実ちゃん番外編 3章2話の裏話

文字数 2,592文字

※本編3章2話『疑似恋愛感情』読後に読むことをおススメします!※
実ちゃん、あのさ……。

  不意に、隣を歩いていた小晴がそう呼びかけてきた。

 繋いだ手は指が落ち着きなく動いているけど、『恋人設定』を始めてから慣れてきた。まあ、昔から小晴は落ち着きのねー奴だからな。


んー? どうした?
……っ、止まって。
 切羽詰まったような声で言ったかと思うと、小晴がギュッと俺の右腕に抱きついてきた。

 間近に迫った小晴の大きな目は泣き出しそうに潤んでいて、その白い頰も逆上せたみたいに赤らんでいて……何かエロイ。

な、何、どうしたんだよ?
僕、キスがしたいんだ。

  そう言って瞼をギュッと閉じる小晴。


 って、いやいや待て、お前、そんなキャラじゃないだろ!

なっ、何だよいきなり!!

キスって、お前、また気絶するだろ、どーせ!

気絶しないよ。

もう大丈夫だって、何度も確認したでしょ?

 言いながら、ぐっと顔を寄せてくる小晴さん。何だ、一体どこで頭を打ったんだこいつ。

 確かに今日のデートは映画も見られたし、メシも美味かったし、ミラオニでもウルトラレアカード引けたから、練習って前提はあるけどめっちゃくちゃ楽しかった。


 けど、小晴がいきなり積極的になったきっかけは全く思い当たらない。

大丈夫、できるもん。

ベロチューもできたでしょ? 

そっ……れは、そう、だけどさ……。
嫌じゃなかったよ。あの時、気持ちよかったもん。

実ちゃんもそうじゃないの?

  つん、と向けられた唇が柔らかいことも、舌が素直に応じてくることも、漏れる鼻声が無茶苦茶こっちの劣情を煽ることも知ってる。

 ……っていうか、思い知らされた。

実ちゃん、しようよ。

気持ちいいこと、全部、実ちゃんが教えてくれたんだよ?

っな、だ、だから、そういう尻軽発言はお前には似合わないってば!
えっちな僕は、やだ?
いっ、嫌、じゃ…ない、けどっ、そういう問題じゃっ……!
問題ないなら、いいでしょ? 

これは練習なんだから。

  唇がふに、と俺の唇に重なる。今まで何のためらいもなくキスしてたのが嘘みたいに、全身が沸騰したように熱くなる。


 違う、こんなの、なんか違う!!





だあああっ?!

 目の前の小晴を思い切り突き飛ばした…と思ったんだが、吹っ飛んで行ったのは、掛け布団だった。

 何だ、夢か。

 そっかそっか、そうだよな、夢だよな、夢ですよねー。夢で小晴に迫られてときめいちゃうのか、意外と乙女だったなー俺ー……って。

っ違!  何が乙女だ!  ときめく相手が違うんだよ! 

俺ー!  しっかりしろー!

 ぐしゃーっと髪をかき乱しながらひとしきり叫んだら、ちょっと落ち着いた。
(まあ、仕方ないか。フリとはいえ、恋人みたいなことしてるし。瞳と別れてフリーになっちまったせいで、人肌恋しいとこ、あるしな)
(夢くらい、別にいいよな。現実、あの小晴を可愛いとか思ったことねえ…………あっ
 気を抜いた瞬間、俺はつい昨日のデートのことを思い出してしまった。

 キスに慣れた小晴に魔が差して、ついベロチューに持ち込んでしまい、変な雰囲気のまま無理矢理解散したのだ。

(い、いや、待て。あれは違う。あいつ、顔は元々悪くないし、色っぽい表情なんて未だかつて見たことなかったから、つい、魔が差したけど。普段のあいつに対して、そんなときめくことないし。

だって、ガキの頃から知ってる従兄弟だぞ? 今更恋愛対象とか……無理!

はあ〜〜……。

 まだ起きただけなのに、めっちゃくちゃ疲れた。それもこれも小晴のせいだ。あんにゃろーめ。

 がりがり頭を掻きつつ、スマホを見たら、メモが表示された。


『6時前、モーニングコール』


 あ、そっか。起きらんねーって言うから、じゃあ起こしてやるよって言ったんだっけ。

……。
いや! 別に、緊張とかしないし? 

相手は小晴だろ? ヨユーヨユー!

ったく、大人になっても手がかかる奴だよなあ!

 そう言いつつ、スマホで小晴の番号を呼び出す。

 ぷつ、と繋がる音がしたと同時に、俺は思い切り息を吸い込み、

っおっはよー!

 ちゃんと起きてるかー?!

『とぉ?!』
 悲鳴と共に、どたーん!と派手な音が俺の鼓膜を叩いた。
お、おい、何かすげー音聞こえたぞ? 大丈夫か?
『な、何とか……』
 弱々しい返事にホッとする。

 小晴の奴はモーニングコールのことをすっかり忘れてたみたいだ。まあ、昨日のアレのせいだろうけど。

おはよ、小晴。
『うん、おはよう、実ちゃん』

 ……あれ。

 小晴の声ってこんなに……可愛かったっけ?

 電話越しの声なんて、数え切れないくらい聞いてるはずなのに。

『実ちゃん?』

 っと、ヤバイ、また何か変なこと考えてた。

 咄嗟に眠かった、なんて言い訳したけど、目はギラッギラに冴えてる。

 心配する小晴をからかえば、予想通りのリアクションが返ってきた。笑いながら、すげーホッとしてる自分がいる。


 そうだよな、俺たちってこんなんだ。

 なんて安心してたら。はた、と壁時計に気がつく。乗る予定の電車の時間が迫っていた。

あ、やべ、もうじき電車来る。
 ぼそ、と呟いただけなのに、小晴の奴は珍しくすげー驚いた声を出した。
何だよ、その反応。もしかして寂しいとか?

 からかい100パーセントの気持ちでそう言ったら、返ってきたのは予想外の「うん」で。

 小晴が何かいつものノリでワアワア言ってるけど、全然耳に入らねえ。


 何だ、この気持ち。

 知ってるけど……知らない。小晴相手じゃ、1度たりとも思ったことがないからだ。

 でも、瞳とか、今まで付き合った恋人には飽きる程感じてきたこと。


 フワフワした気持ちのまま俺が取った行動は、スマホにそっとキスを落とすことだった。

夜、また電話してやるから。

 みたいなことを言った……気がする。

 気がつけば通話は切れていて、俺は呆然とスマホを見下ろしていた。

……ヤベー……。

 電車は間に合わないし、自分がナチュラルに小晴の奴をやっぱり可愛いな、なんて思ってる。

 あー……アレだな。あいつ、案外素質あるのかも。こう、恋人ポジだと魅力的に見えるというかーー。

……いや、だからってマジで恋人はないし!

 可愛いのは認めてやらねえこともない、けど! そこは譲れない。

 ツラは悪くないけど、小晴に恋だのなんだのはありえねーだろ。今更。

 

 あー! チクショウ!

 変なこと知っちまったし、遅刻確定だし! 次のデートは覚えてろよ、小晴め!

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色