碧人番外編〈ウラ・イミテーション〉 10.最低な告白
文字数 2,527文字
1度吐き出した苛立ちは止まらなかった。
途中で「こんな不特定多数のいるところで」となけなしの理性が働いたけど、その理性でできたことは場所を店のトイレに移すことだけ。そこからはひたすら文句をぶつけ続け、しまいには瞳の左頬を殴っていた。
瞳はそれを真っ正面から受け止めたけど、不愉快だと言わんばかりに睨みつけてきたからますますムカついた。
僕を押しとどめたのは、青いスーツにダサいネクタイがトレードマークの彼ーー
魚谷小晴の乱入だった。ぎょっとして固まる彼と、彼を見てますます不愉快そうに眉間の皺を増やす瞳を前に、僕も混乱しながらも深々とため息を吐いた。
恐る恐るだけれど首を突っ込んでくる彼に、瞳が冷たく睨んで「お前には関係ない」と一蹴した。
そのまま何事もなく去ろうとする瞳の腕を、僕はすかさず掴む。
もうどうなったって構わない。この絡まりに絡まった状況を全部断ち切るために、いくらでも食らいついてやる。
たとえその瞳の拳が、僕に襲いかかってきたってーー。
……いちいち場の空気をクラッシュさせてこないで欲しいな、この人。
だけど、魚谷小晴が同席してくれたことで、却って良かったのかもしれない。
ハルが信じてくれなかった僕と瞳の嘘。この何でも信じてくれそうな能天気な彼は、驚きとショックで目を見開いて聞いていた。まあそれ以上に、ハルが事務所を辞めさせられそうになっていることの方が、ずっと衝撃が大きかったようだけど。
でも、魚谷小晴以上に僕の暴露話にショックを受けた奴がいた。
そう、瞳だ。
最初は部外者に暴露するなと怒りをぶつけてきたけど、僕が瞳がハルと別れた本当の意図を語り始めると、
その姿を見たら、それまで淀みなく話せていた僕の唇は音を発せられなくなってしまった。
それを機に淡々と語る瞳とショックで固まる魚谷小晴を、僕はただ見守ることしかできなくて。
好き、なんて生温い感情じゃない。俺は、生半可な気持ちであいつを見ていた訳じゃない。
だからこそ、俺の思いはあいつをダメにしてしまう。
『ハル』としての輝きを……俺が何よりも愛おしいものを、俺の身勝手な思いなんかで潰したくないんだ」
「お前からハルを奪うつもりはない。終わった関係を無理矢理蘇生させても、『ごっこ遊び』にしかならないからな。
それに、再び恋人になったところで、元の関係には戻れない。
どこまでも、瞳に取って優先されることはただ1つ、ハルの輝きだけ。
その事実を突きつけられて、僕はひたすらに悲しかった。
魚谷小晴が去った後、僕は瞳の前で彼の連絡先を消した。
瞳のスマホからも、僕が勝手に消させてもらった。一瞬見えたハルのアドレスも手を滑らせたフリをして消してしまおうか、と考えたけど、やめた。それはさすがに性格が悪すぎるからね。
水たまりを作っているグラスを見つめたまま動かない瞳に、僕は彼のスマホを差し出しながらそう切り出した。
気怠げに僕を見上げる鳶色の、なんと覇気のないことか。普段の余裕のあって、優しい微笑みをウリにしている瞳のこんなネガティブな表情は、ファンにはどう映るんだろう。
彼を恋愛対象として見てしまっている立場からすれば、もう1発ぶん殴ってやろうかという怒りが込み上げてくるし、反面、彼を抱きしめてあげたいという愛おしさも一緒に浮かんできてしまう。相反する気持ちの面倒くささにため息が出てしまいそうだ。
そういう状況で、君を愛しているんだって僕が言う意味、分からないなんて言わせない。
僕が君のことを可哀想に思って、慰めで「実は君のことが本気で好きだった」なんて言うと思う?
逆に瞳のこと嫌いでたまらなくて、この状況に清々したとさえ思うだろうね。最悪なことに、今の僕はぜんっぜんそう思えないんだ。君は、自分の考えで勝手に好きな人を手放して、勝手に傷ついてるだけなのに。
僕はそんな馬鹿な君が愛おしくてたまらないんだ。
瞳の唇から溢れ出た血の味を味わう間もなく突き飛ばして、気だるげに開かれた鳶色の目を睨みつけた。