6-7 ミッション:バースデーデートを攻略せよ!

文字数 3,679文字

とにかく、俺についてこい!

絶対楽しませるからさ!

 そんな、少女漫画のヒーローの決め台詞のようなことを言う実ちゃんと共に、僕は特急列車に乗り込んでいた。

 仕事終わりにご飯デートや映画デートは、『練習』の時も恋人になった後も何回もしたことがある。でも、通勤ルートから外れた路線を利用するデートは初めてだ。方角的に県を跨いでしまいそうな地域なんだけど、一体どこに行こうとしてるんだろ。


 まさか、泊りがけ? それは仕事的にすご〜く困るんだけど!

ぼ、僕、明日も仕事なんだけど!

俺も仕事だよ。

 スマホを見ながら実ちゃんがしれっと答える。電車に乗ってからずっとスマホ見てるし、返事も何だか素っ気ない。


ねえ、一体どこに行くつもりなの。
言ったら楽しみ半減するから、秘密だよ。
あ、あんまり遅いと困るんだよ、僕、家でも仕事しないといけな……。

 がたん、と大きな音と一緒に実ちゃんが僕の方に倒れこんできた。

 思わずひゃ、と悲鳴を上げて後ずさりしたら、ごん、と後頭部に鈍い痛みが僕を襲った。

大丈夫か?
う、うん、大丈……じゃない……。
……だろーな……けど、俺も全然動けねーんだよ。あと15分で乗り換えだから我慢しろ。

 うう、実ちゃんの吐息にすら、体が勝手に反応しちゃう。

 けど、実ちゃんの言う通り、人口密度が高いから、距離を取るどころか、身動きも取れない。あと15分もこうしてなんかいられる自信ないよお。

目、瞑っとけば?
ムリ。瞼ガチガチで閉まんない。
ガチガチかよ。
わ、笑わないでよお、こっちは真剣に死にそうなの……。
 むぐ、と口に飛び込んできた甘いイチゴ味を、僕はごくん、と文句ごと飲み込んでしまった。いつの間にかこっちを見ていた実ちゃんはにしし、といたずらっ子の顔で笑っている。
美味くね? 最近のお気に入り。
の、飲んじゃったから味は全然わかんなかったけど……。
仕方ねーな。んじゃ、もう1個。
 僕の返事を待たずに放り込まれたのは、やっぱりイチゴ味の飴だった。

 あ、炭酸も入ってるのかな、口の中で弾ける食感が楽しい。

これ、ミラオニの『ミラクルキャンディ』なんだぜ。
え、ミラクルキャンディって、HP回復アイテムの?
そ。公式の新グッズなんだぜ。

つか、俺のSNSでも写真付きで載せてるんだけどな。お前、見てないだろ。

あ、ご、ごめん、忙しくて……。
わかってるよ。ってことは、お前、マジでどこに行くつもりか全然見当もつかねーって感じか。
う、うん?  

え、実ちゃんのSNSにヒントがあるの?

そうだけど見んなよ。

今からスマホ禁止。どうせなら着くまでやきもきしてろよ。


え、そ、そんなこと言われるとすごく気になるんだけど?!
ダメだよ、ほれほれ。
わ、わざと顔近づけないでよぉ!

 と、まあ、実ちゃんに妨害されただけでなく、混み混みの電車の中じゃ身動きも取れず、結局場所の検討もつけられることもできなかった。






……ここって。

懐かしくね? 昔、よく連れて行ってもらったよな。

 僕は何度もこくこく、と頷く。

 この遊園地。子供の頃、何度も訪れたことがあるところだ。入り口の看板も、すぐに見えるメリーゴーランドの赤と青の三角屋根も、奥に見える青に光る観覧車も、昔のまんまだ。

んで、ここに来た理由はコレ。
 実ちゃんが指差した先にあったのは、遊園地の出入り口に門番のごとく佇む、2頭身キャラクターの看板。
え? ミラオニ?!

実は今遊園地でコラボイベントしてんだよ。

色々なアトラクションに乗ったり、ゲームを攻略すると、限定グッズが貰えるんだと。

す、すごいね、遊園地でコラボイベントなんて……アーケード版といい、10年以上前のゲームなのにやけに最近出張ってるなあとは思ってたけど。

すげー面白そうだろ? もう、絶対行くしかねーって思ったんだ!

ただな、小晴。遊園地はもうじき閉園時間だ。

って、それじゃあ今から入っても間に合わないんじゃ……。

間に合わないんじゃなくて、間に合わせんだよ! 

チケットはもう買ってある。後は閉園までにミラオニイベントを完全攻略だ!

え、えー?! 1時間でぇ?!
大丈夫、できるから! ほら、行くぞっ!
 言うや否や、実ちゃんが弾丸のように遊園地の入場ゲートへ突っ込む。
っちょ、ちょっと待ってよお!

 僕に拒否権は本当になしみたいだ。

 僕はリュックを揺らして、実ちゃんの背中を追いかけた。

 この感覚、随分久しぶりだな、と密かに笑いながら。





っよし! 『ローリングオニオ』見つけた! 最後の落下地点だっ!

