3-1 熱い夜
文字数 4,632文字
映画デートを終えた僕たちは、夜の色に染まった帰り道をのんびり歩いていた。
いつもだったら駅で別れるんだけど、今日は実ちゃんが久しぶりに実家に顔を出すって言うから、そのついでに僕の家まで帰り道デートをすることになったんだ。
映画の話をしながら帰れるのも嬉しいけど、家に着くまで実ちゃんと一緒にいられるのも嬉しい。
今日も、僕は実ちゃんの右隣をキープしてる。やっぱり、この位置が一番落ち着く。
そんでもって、実ちゃんの隣を歩いていると、不思議とあんまんがとっても食べたくなるんだよねえ。
だから今日も、僕はあんまんを食べた。実ちゃんは期間限定の青椒肉絲マン――ちょっと味付けが濃くて、いかにも実ちゃんが好きそうな味だった――を買っていたけど、僕に一口分けた後は、全部一人で食べてしまった。
初めてのデートで行こうとした時はあんなに動揺してたのに、今日はすげー真剣な目で見てたから、隣で感心してたんだよ。
もしかして、耐性ついたか?
でも、映画の話抜きで考えても、今日のお前、すげー落ち着いてると思うぜ。俺が近づいても全然慌てないし、目逸らそうとしないし。
今だってほら、手もしっかり繋げてるじゃん?
実ちゃんが、繋いだ手をぷらぷらと揺らした。
その仕草に僕の心臓がどきり、と跳ねる。
でも、「手を離さなきゃ」とか、「早く実ちゃんから距離を取らなくちゃ」とか、そういう逃げの体勢になることはない。
相変わらず〈動悸〉はするけれど、前よりも気にならなくなってきたし、むしろ最近はその音が心地よく感じるくらいだ。
ぽんぽん、と実ちゃんが僕の頭を撫でる。
こういう何気ないスキンシップも嬉しい。ついつい口元が緩んで、ヘラッと笑っちゃう。
僕の頭を撫でていた実ちゃんの手が、ゆっくりと下りてきた。
僕の頬をなぞるように実ちゃんの指がつー、と滑った途端、体の芯がムズムズしてきた。
実ちゃんがむにぃ、と僕の頬を抓る。
「痛いよ〜」と口にしたものの、大した痛みじゃないし、むしろこういうスキンシップも嬉しいって思っちゃうんだよなあ。
辺りを見回して、誰もいないことを確認した僕らは、電柱の影にそっと身を寄せて。
僕が瞼を下ろすのと同時に、実ちゃんの唇がそっと触れてきた。
キスされる度に呼吸困難になっていた頃は全然分からなかったけど、実ちゃんの触れ方は優しくて丁寧だ。頭や頬を撫でられている時みたいに、くすぐったくて、温かくて。
多分、キスされてる時の僕の顔を鏡で見たら、恥ずかしくて死にたくなっちゃうかもしれない。絶対、変な顔してるだろうし。
あ、でも、死んじゃったら、実ちゃんとキスの練習できなくなっちゃうのか。
それは、嫌だなあ。
なんて、ぼんやり考えていたら、実ちゃんの唇が微かな音を立てて離れた。
キスの余韻が心地よくて、思わず僕の口から変な声が漏れた。
変な声でちゃった。でも、しょうがないよね、気持ちいいから。
実ちゃんの拗ねたような声が聞こえたかと思ったら、再び僕の唇は塞がれていた。
驚く間もなく、僕の口の中をぬるり、と柔らかいものが入り込んできたからたまらない。
咄嗟に実ちゃんの胸元をぱし、と叩いたら、それが合図だったかのように舌を絡めとられてしまった。
何コレ。こんなキス知らないし、激しすぎてついていけない。
頭の芯が痺れて、くらくらしてくる。
じゅ、じゅと吸われている舌先から全部、僕が溶けてなくなってしまいそう。
……それでも、いいか。
この気持ち良さがずっと続くなら、全部、実ちゃんに吸われてもいい。
でも、その気持ち良さは、唐突に実ちゃんの温もりと共に離れていってしまった。
