としか、言い様がないよ……っけほ!

 頬を膨らませてご立腹の実ちゃん。

 そんな彼にぺこぺこ頭を下げながら、僕はけほけほと咳き込んだ。


 実ちゃんから「マダー?」の催促メールや電話を何度もされてたから、家を出てからここに来るまで、僕はずっと走りっぱなしだった。

 電車内でも、足踏みが止まらなくて、他の乗客さんたちの視線を集めちゃったし。


まあ、いい。

メールも電話もちゃんと返してきたし、今のお前を見てれば急いで来たんだなってことも分かるから、これ以上責めるのはナシにしてやる。

けほっ……う、うん、ありがと……。
けど、その格好は絶対許さねえ。
へっ?
 ぎろり、と睨んだかと思うと、実ちゃんは僕の下ろしたてのジャケットの裾を思い切り引っ張った。
うわっ?!
お前、このジャケットはねーだろうが!
えっ?!

で、でも、これ、『サミダレボーイズ』で取り上げられてたジャケットだよ?

最新のトレンドって紹介されてーー。

色がダメすぎるっての! 何でこんなに暗いグレー選ぶんだよっ! 下のスラックスと同系色だし、オッサン感が出てるし! 


あとその帽子はなんだよ! ダサい・オブ・ダサいじゃねーか!

ええっ!? 帽子だめ? 

雑誌に今年のトレンドは帽子だって書いてあって……。

何でもいい訳じゃねーよ! 

色もグレーで揃えんな! ツバがでかすぎる! 側面にネジつけんな!

ね、ネジじゃなくて、缶バッチなんだけど……。
缶バッチもいらねーよ! 余計にダサくしてどうするんだよ!
……そんなに、ダ
ダメ。

それでデートするとか、お前ふざけてんのかよ、デートは遊びじゃねえんだぞ!

 容赦ない実ちゃんの駄目出しに、僕はひええ、と呟きながら頭を抱えた。


 恋人のフリをして欲しいって頼まれた日は、全然ツッコまれなかったのに。その時も久しぶりに実ちゃんと会うからって、服選びに時間を掛けてたんだけど……あの時は大丈夫で、何で今はダメなのか、僕には全然分からない。


 でも、実ちゃんの駄目出しはここで終わりじゃなかった。


あと、その魚柄ネクタイ、やっぱダサい。
?! 

これ、実ちゃんが「いいと思う」って言ってくれたヤツじゃん?! 

瞳さんと会った時にもつけてたし!

……悪い。いいと思うって言ったのは、嘘だ。
ええええっ?!
あ、あの時はお前の機嫌を良くして、恋人のフリしてもらうのを了承してもらう作戦だったからさ……つい……。
……。
てへっ☆
何それ?! 誤摩化したつもりなの?!
と、とにかく! 

そのネクタイが悪目立ちしてんだよ。

他がマシなら、そのネクタイもまあ……ちょいダサくらいには収まるレベルっつーか。

それでもダサいんだ……。

 歯切れ悪く言う実ちゃんに、僕はがっくりと肩を落とした。


 折角実ちゃんが褒めてくれた(嘘だったけど)ネクタイなのに、職場のみんなのリアクションがなかった理由が分かった気がする。

 みんな、「魚谷(くん)、いつも通りダ(サいネクタイしてる)な〜」って思ってたのかも……。


つーことで、最初に行く場所は決まったな、小晴。
へ?
服屋行くぞ。お前のそのダッセー格好とデートなんか絶対したくねーから、俺が我慢できるレベルまでに仕立ててやる。
ええっ、で、でも、僕、そんなにお金持ってきてないよ?
なるべく金が掛からないようにしてやるから、感謝しろ。

それでも足りなかったら、金下ろせ。お前、俺より稼いでるはずだから平気だろ。

そ、そんなことないってばあ! 

そんなにダメなら僕、着替えてくるよ。悪いけど一旦家に……。

わざわざ家に帰る必要ねーだろ。

時間も金も掛かるし、お前、そのまんま戻って来なさそうだし。

で、でもぉ……。
いいから、ズベコベ言わずに黙ってついてこい! 

時間がもったいねーだろっ!

 実ちゃんが僕の左手首を掴むと、駅の出口へ駆け出した。

 僕の体は既にヘロヘロなのに、心臓だけは今日も絶好調でドキドキと高鳴り出す。


さ、実ちゃん、もっとゆっくり走ってよぉ〜!
お前が速度上げればいいだろっ、ほら、頑張れ!

 情けは無用、と言わんばかりに走って行く実ちゃんの後ろ姿に、僕はげんなりしながら着いて行くしかなかった。


 


 僕と実ちゃんが合流して、一時間後。


ま、これくらいでいいだろ。うん。
うう……。

 満足げに笑う実ちゃんの隣で、僕は項垂れていた。


 ちなみにここは、実ちゃんお気に入りのセレクトショップ。

 そのショーウインドウに映る僕の格好は、一時間前とは全然違うものになってしまった。


 ジャケットは薄手のロングカーディガンに変わっちゃったし、スラックスもジーパンにさせられちゃったし、ネクタイは緩められすぎて、首元が落ち着かないし……帽子は当然の如くはぎ取られた。

何落ち込んでるんだよ。

見栄え良くしてやったんだから、泣いて感謝するところだろ〜?

ウン、ソウダネー……ホント、サネチャン、アリガトー。
無茶苦茶棒読みじゃんか、オイ。

何がそんなに不満なんだよ?

見栄え良くしてありがたいなあ、とは思ってるよ? 