 ニンマリとした実ちゃんが、ミラオニ攻略シートにさらさら、と見つけたオニオの場所を記入する。それを横目に、僕はベンチでぐったりしていた。

 原因は最初に乗ったジェットコースターだ。元々絶叫が苦手な僕は、1度乗っただけでノックアウトだった。

 その後、僕がベンチで休憩している間にも、実ちゃんはジェットコースター3連続に、コーヒーカップ、回転ブランコと、とにかくハードなアトラクションを1人でこなしてしまった。あんなに上下に揺さぶられたり、ぐるぐる回ってたりしたのに、実ちゃん、全然疲れてない。むしろ、入園前より興奮してる気がする。

よし、次行くぞ、小晴!
さ、実ちゃん休憩しなくて平気なの?

次のVRシューティングクリアしたら、後は観覧車だけだから全然へーきっ! 

それに次のシューティング、すげー出来がいいらしいぜ? マジでゲームに入り込んでるみたいな体験ができるって!

あ、それならできるかも。
だろ? けど、お前シューティング下手っぴだからなあ。あんま戦力に期待できねーけど。
が、頑張るから! 2次元は確かに下手っぴだけど、3次元だとまた違うかもだしっ!

 拳を握って必死に訴えると、実ちゃんはにやっと笑って攻略シートをポケットにしまい込んだ。




 そんなこんなでやってきたVRシューティングゲームエリア。

 専用のVRゴーグルを装着し、バーチャルの世界でリアルなシューティングを行える所で、この遊園地で1番人気らしい。

 ステージや登場する敵はみんなミラオニと同じものが用意されていて、使用するギャラクシー砲(見た目は水鉄砲みたいな銃で、7色の光線が螺旋状に噴射されるのだ)までゲームと同じですっごく感激してしまった。

 ステージごとに雑魚敵を必要数倒して、最後に登場するボスを倒せばゲームクリアだ。


 実ちゃんは最初からガンガンにギャラクシー砲を撃ち、確実に敵を蹴散らしていく。

 対する僕はといえば、5発中、1発当たるという下手っぷりを披露しながらも、忠実すぎるゲームの世界観に感動していた。

 実ちゃんの活躍により、現れたラスボス『エンマ』。ナマハゲのようなお面を被りトゲトゲのバットを武器に持つソイツはラスボスだけあってHP値が高く、着実に撃っていても、なかなか終わりが見えてこない。

っくそ、また弾切れかよ!
 舌打ちして、ギャラクシー砲を腰につけたバンドに差し込む。この状態を一定に保つことで弾丸が補給される仕組みなのだけれど、弾切れまで使用してしまうと時間がかかってしまう。雑魚敵では撃ち漏らしなくやっていたし、少なくなってきたらマメに補給していた実ちゃんだけど、流石にラスボスには同じ手は使えないみたいだ。
っ小晴、頼む! もうちょい耐えてくれ!

 身軽に『エンマ』からの火炎放射攻撃を避けながら、実ちゃんが叫ぶ。実ちゃんが敵を引きつけてくれているおかげで、僕はたまに襲いかかってくる火の粉を何とか避けているけど、ジリジリと自分のHPを削られている。

 ラスボス戦前に一応弾丸補給はしたし、始まってからは実ちゃんの指示であまり撃ってもいない。


 そうだ。ある程度弾丸が溜まっている状態だと、「必殺技」が使えるんだよね。

 外したら無駄撃ちになっちゃうけど、敵が実ちゃんに集中してる今ならーーいける!


 引き金をぐぐ、と引きながら、僕はボスに標準を合わせた。

 ギャラクシー砲全体が虹色に輝いた瞬間、僕は引き金を離した。

っよいしょ!
 ボスの頭を打ち抜いた瞬間、その巨体がふっと消え去り、ファンファーレが流れた。
っしゃー! クリアしたぜ!
や、やった……! やったね、実ちゃん!
しかも、ハイスコア更新! やったな、小晴、今だけ俺たちが1番だ!
え、うそ!
 実ちゃんの言う通り、目の前のゲームクリア画面の下部にあるスコアランキングに、僕らが予め入れたプレイヤーネーム、『ハル』の文字とスコアがハイスコアの文字付きで金色に輝いていた。
よくやった、小晴! すげー見直したぜ!

 灰色のゴーグルを外すと、真っ先に飛び込んできたのは実ちゃんの笑顔。ひらひらと右手をあげる彼を見てたら、胸の奥が突然熱くなって。



 ぱちん。

お?
あっ。

 気がついたら、実ちゃんの右手に自分の左手を重ねていた。

 でも、僕の体はぴくりとも反応しない。

 心臓は飛び跳ねて、忙しないリズムを刻んでいるけど。

……いひひっ。
……へへへっ。

 お互いにこぼしたのは、いたずらが成功した時みたいなちょっぴり悪どい笑い声。

 でも、その声すら心地よくて、ずっと実ちゃんと馬鹿みたいに笑っていたいなあって思ったんだ。


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登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

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