碧人番外編 〈ウラ・イミテーション〉6. 思い出
文字数 2,411文字
瞳に連れられてやってきたのは、川沿いの公園。大きな噴水があったりクレープのキッチンカーがあったりして、ショッピングモール同様に賑わっている。ショッピングモールよりもカップル率が高いのは、ここがデートスポットとして有名だからだ。
雑誌で取り上げられることも多く、僕も幾度となく撮影のためこの場所を訪れている。初見ならこの爽やかな景色に感動するだろうけど、僕には感動の「か」の字も思い浮かばない。
律儀に演技を続行する瞳の、刻まれたままの眉間の皺を見つめながら、僕はタピオカミルクティーを口に含んだ。
甘ったるい。砂糖水でも飲んでるみたいだ。弾力のあるタピオカも、噛めば噛む程甘さが増して、気持ち悪い。
タピオカミルクティーを持て余しながら、僕は瞳との距離を縮めた。
ここまで触れて、何もされないのは多分初めてのことだ。
無駄に性欲を煽られることもないし、痛みもない。
でも、どうしてだろう。瞳の鳶色の目に見下ろされた時、少しだけ体が震えてしまったのは。
『恐怖』? 瞳に? 今更だし、睨まれたって怖くなんかない。
じゃあ、『期待』? ……何を?
浮かんだ考えを振り払うように、僕は口を開いた。
物心ついた時から、知らない男といちゃついてるところを目の当たりにしてた。
しかも、毎日相手が変わるんだよ。父親のことははっきり聞いたことはないけど、そりゃいなくて当然だよね。
キスは挨拶で、セックスは食事。
身を以てそう教えてくれたけど、僕は全然興味が持てなかった。
あの人が僕にもとめたのは子供としての愛情じゃなくて、価値ある成果だった。
知らない男に愛を紡ぐあの口で、勉強しろ勉強しろってうるさく言ってた。
そうやって母親の恋愛を眺めているうちに、僕も誰かと同じことをしてみたいって思った。
特別好きな相手がいる訳じゃなくて、単なる好奇心ってやつだった。
でも、女の体を見慣れちゃったせいか、女子のことを全然そういう目で見られなかったし、触られると鳥肌が立った。かといって、男をそういう目で見ることもできない……っていうか、発想自体がなかったかな。
だから結局、君と出会うまで未経験のままだった。
ぷ、と噴き出すと、僕は間髪いれずに瞳の唇を奪った。
特に理由はなかった。強いて言うなら、そこに唇があったからしただけ。
触れるだけですぐに離れた後も、至近距離からじっと瞳を見つめてみる。
ふ、と辛うじて唇の端を上げてみせたのは、ようやく演技を思い出せたからかな。
けど、強ばった鳶色は隠せていない。
挑発するように目を細めて、瞳の左手に自分のそれを重ねる。それを合図に、今度は瞳の方から噛み付くようなキスをしてきた。
相変わらず乱暴で、甘さの欠片もない。でも、タピオカミルクティーで麻痺した口にはちょうどいい。
キスの余韻を壊すように、僕は瞳にそう囁く。
面白いくらい表情を強ばらせた瞳だったけど、すぐに甘ったるい笑みを浮かべて、
あの乱暴なセックスとは真逆の、壊れ物を扱うかのような優しい抱擁。
……きっと、本来なら、ハルのためだけのものだ。
潰れた空き缶を更に強く握りしめながら、僕も甘えるように瞳の右肩口に顔を埋めた。