6-6 ミサンガに願いを込めて

文字数 2,579文字

実ちゃん、遅くなったけど、誕生日おめでとう!!

こ、これからは、その……恋人として! よろしくね! 僕、頑張るからっ……。

それで、こ、これ、なんだけど。じっ、実は前から準備してたんだけど、渡せなくて……誕生日の、プレゼント……じ、じじ実はね、僕と、お揃……。

にゃー!!
っわ、わかってる、ご飯でしょ?!

でも、最後の台詞は言わせてよお、まぐろ!

 知るかボケ。はよメシ寄越せ。

 そう言わんばかりにフーッと威嚇するまぐろに、僕は差し出していた紫陽花の包みを慌てて引っ込めた。

はー、分かったよ……今日の練習終わり。ご飯の支度するから……。
 僕の返答にうむ、とばかりに頷くと、まぐろがさっさと部屋を出て行く。

 僕は紫陽花の包みーー実ちゃんへの誕生日プレゼントを学習机の引き出しに入れ、代わりに取り出した魚のチャーム付きのミサンガを右手首に巻いた。

(願い事なんて、ひとつしかないよね)





 実ちゃん家に泊まった後、実ちゃんの提案で、僕たちはそれまでの付き合い方を変えることにした。

 今まではムードを重視したレストランとか夜景の綺麗な公園とかに出かけてたんだけど、ゲーセンでアーケード版ミラオニをやったりお互いの趣味を共有するためにショッピングセンターに行ってみたりした。もちろん、手もつながないし、場合によっては実ちゃんが1人で突っ走って行っちゃうこともあって、ほんとに付き合う前の僕らに戻ってしまった。

けど、実ちゃんは必ず僕を待ってくれるし、「小晴はどうしたい?」って聞いてくれるし、ちゃんと恋人としてみてくれてるんだって分かるから、不安はなかったし、徐々にだけれど緊張感も薄れてきている。

 そんな中、前回のデートで「誕生日の仕切り直しをしよう」と提案されたのだ。


どうせなら、丸1日休みの時がいいよなあ。って言っても、まだスケジュールが所々ではっきりしねーんだよ。だから悪ぃけど、日にちは未定にしといてくれ。




 日付が確定していないとはいえ、誕生日の仕切り直しは僕にとっても願ってもないことだった。

 買ってあったプレゼント、結局出す機会を見失って机の引き出しに仕舞われちゃったままだったから。付き合い始めた時にすぐ渡しても良かったんだけど、『実ちゃんに触れない問題』の出現でそれどころじゃなくなっちゃったんだよなあ。

 だから、この機会を生かさない訳にはいかない。

 それに、もし誕生日デートの時、実ちゃんに触ることができるようになったらーー。

……っ。
今夜も、ちょっと頑張ってみよ、かな。
 思わず漏れた自分の呟きに体が熱くなる。その熱を追い払うように、僕は自室を飛び出した。








はい、魚谷くん、これ。

 出社した途端、僕は編集長に呼び出された。

 誰もいない会議室にビクビクする僕に、編集長が差し出したのは、もうじき発売の〈さみだれモード7月号〉、の見本誌だ。目玉記事は今週から始まる映画『ひつじのこい』、その主演を務めた如月瞳の独占インタビュー。そう、僕がインタビュアーと作成を担当した記事なのだ!

 ……そんな回あったっけ? って?

 2章の5話に戻るんだ!(※クリックで戻るよ!)

君が頑張ってくれた記事だからね。1番に見せたいと思って。
あ、ありがとうございますっ!

改めて読むと、君の頑張りがよく分かるよ。リテイクを何度も指示したけど、君はその度に期待以上のものを出してくれたよね。

いえ、まだまだです。
 そう返答しながらも、ページを捲る僕の口元は緩みきっている。
それでね、その見本誌を見て、決めたことがあるんだ。
決めたこと、ですか?

うん。10月号から新しく雑誌内でプッシュするソーシャルゲームがあるんだけどね。そのゲームに関する企画を魚谷くん、君に任せたいんだ。

っえ?!
雑誌の柱の1つにしたいから、来月の編集会議時に君の他にも何人か編集者に声はかけるけど、君がみんなのリーダーとなって、企画を盛り上げて欲しい。
僕が、リーダー……。

副編集長には考え直した方がいいって言われちゃったし、僕も全く不安がある訳じゃないよ。

でも、その不安を覆すほど、君のインタビュー記事は面白かったんだ。だから、もっと面白いものを見せて欲しい。

 日和さんは僕が手にしている雑誌をとん、と指で押して、に、と唇の端を上げた。
もちろん、今まで以上に君の一挙一動を見させてもらうし、口も挟むつもりでいるけれど。
うっ。
乗り越えてみせてくれるかい?
っ、はい!  必ず、ご期待以上のものを!

ふふっ、楽しみだ。

じゃあ、早速だけどーー。

 まるで呪文のように編集長の口から飛び出したのは、頭を抱えたくなるような山積みの課題。でも、僕は鼻息荒く、その全てをメモして威勢良く返事をしたのだった。




 いきなり飛び込んできたチャンス。けど、それは同時に、更に忙しくなることを意味していた。

『でもね、誕生日デートの時間は必ず作るから!』

 実ちゃんに喜びのニュースと共にそう添えてメールを送ってから数時間後。

 日はとっぷり沈み、「今日は彼女とデートだから」と言っていた渡辺くんを見送った後も、僕はひたすら新企画の練り込みをしていた。

 背中の凝りを感じて、軽く腕を回しながらふと、腕時計に目を落とした。

 8時か。まだまだ頑張れそうだけど、ちょっと気分転換もしたい。うのはなに移動して、閉店まで粘っちゃおうかな。で、今日はそのまま帰ろう。

 手早く荷物をまとめる時に、スマホをチェックしてみたけど、実ちゃんからの返信はなかった。実ちゃん、夜遅くまで頑張ってるもんね。がっかりどころか、むしろ一緒に頑張ってるんだなあなんて思えてきて、ますますテンションが上がってきた。



 1人で勝手に盛り上がった僕は、意気揚々と会社を出た。

 むわ、と蒸し暑い夜の空気に思わず眉を寄せた時、

おかえり。
……。
いやいや、何引き返してんだお前、ステイステイ。
……ドッペルゲンガー?
仕事しすぎてボケてるだろ、お前。モノホンだよ。

 よく見ろ、とずいっと顔を寄せられて、僕は思わず勢い良く後ずさりした。

 あ、この胸の高鳴り、全身の血が顔に集まるこの感じ、間違いない。本物の実ちゃんを見た時の反応だ。

って、何でいるの?!

ようやくそのリアクションかよ。ま、いいや。

小晴、今から俺に付き合え。

へ? 付き合えって……?
今からやるぞ、誕生日の仕切り直しデート。

言っとくけど、お前に拒否権はねーからな。

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登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

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