2-4 デート(練習編)後編
文字数 4,829文字
実ちゃんが豚骨ラーメンをすすりながら、満足げにそう言った。
ここはショッピングモールの外、駅前にあるラーメン屋さん。
ゲーセンのミラクルオニ男ギャラクシー(アーケード版)での壮絶な戦いを終えた僕らは勝利の余韻に浸りながら、少し遅い夕飯を食べていた。
カードコレクション系はやっぱコンプしてなんぼだよなあ。ゲームの難易度もなかなか歯ごたえあるし、何より原作のBGMがそのまんま使われてるのが、また燃えるよな!
俺、もっかい実家(うち)にあるミラオニやりたくなってきた。
と、不意に実ちゃんがぴたり、と動きを止めてしまった。
実ちゃんが握った割り箸の先から、つるん、と麺が落ちてしまう。
実ちゃんの呟きに、僕も割り箸で摘んでいたみそラーメンをつるん、と落としてしまった。
えー……どうしてそんなに怒るのさ。僕は楽しかったんならそれでいいと思うけど……。
頬を掻く僕をよそに、実ちゃんが舌打ちしてスマホを弄くり始めた。
意味有りげに笑った実ちゃんが、豚骨ラーメンを搔き込み始めた。
不穏な空気を感じつつ、僕も実ちゃんに急かされるままにみそラーメンを食べ終えることになった。
ラーメン屋さんを出て、移動すること数十分。
ミラクルオニ男ギャラクシーの体力回復BGM風に言っちゃったけど、そう、僕たちがいるのはラブホテル入り口。
大きなショッピングモールがあるから、分かりにくいけど、この辺り結構そういう建物が多いんだよね。もちろん、行くどころか、近づいたこともない。
初めて見たよ。ファンタジーなお城の形をした、ピンクの世界を。
見た目だけなら遊園地のアトラクションっぽいのに、ラブホだって認識がついただけで、エロ本を目の当たりにしたような気分になっちゃう。
つん、と顔を背けた実ちゃんに、僕は深々とため息を吐いた。
ラブホから逃走した後、「今日はもうやる気なくした。おしまいだ、おしまい!」と実ちゃんが拗ねたので、デートはお開きになった。
今は駅に向かっている途中なんだけど、その間ももちろん、手を繋ぐことを強制されている。正直、例の〈動悸〉がしてるけど、ラブホに行くよりはマシだから、何とか我慢してる。
急に指摘されると途端に意識してしまって、実ちゃんの顔を見られなくなってしまう。
俯いた僕の視線の先には、実ちゃんから酷評された魚柄のネクタイ。
何となくいじけた気持ちが戻ってきて、僕がそっとネクタイに触れた時、
まだまだ、ひよっこの僕だけど……日和さんみたい、とまではいかなくても、傍で仕事していても、恥ずかしくない編集者になりたいな。
実ちゃんが誤摩化すようにそっぽを向く。
でも、僕にはちゃんと聞こえていた。
しかも、かなりテンションが下がってる声だったし。
雑誌に掲載されなくなった頃から、実ちゃんの仕事のことは聞いちゃいけないような気がして、今までずっと話題に出すのを控えていた。
実ちゃんの呟きが気になって、つい口に出しちゃったけど、マズかったかな。
すごく落ち込んじゃったらどうしよう。
そう思って身構えてたんだけど、振り返った実ちゃんの表情は意外にもあっけらかんとしていて。
まあ、いくら俺が人目を惹く外見を持ってるとは言えさ、年を取るにつれ、どうしてもフレッシュさはなくなってくじゃん? 十代と二十代って結構差があるし。
んで、若くて顔だけはいい新人がどんどんデビューするだろ?
見た目以外に何かねーと、あっさり消えちまうんだよ。
そういう世界なんだ、俺がいるところは。
あと、色んな格好できるの楽しいし、カメラの前に立つのって、すげー気持ちいいし。
モデルの仕事が好きだなって気持ちは、全然変わってねーんだ。
この仕事を通じて知り合った人もいるし、何より恋人の存在が――。
そこまで言いかけて、実ちゃんがはっとして口を噤んだ。
僕の手を握っている実ちゃんの手が、微かに震えている。
明るい口調で言い放っているけれど、却ってそれが無理をしているように感じてしまう。握った手の力を強くしたのも、僕に震えていると悟られたくないからだろう。
実ちゃんの笑顔が近づいてきた、と思ったら、ちゅっと音を立ててキスをされていて。
軽く触れただけなのに、僕の腰はあっさりと抜けてしまい、その場でへたり込んでしまった。
また楽しそうに笑う実ちゃん。
僕もつられて笑ってしまったけど、内心は、全然笑えなくて。
他愛無いやり取りをかわしながら、僕は握った実ちゃんの手に意識を向けていた。
今度、また実ちゃんの手が震えたら、今度は僕の方から握り返してあげようと思ったんだ。
でも結局、改札口で手を離すまで、実ちゃんの指先は震えなかったし、その笑顔が曇ることもなかった。