ゆっくり目を開けると、実ちゃんがそっぽを向いていた。
頬が赤くて、はふはふ、と荒々しい吐息を零している実ちゃん。表情は不機嫌そうなのに、どこか色っぽくて、見ているだけでドキドキする。
むにぃ〜。
俯いてしまった実ちゃんの顔を覗き込もうと屈んだ瞬間、僕の両頬は思い切り引っ張られた。
満足げに頷いて、実ちゃんがまた僕の頬から手を離した。
もー……今ので二倍くらい伸びた気がするよ、僕の頬。
ひらり、と片手を挙げると、実ちゃんが一足先に駆け出して行く。
その後ろ姿に向かって手を振っていたら、急に体から力が抜けてしまって。
自分の体の変化に戸惑う間もなく、僕はぺたん、と冷たいコンクリートに座り込んでしまった。
その冷たさを感じたことで、僕は体中が火照っていることに気づく。
舌先に、もういなくなったはずの実ちゃんの熱を感じてしまって、僕は思わず両手で自分の口を覆った。
家に入ると、まぐろが甘い声で鳴いて僕を出迎えてくれた。
午後十時。おばあちゃんはとっくに眠っている時間だ。
お母さんも雑誌のコラムの〆切が差し迫っているって言ってたから、自分の部屋に籠もってるはず。
二人の邪魔にならないよう、僕はまぐろを抱えてそっと二階の自室へ向かった。
リュックを床に放り出して、僕は両腕を広げてベッドにダイブした。
仕事が終わってすぐの映画デートだったから、服装も仕事用のスーツのままだ。
顔を布団に埋めたまま、僕は必死に首を横に振る。
にゃあ、と僕の右耳にまぐろが擦り寄ってきた。
甘えた声を出してるってことは、「一緒に遊んで♡」ってことなんだろう。
普段だったら「もー、しょうがないなー」って諦めるところなんだけど。
疼く体にむち打って僕はむくり、と起き上がり、まぐろの体を抱えた。
構ってもらえると思ったのか、まぐろが目を細めてごろごろと喉を鳴らす。
部屋の外にまぐろを下ろすと、僕は素早くドアを閉めた。
普段はまぐろが自由に入って来れるよう、鍵は締めないんだけど、今日は閉めざるを得なかった。
ドアの向こうでにゃーにゃー鳴いてるまぐろにもう一度「ごめん」と呟くと、僕は背広を脱いだ。
ハンガーにかける余裕はないから、学習机の椅子に掛けて。
再びベッドに腰掛けた僕は、静かに自分の下半身を見下ろした。
ごく、と小さく喉を鳴らして、僕はズボンを下ろした。
ボクサーパンツをずらした途端、元気のいいペニスの先端が顔を出して、僕は思わず呻いてしまった。
自分自身にそう言い訳をしながら、僕は意を決して両手でペニスを包み込んだ。
ぐ、と奥歯に力を入れながら、ゆっくりと手を動かす。
ちょっと触っただけなのに、とろとろ、と先端から透明な雫を零すペニスを直視できなくて、僕はぎゅっと目を瞑った。
脳裏を掠めたのは、キスの後、狼狽えていた実ちゃんの顔。
実ちゃんの顔だけじゃなくて、声や絡んで来た舌の感触までもが、ずるずると引き出されてしまって、たまらず僕は首を振った。
でも、僕の手はその勢いに任せて動きを速めてしまっている。
辛うじて聞こえていたまぐろの鳴き声は聞こえなくて、代わりに僕のペニスが零すいやらしい音しか聞こえない。
こんな僕を、もし実ちゃんが見たらどう思うんだろう。
軽蔑する? それとも――。
頭の中で実ちゃんに名前を呼ばれた途端、僕の手の中が熱いもので濡れた。
恐る恐る瞼を開けてみれば、僕の手はぐっしょりと精液で汚れていて。その内のひと雫が、ぽた、と下ろしたスラックスの上に零れ落ちてしまった。
目を逸らしたいくらい恥ずかしいのに、僕の視線はまるで縫い止められたかのように動けない。