全体的に爽やかな青で纏まってて、若返った感じがするし。

じゃあ、いいだろ。何も落ち込む要素ねーじゃん。
そうなんだけどさあ、ここまで変えられちゃうと、僕なりに悩んでいたあの時間は一体……と思ったら、何か虚しくなってきちゃって。
ネクタイは見逃してやっただろ。

俺だったら絶対したくねーけどな、コレ。

 実ちゃんが僕のネクタイをとんとん、と叩く。


 いやいや、そう言うけどね、実ちゃん。

 僕が「ネクタイは許して!」って言わなかったら、見逃さなかったでしょ。

 だって、お店に入って早々、僕のネクタイを解こうとしてたし。

落ち込むなよ、小晴。

今のお前、いい感じだぞ。思わずデートに誘いたくなるくらい、可愛いって。

 ネクタイをつついていた実ちゃんの手がするり、と下りて、僕の手を取る。

 はた、と気がつくと、僕と目の鼻の先に実ちゃんの笑顔があった。

 数センチの距離に、僕の心臓が飛び出すんじゃないかってくらいばくばく鳴り始める。

か……可愛い、ってそれ、褒め言葉なの……?
褒め言葉だよ。

俺だったら、恋人に可愛いって言われるとすげー嬉しいし。

そ、そういうもの……かな?
そーゆーもんだよっ。

じゃあ、身支度整ったし、行くか。

 実ちゃんが指を絡めて、ぎゅっと手を繋ぐ。

 大人になってから実ちゃんと手を繋いだのは、瞳さんと会った時以来だ。

 今回で二回目だけど、絡まった指先からじわじわと熱いものが込み上げてきて、気をつけていないと口から変な声が出てしまいそう。

 咄嗟にぎゅっと唇を噛んだ僕をよそに、実ちゃんはそのまま歩き出した。


さ、実ちゃん、ど、どこに行くの?
映画。ラブロマンスもので、結構評判いいヤツ。

 僕が尋ねると、実ちゃんが弄っていたスマホを見せてくれた。

 ディスプレイに映し出されている男女の背中合わせのショット。

 青年漫画原作の実写映画だ。

 今月発売の雑誌で特集を組んだから、漫画も全巻読んだし、映画の予告編ももちろん見ている。


そ、それ……確か、え、エッチっていうか、際どいシーンが多いヤツじゃ……。
あー、らしいな。年齢制限ついてるし。


そ、それを初デートで見るのって、ちょ、ちょっとハードじゃない?
そうかあ?

むしろ、こういう映画の方が、一気に雰囲気作れていいんだろ。

ダチ同士だと気まずくても、恋人同士なら逆に盛り上がって、色っぽい空気に持っていきやすいじゃん。

 スマホに視線を向けたまま、実ちゃんがしれっとそんなことを言う。


い、いやいやいやいや、難易度高いですって!

デートっていうシチュエーションにどうしていいか分からないのに、エッチなシーン多めの恋愛映画を見るとか! 

僕、原作の漫画はエッチなシーンを読むのが大変だったし、そういうシーンが少なめだった映画の予告編も直視できなかったのに……!)

服屋で時間掛かっちまったから間に合うかなって思ってたけど、何とかなりそうだな。

メシ食ってる暇ないから、ポップコーンとか食べながら見ようぜ。

そ、そうだね……。

(た、食べられる余裕あるかな、僕……)

 不安を抱えながらも、実ちゃんに引きずられて行くしかない僕。

 ショッピングセンター五階、その奥にある映画館が見えてきた時。


 僕の耳に、聞き覚えのあるリズム音が聞こえてきた。


あれ?

 ミラクルオニ男ギャラクシーのBGMだ。

 このメロディーといえば、僕のスマホの着信音でもある。

 慌ててスマホを取り出したんだけど、バイブレーションすらしていない。


 じゃあ一体どこから……と、僕が首を傾げた時、


ミラオニじゃん、あれ。
えっ。どこどこ?

 いつの間にか立ち止まっていた実ちゃんの視線を追いかけて、僕も真横を見てみる。


 そこにあったのは、ゲームセンター。僕と実ちゃんが中学生や高校生だった時、よく通っていた思い出の場所だ。

 内装はちょこちょこ変わっているけれど、ガムテームでツギハギした看板や、頑なに入り口左をキープするゴム製の人形(イヌかネコかよく分からない二頭身のキャラで、名前が『ムチューくん』だ。……鼠?)などは、僕らが通っていた頃と変わらない。


 そのゴム人形が持っている看板—―正確にはガムテープをぐるぐるに巻き付けて、固定しているだけだけど――に、『ミラクルオニ男ギャラクシー・アーケード版登場!』と、殴り書きで書かれていた。


へ〜、ミラオニのアーケード版だって。

今はゲーセンでもミラオニができるんだね。

……。
実ちゃん?
これ、やらなきゃいけねーじゃん!

 ぷるぷる震えていた実ちゃんが、突然そう叫んだ。

 


初回プレイでHR(ハイレア)カード貰えるってよ! HR!

そういうの無茶苦茶燃えるんですけどー!

え。
しゃーねーな! ここまでやって欲しそうに宣伝されたら、やるしかないよな!

行くぞ、小晴! まずは小銭の確保だっ!

 ぐいぐいと僕を引っ張ってゲームセンター方向へ行く実ちゃん。

 僕は「いや、映画はどうするのさ」とつっこもうとして、ふと思った。


(正直、恋愛映画よりも、こっちの方が気になるし……ここは実ちゃんのノリに乗っかっちゃおうかな)
よーし! たくさんカードを集めよう、実ちゃん!
おっ、ノリノリじゃん、小晴! そうこなくっちゃなっ!
 こうして、僕らは映画館を目前でスルーし、ミラクルオニ男ギャラクシー(アーケード版)の世界に飲まれて行ったのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色