実ちゃん番外編 3章2話の裏話
文字数 2,592文字
不意に、隣を歩いていた小晴がそう呼びかけてきた。
繋いだ手は指が落ち着きなく動いているけど、『恋人設定』を始めてから慣れてきた。まあ、昔から小晴は落ち着きのねー奴だからな。
間近に迫った小晴の大きな目は泣き出しそうに潤んでいて、その白い頰も逆上せたみたいに赤らんでいて……何かエロイ。
そう言って瞼をギュッと閉じる小晴。
って、いやいや待て、お前、そんなキャラじゃないだろ!
言いながら、ぐっと顔を寄せてくる小晴さん。何だ、一体どこで頭を打ったんだこいつ。
確かに今日のデートは映画も見られたし、メシも美味かったし、ミラオニでもウルトラレアカード引けたから、練習って前提はあるけどめっちゃくちゃ楽しかった。
けど、小晴がいきなり積極的になったきっかけは全く思い当たらない。
……っていうか、思い知らされた。
唇がふに、と俺の唇に重なる。今まで何のためらいもなくキスしてたのが嘘みたいに、全身が沸騰したように熱くなる。
違う、こんなの、なんか違う!!
目の前の小晴を思い切り突き飛ばした…と思ったんだが、吹っ飛んで行ったのは、掛け布団だった。
何だ、夢か。
そっかそっか、そうだよな、夢だよな、夢ですよねー。夢で小晴に迫られてときめいちゃうのか、意外と乙女だったなー俺ー……って。
キスに慣れた小晴に魔が差して、ついベロチューに持ち込んでしまい、変な雰囲気のまま無理矢理解散したのだ。
だって、ガキの頃から知ってる従兄弟だぞ? 今更恋愛対象とか……無理!)
まだ起きただけなのに、めっちゃくちゃ疲れた。それもこれも小晴のせいだ。あんにゃろーめ。
がりがり頭を掻きつつ、スマホを見たら、メモが表示された。
『6時前、モーニングコール』
あ、そっか。起きらんねーって言うから、じゃあ起こしてやるよって言ったんだっけ。
ぷつ、と繋がる音がしたと同時に、俺は思い切り息を吸い込み、
小晴の奴はモーニングコールのことをすっかり忘れてたみたいだ。まあ、昨日のアレのせいだろうけど。
……あれ。
小晴の声ってこんなに……可愛かったっけ?
電話越しの声なんて、数え切れないくらい聞いてるはずなのに。
っと、ヤバイ、また何か変なこと考えてた。
咄嗟に眠かった、なんて言い訳したけど、目はギラッギラに冴えてる。
心配する小晴をからかえば、予想通りのリアクションが返ってきた。笑いながら、すげーホッとしてる自分がいる。
そうだよな、俺たちってこんなんだ。
なんて安心してたら。はた、と壁時計に気がつく。乗る予定の電車の時間が迫っていた。
からかい100パーセントの気持ちでそう言ったら、返ってきたのは予想外の「うん」で。
小晴が何かいつものノリでワアワア言ってるけど、全然耳に入らねえ。
何だ、この気持ち。
知ってるけど……知らない。小晴相手じゃ、1度たりとも思ったことがないからだ。
でも、瞳とか、今まで付き合った恋人には飽きる程感じてきたこと。
フワフワした気持ちのまま俺が取った行動は、スマホにそっとキスを落とすことだった。
みたいなことを言った……気がする。
気がつけば通話は切れていて、俺は呆然とスマホを見下ろしていた。
電車は間に合わないし、自分がナチュラルに小晴の奴をやっぱり可愛いな、なんて思ってる。
あー……アレだな。あいつ、案外素質あるのかも。こう、恋人ポジだと魅力的に見えるというかーー。
可愛いのは認めてやらねえこともない、けど! そこは譲れない。
ツラは悪くないけど、小晴に恋だのなんだのはありえねーだろ。今更。
あー! チクショウ!
変なこと知っちまったし、遅刻確定だし! 次のデートは覚えてろよ、小晴め!