6−4 How To ICHA-ICHA
文字数 3,944文字
〈うのはな〉で簡単に打ち合わせし、一旦別れてから数時間後。
僕は碧人さんと会社の最寄り駅で落ち合ったんだけど、彼の格好を見てびっくりした。
いつも中性的なパステルカラーとか可愛いチェック柄の洋服を着ていることの多い碧人さんが、モノトーンのパーカーにジーパン姿をしていたから。
襟足まで伸びたグレーの髪をひとつに束ねてたり、前髪には数本のピン留めをしていたり、手首にはブレスレットがいくつか嵌まっていたり……そう、実ちゃんのスタイルをそのまま再現しているのだ。
……いやいや、格好まで実ちゃんに似せるって話は打ち合わせでしてないんだけどな?!
緊張を漂わせて返事をした僕に、碧人さんはふ、と口元を緩めて、おもむろに僕の頭をぽんぽんと撫でた。
……ちょっと待って下さい、何で実ちゃんの拗ね方まで完コピしてるんですか……。
ますますドキドキしちゃうじゃないか。
折角覚悟を決めて返事をしたのに、碧人さんがにこにこして頬にキスをするものだから、変な悲鳴が上がってしまった。
でも、狼狽えている暇なんてないよ、とばかりにがっちり手を繋がれ、既に頭から煙を吐きそうな僕は碧人さんに引きずられるように改札を潜ったのだった。
やってきたのは、海に面した公園。その中で一際大きな存在感を出していたのは、カラフルでポップなキューブ型が可愛い観覧車だった。
最近できたばかりの新しい注目スポットの一つで、様々な雑誌でも取り上げられているし、テレビでも何度も紹介されていた場所だ。休日は公園の一角とは思えない程の行列ができる、と言われていたけれど、今日は平日、しかも営業時間終了間際だからか、然程並ぶこともなく僕と碧人さんは青いゴンドラに乗ることができた。
遠ざかる公園を見下ろしながら、僕はしみじみと呟いた。
公園じゃなくて、遊園地だけど。小さい頃、最初に乗るのも最後に乗るのも観覧車だった。
絶叫系大好きな実ちゃんと、メリーゴーランドみたいな平和な乗り物が好きな僕とじゃ元々の好みが合わなかった。それでも実ちゃんと一緒に遊びたいから無理してジェットコースターに乗って、その度に目を回してベンチでぐったりしていたのも、今思えばいい思い出だよね。
だとしたら、今回、一緒に乗る相手が僕で本当に良かったんだろうか。折角のムード満点の乗り物なのに。
左手に柔らかな温もり。窓ガラスに映っていたのは、僕をじぃ、と見つめる鈍色の瞳。
いつもの無感情さはどこへやら。穏やかに笑う彼に、僕は実ちゃんを思い出す。
僕の、本当の恋人になった実ちゃんと、同じ笑い方ーーどうして知ってるんだろう。
ちゅっ、とわざとらしく音を立てて項にキスをされて、僕は慌てて振り向いた。
そこにあったのは、してやったり、とばかりに含み笑いをする碧人さんの顔。あまりの近さに、後ずさりした瞬間、ごん、と後頭部に鈍い痛みが走った。
右頬に手を添えられて、顔の位置を固定されてしまった。
碧人さんはにこにこしながら、甘ったるい声で僕を追いつめていく。
叫ぶと同時に、僕は両手で碧人さんの口を塞いだ。衝撃でぱちくりと開かれた灰色の目に向かって僕は必死に訴えた。
ダメ! エッチもキスも、僕は実ちゃんとしたいの! 練習でも、実ちゃん以外の人とはできません!!!
僕はっ、碧人さんや実ちゃんみたいに本命じゃない人相手でもホイホイキスできるなんて恋愛上級者テクは使えないんですうううう!
そういうのは本命としてなんぼでしょ?!
中指の付け根を襲った鋭い痛みに、慌てて手を引っ込めた。血、は出てないけど、綺麗な歯形がついてる……。
じんじんする痛みにふぅふぅと息を吹きかけていると、はあ、と大きなため息が聞こえてきた。
窓際に頬杖をつき、頬をぷくり、と膨らませる碧人さん。その仕草が可愛くて、僕も思わず笑みがこぼれた。
そんな訳で、連れて来られたのは最早碧人さんとの思い出がたくさんある〈SHIWASU〉。
ドアを開けて5秒も経たないうちに、ウエイターの実ちゃんと僕らは対面していた。
ちなみに、碧人さんは僕と手を繋いで、恋人よろしくぴったり体をくっつけていて、にこにこ上機嫌だ。
ね、と僕に甘ったるい笑顔を向ける碧人さん。いくらそんな気がない相手でも、この笑顔にどきりとしない度胸なんて僕にはない。
お互いにぱっと視線を逸らしてしまう僕ら。ああ、もう嫌だ。恋人との再会なのに、悲しい気持ちになっちゃうよ……。
はにかんでそう返したら、碧人さんがふっと笑って。
次の瞬間、ぐいっとネクタイを引っ張られたかと思うと、ぷちゅ、と小さな音がした。
キス、された。
口……じゃなくて、端っこに。
ぱっと離れた碧人さんは、これ以上ないくらい満面の笑みを浮かべていて。
対する実ちゃんはこれ以上ないくらい口を開けて、唖然としていた。