碧人番外編〈ウラ・イミテーション〉 10.最低な告白

文字数 2,527文字

 1度吐き出した苛立ちは止まらなかった。

 途中で「こんな不特定多数のいるところで」となけなしの理性が働いたけど、その理性でできたことは場所を店のトイレに移すことだけ。そこからはひたすら文句をぶつけ続け、しまいには瞳の左頬を殴っていた。

 瞳はそれを真っ正面から受け止めたけど、不愉快だと言わんばかりに睨みつけてきたからますますムカついた。

やっぱり、最初からこんなことしなきゃ良かったんじゃん。
 叩いた瞳の頬の感触が残る手に拳を作り、僕は瞳を睨み返す。
拗ねてないで、さっさとハルを奪い返してーー。
 苛立ちと、ずっとお腹の底に閉じ込めていたもう1つの感情が飛び出そうになった時。

 僕を押しとどめたのは、青いスーツにダサいネクタイがトレードマークの彼ーー

魚谷小晴の乱入だった。ぎょっとして固まる彼と、彼を見てますます不愉快そうに眉間の皺を増やす瞳を前に、僕も混乱しながらも深々とため息を吐いた。

……最低。何で君がこのタイミングで出てくるのさ。
あの……2人はここで、何を……。

 恐る恐るだけれど首を突っ込んでくる彼に、瞳が冷たく睨んで「お前には関係ない」と一蹴した。

 そのまま何事もなく去ろうとする瞳の腕を、僕はすかさず掴む。

っ関係なく、ないでしょ。この人だって、瞳とハルの面倒事に巻き込まれたんだよ。
黙れ。
嫌だね。

散々嫌な思いをさせられたんだ、ここでハッキリさせてよ。

っうるさい、離せっ!
やだ、離さない。

 もうどうなったって構わない。この絡まりに絡まった状況を全部断ち切るために、いくらでも食らいついてやる。

 たとえその瞳の拳が、僕に襲いかかってきたってーー。

あのっ、とっ、とりあえず……飲みましょうっ、一緒に!

 ……いちいち場の空気をクラッシュさせてこないで欲しいな、この人。

 




  だけど、魚谷小晴が同席してくれたことで、却って良かったのかもしれない。

 ハルが信じてくれなかった僕と瞳の嘘。この何でも信じてくれそうな能天気な彼は、驚きとショックで目を見開いて聞いていた。まあそれ以上に、ハルが事務所を辞めさせられそうになっていることの方が、ずっと衝撃が大きかったようだけど。


 でも、魚谷小晴以上に僕の暴露話にショックを受けた奴がいた。

 そう、瞳だ。

 最初は部外者に暴露するなと怒りをぶつけてきたけど、僕が瞳がハルと別れた本当の意図を語り始めると、

もう、いい。もう、何も言うな、碧人。
 ベッドの中で見せていた静かな悲しみに囚われた瞳が姿を見せた。

 その姿を見たら、それまで淀みなく話せていた僕の唇は音を発せられなくなってしまった。

 それを機に淡々と語る瞳とショックで固まる魚谷小晴を、僕はただ見守ることしかできなくて。

好き、なんて生温い感情じゃない。俺は、生半可な気持ちであいつを見ていた訳じゃない。

だからこそ、俺の思いはあいつをダメにしてしまう。

『ハル』としての輝きを……俺が何よりも愛おしいものを、俺の身勝手な思いなんかで潰したくないんだ」

「お前からハルを奪うつもりはない。終わった関係を無理矢理蘇生させても、『ごっこ遊び』にしかならないからな。

それに、再び恋人になったところで、元の関係には戻れない。

俺と同じくあいつの煌めきに惹かれているのなら、忠告してやる。

あいつは、生温い優しさに浸かれば浸かる程、輝きを失う。

あいつにずっと輝いて欲しいと願うなら、その生温い優しさは捨てるべきだ。

 どこまでも、瞳に取って優先されることはただ1つ、ハルの輝きだけ。

 その事実を突きつけられて、僕はひたすらに悲しかった。







 

 魚谷小晴が去った後、僕は瞳の前で彼の連絡先を消した。

 瞳のスマホからも、僕が勝手に消させてもらった。一瞬見えたハルのアドレスも手を滑らせたフリをして消してしまおうか、と考えたけど、やめた。それはさすがに性格が悪すぎるからね。

最後に1つ、言いたいことがあるんだ。

 水たまりを作っているグラスを見つめたまま動かない瞳に、僕は彼のスマホを差し出しながらそう切り出した。

 気怠げに僕を見上げる鳶色の、なんと覇気のないことか。普段の余裕のあって、優しい微笑みをウリにしている瞳のこんなネガティブな表情は、ファンにはどう映るんだろう。

 彼を恋愛対象として見てしまっている立場からすれば、もう1発ぶん殴ってやろうかという怒りが込み上げてくるし、反面、彼を抱きしめてあげたいという愛おしさも一緒に浮かんできてしまう。相反する気持ちの面倒くささにため息が出てしまいそうだ。

瞳がハルのことを思うように、僕も瞳のこと、好きだよ。
何を、今更偽る必要がある。
それはこっちの台詞だよ。もう、誰かに嘘つく必要なんてない。

そういう状況で、君を愛しているんだって僕が言う意味、分からないなんて言わせない。

僕が君のことを可哀想に思って、慰めで「実は君のことが本気で好きだった」なんて言うと思う?

……俺なんかの、何を好きになるんだ。
本来ならぜんっぜんないよ、そんな要素。

逆に瞳のこと嫌いでたまらなくて、この状況に清々したとさえ思うだろうね。最悪なことに、今の僕はぜんっぜんそう思えないんだ。君は、自分の考えで勝手に好きな人を手放して、勝手に傷ついてるだけなのに。

僕はそんな馬鹿な君が愛おしくてたまらないんだ。

……理解できない。
してもらう必要なんかないよ。

どんなに理不尽な目にあっても、君がハルを好きなままでも、僕は君を愛おしく思ってしまう。

 苦々しげに細められた鳶色は、瞼の向こうに消えてしまった。
口にしなけりゃ、傷つかないものを。
そうだね。

でも、僕は君みたいに卑怯者にはなりたくないから。

モデルとしてのハルを壊したくない? そのためなら自分の愛を犠牲にする? 

君の愛は相変わらず理解不能だし、聞いてるだけで虫唾が走るよ。

君は最低だ、瞳。

僕はハルを愛してやまない瞳の気持ちが、しょうもない理由で奥深くにしまわれてしまうその思いが不憫でならない。

 ぐ、と瞳の胸ぐらを掴んで引き寄せると、噛み付くようにキスをする。

 瞳の唇から溢れ出た血の味を味わう間もなく突き飛ばして、気だるげに開かれた鳶色の目を睨みつけた。

そんな最低な君を愛してる僕が、1番だいっきらいなんだ。
2度と、僕に関わらないで。
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登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

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