2-3 デート(練習編)前編
文字数 4,375文字
実ちゃんと約束したデート(練習)当日。
僕は大慌てで改札口を出ると、即座に実ちゃんの不機嫌な顔と対面した。
頬を膨らませてご立腹の実ちゃん。
そんな彼にぺこぺこ頭を下げながら、僕はけほけほと咳き込んだ。
実ちゃんから「マダー?」の催促メールや電話を何度もされてたから、家を出てからここに来るまで、僕はずっと走りっぱなしだった。
電車内でも、足踏みが止まらなくて、他の乗客さんたちの視線を集めちゃったし。
容赦ない実ちゃんの駄目出しに、僕はひええ、と呟きながら頭を抱えた。
恋人のフリをして欲しいって頼まれた日は、全然ツッコまれなかったのに。その時も久しぶりに実ちゃんと会うからって、服選びに時間を掛けてたんだけど……あの時は大丈夫で、何で今はダメなのか、僕には全然分からない。
でも、実ちゃんの駄目出しはここで終わりじゃなかった。
歯切れ悪く言う実ちゃんに、僕はがっくりと肩を落とした。
折角実ちゃんが褒めてくれた(嘘だったけど)ネクタイなのに、職場のみんなのリアクションがなかった理由が分かった気がする。
みんな、「魚谷(くん)、いつも通りダ(サいネクタイしてる)な〜」って思ってたのかも……。
実ちゃんが僕の左手首を掴むと、駅の出口へ駆け出した。
僕の体は既にヘロヘロなのに、心臓だけは今日も絶好調でドキドキと高鳴り出す。
情けは無用、と言わんばかりに走って行く実ちゃんの後ろ姿に、僕はげんなりしながら着いて行くしかなかった。
僕と実ちゃんが合流して、一時間後。
満足げに笑う実ちゃんの隣で、僕は項垂れていた。
ちなみにここは、実ちゃんお気に入りのセレクトショップ。
そのショーウインドウに映る僕の格好は、一時間前とは全然違うものになってしまった。
ジャケットは薄手のロングカーディガンに変わっちゃったし、スラックスもジーパンにさせられちゃったし、ネクタイは緩められすぎて、首元が落ち着かないし……帽子は当然の如くはぎ取られた。
実ちゃんが僕のネクタイをとんとん、と叩く。
いやいや、そう言うけどね、実ちゃん。
僕が「ネクタイは許して!」って言わなかったら、見逃さなかったでしょ。
だって、お店に入って早々、僕のネクタイを解こうとしてたし。
ネクタイをつついていた実ちゃんの手がするり、と下りて、僕の手を取る。
はた、と気がつくと、僕と目の鼻の先に実ちゃんの笑顔があった。
数センチの距離に、僕の心臓が飛び出すんじゃないかってくらいばくばく鳴り始める。
実ちゃんが指を絡めて、ぎゅっと手を繋ぐ。
大人になってから実ちゃんと手を繋いだのは、瞳さんと会った時以来だ。
今回で二回目だけど、絡まった指先からじわじわと熱いものが込み上げてきて、気をつけていないと口から変な声が出てしまいそう。
咄嗟にぎゅっと唇を噛んだ僕をよそに、実ちゃんはそのまま歩き出した。
僕が尋ねると、実ちゃんが弄っていたスマホを見せてくれた。
ディスプレイに映し出されている男女の背中合わせのショット。
青年漫画原作の実写映画だ。
今月発売の雑誌で特集を組んだから、漫画も全巻読んだし、映画の予告編ももちろん見ている。
スマホに視線を向けたまま、実ちゃんがしれっとそんなことを言う。
デートっていうシチュエーションにどうしていいか分からないのに、エッチなシーン多めの恋愛映画を見るとか!
僕、原作の漫画はエッチなシーンを読むのが大変だったし、そういうシーンが少なめだった映画の予告編も直視できなかったのに……!)
不安を抱えながらも、実ちゃんに引きずられて行くしかない僕。
ショッピングセンター五階、その奥にある映画館が見えてきた時。
僕の耳に、聞き覚えのあるリズム音が聞こえてきた。
ミラクルオニ男ギャラクシーのBGMだ。
このメロディーといえば、僕のスマホの着信音でもある。
慌ててスマホを取り出したんだけど、バイブレーションすらしていない。
じゃあ一体どこから……と、僕が首を傾げた時、
いつの間にか立ち止まっていた実ちゃんの視線を追いかけて、僕も真横を見てみる。
そこにあったのは、ゲームセンター。僕と実ちゃんが中学生や高校生だった時、よく通っていた思い出の場所だ。
内装はちょこちょこ変わっているけれど、ガムテームでツギハギした看板や、頑なに入り口左をキープするゴム製の人形(イヌかネコかよく分からない二頭身のキャラで、名前が『ムチューくん』だ。……鼠?)などは、僕らが通っていた頃と変わらない。
そのゴム人形が持っている看板—―正確にはガムテープをぐるぐるに巻き付けて、固定しているだけだけど――に、『ミラクルオニ男ギャラクシー・アーケード版登場!』と、殴り書きで書かれていた。
ぷるぷる震えていた実ちゃんが、突然そう叫んだ。
ぐいぐいと僕を引っ張ってゲームセンター方向へ行く実ちゃん。
僕は「いや、映画はどうするのさ」とつっこもうとして、ふと思った。